21話 重ねてきた日々
私の反応に、フェリックスとシャルリー様が顔を見合わせて楽しそうに笑う。
直後、こちらに向き直ったフェリックスが声をかけてきた。
「その石をぼくとパパで一から選んだんだよ!」
「そうなの?」
どれも高価な石なのに、それらが全部詰め込まれている。
いったいいくらするのやらと、つい野暮なことが頭を過った矢先、シャルリー様がフェリックスに続いた。
「俺たちの証をレオニーに贈りたくて選んだ。この石に何か心当たりはないか?」
「この石にですか?」
澄んだ青のサファイア、深紅のルビー、氷のように眩い輝きを放つダイヤモンド――これらが私とどんな縁があるだろうか。
直ぐには思いつかないながらに答えを考えていると、フェリックスが嬉しそうにヒントを出してくれた。
「ヒントは今日だよ! ママの日でしょ!」
「私の日……? 誕生日っていうこと?」
そこまで口にしたところで、笑みが深まるシャルリー様の顔を見て、私はハッと閃いた。
「もしかして、私たちの誕生石ですか?」
そう尋ねると、フェリックスが「ママすごーい!」とはしゃぎながら拍手を始めた。その傍らで、シャルリー様は嬉しそうに笑って頷いてくれた。
「誕生月の中から選んだんだ。このサファイアはレオニーの石、このダイヤモンドは俺、ルビーはフェリックスの石だ。……気に入ってくれたか?」
シャルリー様の質問に合わせ、フェリックスも顔を覗き込んでくる。
私はその様子に思わず口元を綻ばせながら、思ったままの感想を彼らに伝えた。
「もちろん! ふたりともありがとう。こんなに素敵なプレゼントをもらえるなんて、私は本当に幸せ者ですねっ……」
私はそう言って、ネックレスを取り出し、シャルリー様に差し出した。
「シャルリー様、着けてくださいますか?」
「ふっ、仰せのままに」
シャルリー様はそう言うと、ご機嫌な様子で私にネックレスを着けてくれた。
鏡が無いから分からないけれど、意味あるネックレスを着けるだけで、心が満たされるようだ。
「ママ、かわいい!」
「ああ。レオニー、本当に綺麗だ」
シャルリー様はさらりと告げると、私の頬に軽いキスを落とした。
――誕生日って、やっぱりこんなにも幸せになれるものなのねっ……。
私がメルディン侯爵家にいた子どもの頃、両親はぬいぐるみなどのプレゼントをくれるだけで、特別なお祝いなどなかった。
ケーキも食べたかったけれど、太るからとお母様は家で決して食べさせてはくれなかった。
だから、私が初めて誕生日らしい誕生日を経験したのは、カシアスことルースティン侯爵に嫁いでからのことだった。
彼は私の夫となって初めての年に、絵本で見た通りのような誕生日らしい誕生日を提供してくれた。
あの時、私は生まれて初めて、自身の誕生日というものに喜びと嬉しさを感じた。
心置きなくケーキを食べたのも、邸の皆から祝ってもらえることも、自分のためだけにイベントが開催されるのも、すべてすべてが初めてのことだった。
そんな感動を毎年与えてくれていたのに、彼は私が成人になる誕生日の前日に裏切りを報告してきた。
それ以来、私にとって自分自身の誕生日は、あまり喜べない複雑なイベントになっていたのだ。
だが、シャルリー様が祝ってくれて、私の誕生日の思い出は再び良いものへと変わった。
そのうえ、シャルリー様だけでなく、こうして息子も一緒になって祝ってくれる日が来るなんて……。
私がクローディアに嫁いで以降、シャルリー様は毎年特別で素敵な誕生日を過ごさせてくれた。
しかし、今年の誕生日は私にとって、一生忘れない記憶として刻まれる、かけがえのない日になったことは間違いなかった。
「ふたりとも、いつもありがとう。アルベールもリタも、本当にありがとう。みんな大好きよ」
心からの想いを口にすると、その場の皆がニコッと微笑み、私にも大好きだという言葉を、これでもかと贈ってくれた。
「ママ! パパ! アルベールもリタも! みんなでケーキ食べよう!」
柔らかな笑い声が響き合う中、フェリックスの提案に誰もが頷きを返す。
こうして、皆でティーテーブルを取り囲み、和気藹々とした雰囲気の中、穏やかで優しい私の誕生日会は、陽が落ちるまで続いたのだった。
◇◇◇
誕生日会が終わり、私たちはそのまま別荘に泊まることになった。
夜が深まる中、フェリックスを寝かしつけて部屋に戻った私は、ひとりで呟く。
「今日は本当に良い日ね。ふふっ」
ドレッサーの鏡を見つめ、自身の首元で輝くネックレスを一撫でする。
決して派手なデザインではないけれど、繊細で丁寧な作りにより、エレガントな仕上がりとなったネックレスは、何だか私を背伸びさせてくれるような気がした。
家族の存在が刻まれたこの証は、私の中の心強さを満たしもしてくれる。
――今度これを着けるのは、大切な日にしましょう。
ネックレスを外そうと、首の後ろに手を回す。
その時、ガチャリと部屋の扉が開いた。
「レオニー、手伝おうか?」
手を止めて声の方に顔を向けると、こちらに歩み寄ってくるシャルリー様を捉える。
「あら、ありがとう。お願いします。シャルリー様、お仕事の方は大丈夫でしたか?」
実は誕生日会が終わってすぐ、別荘に早馬がやって来たのだ。
理由は分からないが、シャルリー様は私がフェリックスを寝かしつけている間、その手紙についてアルベールと打ち合わせをしていた。
――そんなに時間も経っていないから、まあ大丈夫なんだろうけど。
そう思いながらも、万が一ということもある。
鏡越しにシャルリー様を見つめると、彼は慣れた手つきでネックレスを外しながら答えた。
「様子見というところだ」
意外な答えだ。私は振り返り、彼の顔を直接見つめて訊ねた。
「珍しいですね。何かあったのですか?」
「北の方で雨が降っているそうだ」
「こちらはこんなに晴天なのに?」
「ああ、かなり局地的な可能性がある。何事も無ければ良いが、万が一を考えて対策は練らねば」
シャルリー様の顔が微かに強張った。
無理もない。これから収穫というこの時期に、よりにもよって早馬が来るほどの雨なんて。
――本当に何事も無ければ良いけれど……。
そう思っていると、つんと眉間を軽く突かれる。
はたと顔を上げると、シャルリー様は続けて眉間にキスを落とした。
「突然どうしたのですか?」
「難しい顔をしていたから」
「そこまででしたか?」
「ああ、すごい眉間だったぞ。レオニーにはできるだけ笑顔でいてほしいんだ。何か問題があったら適切に対応する。今は安心してくれ」
シャルリー様はそう言うと、徐に私を抱き締めた。椅子から立ち上がり、私も彼の頼もしい背中に手を回す。
契約で始まったこの関係に、こんな未来が訪れるなんて思ってもみなかった。
今ある幸せを噛みしめるように、腕の力を強める。
その時だった。
「レオニー。気分転換に風呂を用意したんだ。一緒に入るか?」
低く甘い声が、私の耳元をくすぐった。熱っぽさを孕む吐息が耳にかかり、全身の熱が上昇する。
未だに恥じらいを覚える。だが、今日はとても気分が良い。こんな日の答えは、ただ一つのみだ。
「……はい」
小さく返事をすると、途端に私の身体はふわっと宙に浮いた。
「シャルリー様?」
「レオニーは今日の主役だ。今日はすべて俺に任せてくれ。毎日でも構わないがな」
「でも、歩けま――」
言いかけた言葉を遮るように、シャルリー様が私の唇を自身の唇で塞いだ。
「レオニー、今日だけは君にとことん尽くさせてくれ」
心から希うかのように見つめられ、断れるわけもない。
私はすべてを委ねるように、シャルリー様の首に腕を回した。
この瞬間から、私たちの長く甘い夜が幕を開けたのだった。
ここまでお読みくださって本当にありがとうございます♡
実は本作品のコミカライズの連載が始まりました。
活動報告にてご紹介しておりますので、よろしければご一読いただけると嬉しいです!
何卒よろしくお願いいたします(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)




