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「・・・ん」
ゆっくりと体を起こし、空を眺める。まだ薄暗く、陽は昇っていないようだ。
「はぁ」
再びベットに倒れ込む。
夜が明け、担当の看護師、四宮さんが病室に入ってくる。
「あら、今日も早いわね。眠れなかった?」
「いえ、さっき起きました」
「そう、何かあったら何でも言ってね」
「はい、ありがとうございます」
素早く点滴を確認し、病室から出ていく。さすがプロ。
それはさておき、今日もとにかく暇な一日になりそうだ。何をして時間を潰そう。
趣味として取り敢えず始めて見た絵、音楽、写真。どれも楽しいとは思えなかった。
「よし、今日のミッションは四宮にバレずに外に行こう」
最近ハマっているこの遊び。僕の中では今日することをミッションとわざとらしくいい、こなしていくのだ。
僕は急ぎ目に朝食を食べ、病室から出る。厄介なのがこのガートル台(点滴スタンド)だ。昔から使われているらしく、引いて歩くとガラガラと音がしてバレやすい。かと言って置いていくなどしたら僕の命に関わる。しかもこれがないと上手く歩けない。
僕はあまり音がならないよう比較的静かに歩いていく。病室から出た廊下ならまだマシだ。問題の四宮はいない。
着々と廊下を歩き終え、受付の前まで来た。ここが一番の難関だ。何故ならば四宮がいるからだ。休日だと言うこともあり、人はいつもより多く、大変そうだ。これなら行けそうだ。
息を飲み、ゆっくりと歩いていく。この身長なのであまり目立つことはない。それだけではこの低身長に感謝している。
出入り口のドアを抜け、外へ出る。
「はぁ、」
今までの緊張が解け、安心する。
「おい」
「ふぎゃあぁ」
そう思った矢先、誰かが肩に手を置き僕を呼び止めた。恐る恐る振り向くと佐々木が立っていた。
「・・・佐々木か」
知り合いだと言うことに安心し、肩を下ろす。
「お前驚き方独特だな」
微笑しながら話しかけてくる。
「・・・驚かせてきたのはそっちじゃないか」
「ごめんごめん、んで何やってんの?」
気持ちのこもっていない謝罪を受けた後、佐々木は声のトーンを少し落とした声で問いかける。どうやら怒っているようだ。
「えーと、・・・外の空気を吸いに?」
「へー、その割にはおどおどしてんねぇ・・・」
佐々木はエスパーなのだろうか。多分僕のミッションにも気づき始めているのだろう。
「ミ、ミッションだから!」
「ミッション?」
咄嗟に言ってしまったことに後悔する。佐々木はきょとんとした表情でこちらを見る。
「さ、さらばじゃ」
今すぐこの場から離れようと佐々木を背にし、歩こうとしたが当然の如く肩を掴まれる。
「ほむらぁー、お前また勝手に出てきたんだろー」
「ごめんなさい〜」
罰として佐々木から軽いデコピンを受け、病室へと連行された。
「次無断で外行ったら四宮さんにチクるからな」
「はぁーい・・・」
大人しく布団に入り、弱々しく了承する。
「・・・佐々木はさ」
他愛のない話を会話してる最中に僕は話を変えた。
「ん?」
「夢とかある?」
「夢、ねぇ・・・」
佐々木は少し考える仕草をして明るく答えた。
「お前の病気が治ればそれでいいや!」
「えぇ・・・」
佐々木の能天気さには自分でもよくわからない。
「穂村は?」
「え?僕は、そうだな。スイスに行ってみたい」
「おぉ、いいじゃん」
「でしょ」
「で、スイスって何があんの?」
知らないのに賛成したのか。
「えっと、わかんないや・・・」
「お前も知らないのかよ、なんで行きてぇの?」
「なんとなく」
「なんだそれ」
佐々木は微笑し、立ち上がった。
「じゃあそろそろ帰るわ」
もうそんな時間かと時計に目をやるがまだ14時を過ぎた頃だった。
「もう行くの?」
いつもなら十五時を過ぎてもいるぐらいだ。
「ん、予定があんの。それともいて欲しいの?」
にやにやしながら問いかける。僕は苦い顔をして早よ行けと急かす。佐々木はしぶしぶと病室を出て行った。
さっきまでの騒がしさから一転し、病室は静かになった。僕は深く深呼吸をし目を閉じる。
再び目を開けると先ほどまでいた病室よりも殺風景な部屋にいる。ここは魂魄部屋だ。
①「んん〜」
軽く背伸びをし蝋燭の火を消す。そして慣れた手つきで議論部屋へ向かう。
⑤「おかえりー」
①「ただいま」
③「一番って佐々木のこと好きなの?」
①「へ?」
三番の突如言われた質問に間抜けな声が出てしまう。
⑤「やっぱりそうなの〜?」
にやにやしながら煽てくる五番。
①「なわけ」
動揺して答えると誤解が生むだけなので出来る限り冷静に答える。
③⑤「へ〜」
なんだその顔は。絶対に信じていないのだろう。
④「・・・一番さんって性別は男の子ですか?」
普段全く喋らない四番が珍しく議論に参加する。
①「んー、自分でも分からないんだよね」
⑤「何それっ、なんか可哀想」
③「確かに、一番って男でも女でもよく分からない顔してるわよね」
人格者になる前はちゃんとした性別があったのだろうけどいまいち思い出せないのだ。この容姿もあり、もうちょい男らしくとか女らしくある顔になって欲しかった。
①「まぁ、僕はどっちでもいいけど」
それから僕たちはいつものように会話を楽しんだ。
②「そろそろ夕食の時間じゃないのか?」
①「あ、ほんとだ」
③「いってら〜」
涼しい顔をして手を振る三番。たまには他の人が行ってもいいと思うんだが。
そんなことは言うまでもなく、僕は黙って部屋を出る。