信長誕生
「殿、殿! 織田信秀殿!」
「うるさいのぅ、平手政秀は……。ていうか、なにゆえワシをフルネームで呼ぶのじゃ。中学生か」
「そういえば、たまに中学生が友達をフルネームで呼んだりしてますなぁ。アレ、どうしてなんでしょうか」
「そんなのもの、ワシが知るわけなかろう」
「ていうか、殿も私をフルネームで呼んでますよね」
「そうしないと、誰と誰が話してるのか分からないからの」
「何ですか、それ」
「あ、いや、こっちの話じゃ。ところで、いったい何の用なのじゃ。ワシを大声で呼びおって」
「おお、そうでした。殿! お喜び下され! ツッチーが無事に元気な男の子をお産みになりましたぞ」
「なに? そうか、やっと産まれたか」
「はい、おめでたき事に御座ります。しかも男の子ですからな。待望の織田家の嫡男に御座ります。ツッチーも大変喜んでおられましたぞ」
「そうじゃろ、そうじゃろ。ワシも首を長くして待っていた甲斐があったのう。おかげでワシはもう少しでゾウになるところじゃったゾウ。なんてな」
「何ですか、その小学生が言いそうなつまらないダジャレは。ていうか、首を長くしていたのなら、そこはキリンと言うべきでは? ゾウだと鼻を長くしていたことになってしまいますぞ」
「相変わらず、お主は冗談が通じぬのう。わざと言ったに決まっておろうが。別にキリンだろうがアサヒだろうがサッポロだろうがどうでもよかろうて。まぁでも、強いて言えばワシはバドワイザーが好きじゃがの」
「誰がビールの話をしてるんですか。しかも最終的にはアメリカのビールが好きって……」
「イチイチうるさいのう。ところで政秀、今日は何月何日じゃったかの?」
「今日は1534年、天文3年の5月12日に御座ります……って、殿。今日の日付くらいは把握して頂かないと……」
「もちろんワシは分かっているが、このやり取りをしないと、今が何年何月何日なのか、読者が分からんからの」
「いったい何の話です?」
「まぁこっちの話じゃ。いやー、そうかそうか。今日は実にめでたい日じゃ。今日のこの日を忘れないようにせねばの」
「ええ。ツッチーの大手柄に御座りまするな」
「まこと、その通りよの。……っていうか、さっきからツッチー、ツッチーとワシの嫁を気安く呼ぶでない」
「殿の奥方様は土田御前様に御座りましょう。ですので、私は親しみを込めてツッチーと呼ぶことに決めたのでございます」
「それがそうでもなくてのう。土田御前は『つちだごぜん』と読む派と『どたごぜん』と読む派で意見が別れておるらしいのじゃ」
「え? そうなのですか。では『どたごぜん』の場合は、ドッチーと呼ばねばなりませぬな」
「ま、そんなのはドッチーでもいいんだけどな。なんつって」
「……」
「ワシのボケをスルーしないでもらいたいんじゃがの」
「すみません。いま一瞬、意識を失ってました」
「ずいぶん下手クソな言い訳じゃの」
「まぁまぁ、殿。そんなことは良いでは御座りませぬか。今日はめでたい日なのですから」
「ま、確かにの」
「ささ、殿。すぐにツッチーのところへ参りましょうぞ」
「だから、ツッチー言うなと申しておるに。相変わらず人の話を聞かぬヤツよの。お前はもう少し、人の話をよく聞いて……って、おい。そうやって、一人でどんどんと先へ歩いて行くでない」
「え? 今、何か話されましたか?」
「だから人の話を聞けと申すに。お前と話していると、同じ事を何度も言わされて敵わぬ。もう少し落ち着けないものかの。ワシもお前もいい年齢なのだから、少しは落ち着いてだな……」
「さぁ殿、こちらへお入り下さい。おお、元気な泣き声が聞こえまするぞ。ささ、中へ」
「だからお前は人の話を……」
「おおっ! 殿っ! これはこれは立派な顔立ちのお世継ぎに御座りまするぞ! どうかご自分の目でお確かめ下され!」
「まったく、お前はどうしてこうも落ち着きが……」
「殿っ! 手足がしっかりと付いておりますぞ!」
「当たり前であろうが。手足の付いておらぬ赤子など、滅多に産まれてくるものでは……」
「殿っ! 今この私に向かってウインクをしましたぞ!」
「赤子がウインクなどするわけは無かろ……」
「殿っ! 今度は私の指を握りましたぞ!」
「そんなもの、手に指を近づければ自然に反応して握り返してくるに決まって……」
「殿っ! 御覧くだされ! この見事な……」
「うるせーっ!!」