尾張の「うつけ者」
「はぁ……」
「……」
「はぁ……」
「若君。さっきから、どうして何度もそのようにため息をついておられるのです?」
「あーあ。何でこの世はこんなにつまらないのかしらね。恒吉もそう思うでしょ?」
「べつに思いませんよ」
「だってパソコンもテレビも無いじゃない」
「そんなもの無いに決まってるでしょ」
「それにスマホも無いのよ? TikTokもYouTubeも見れないじゃないの。秘密結社holoXのラプラス・ダークネスの配信だって見れないし。こんなんじゃ、赤スパも投げらんないわよ」
「そりゃそうでしょ。そもそも電気が無いですからね」
「こんなの、いったい何を楽しみに生きろって言うのよ。食べ物だってマズいし。もうこの世の終わりよ。死ぬしかないわ」
「若君、そうやってすぐに『死ぬ』なんて言わないで下さいよ」
「うるさいわね。もうアタシの人生は終わってるのよ。あーもう早く死んじゃいたいわ。さっさと死んで令和の時代に生まれ変わるのよ」
「またそのような事を。若君のしょーもない愚痴を毎日聞かされるこっちの身にもなって下さいよ。だいたい、なんで令和の時代を知ってるんですか」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何も」
「とにかくアタシなんか生きてたってしょうがないのよ。もう終わりよ。だから死にたいって言ってるの」
「だから『終わり』だとか『死にたい』とか言うなって言ってんだろ」
「ほら。どうせアンタもそうやってアタシを見下してるんだわ。もう終わりよ」
「そうじゃないですけど、若君の聞き分けが悪いからこんな口調になっちゃうんですよ」
「ウソだー。本当は『こんなバカ早く死ね』って思ってるくせにー。もう終わりだわー」
「思ってませんよ。……ちょっとしか」
「ほらー、やっぱりバカにしてるじゃないの。あー、もう終わりよ。終わりだわ。お先まっ暗よー」
「そんな事ありませんって」
「どうせアタシなんか生きていたって、いつかは家臣に裏切られて、寺で寝ているところを襲撃されて死ぬんだわ。絶対そうよー。うわー。もう終わりよーっ!」
「妙にリアルな事を言わないで下さいよ」
………
………
「ねぇ知ってる? 吉法師様のうわさ」
「えっ? なになに?」
「吉法師様は一日のうちに何度も『終わりよー』って言うらしいわよ」
「そうなの?」
「うん。でも一日のうちに何度も『終わりよー』なんて言うのは変だと思わない? たぶん鬱の気があるんじゃないかしら」
「そうよね。一日に何度も『終わりよー』なんて言うのは、鬱の気がある証拠よ」
「絶対そうよ。鬱の気があるのよ」
……いつの間にか、このような会話が織田家領内のあちこちで囁かれるようになった。
こうして吉法師は、すぐに「終わりよー」と言う鬱の気がある者ということから、「おわりのうつけ者」と呼ばれるようになったのであった。




