20話 特別な贈り物
柔らかな陽の光に包まれた、ある昼下がりのこと。
私は招待状に書かれた場所を目指し、侍女のリタと共に馬車に揺られていた。
「まさか別荘に招待されるとは思わなかったわ」
私の言葉に賛同するように頷くリタが、楽しそうに微笑みながら口を開く。
「久しぶりに行くので、とても懐かしい気持ちになります」
「私だけじゃなくて、リタにとっても思い出深い場所だものね」
フェリックスの妊娠時、私は今日招待された別荘で過ごしていた。
都市部を離れて、私が少しでもゆったりとした時間を取って身体を労われるようにと、シャルリー様が用意してくれたのだ。
シャルリー様やフェリックスと一緒にいられるだけでも幸せなことだが、誕生日にこうした特別な場所に三人で集まれるというだけでも、胸に込み上げるものがある。
「本当に楽しみだわ」
私はリタと他愛もない話をしながら、別荘行きの馬車に揺られたのだった。
◇◇◇
別荘に着くと、先乗りしていたシャルリー様が御者に代わって私を馬車から降ろしてくれた。
「レオニー、道中は何事もなかったか?」
「はい。リタと楽しくお話しながら快適に来ましたよ!」
「それは良かった。リタ、助かったよ」
シャルリー様はリタにそう声を掛けると、別荘の中へと私を誘った。
「あ、ママ! やっと来た!」
しばらく足を進めると、今か今かと待ち構えていたらしいフェリックスを発見した。
彼は私に気付いて顔を輝かせると、とてとてと駆け寄って抱き着いてきた。
「フェリックス、お出迎えありがとう」
「うん! えへへ、ママは今日のサプライズのしゅやくだもんね!」
そう言うと、フェリックスはシャルリー様に煌めくような笑みを浮かべた。
シャルリー様はというと、そんなフェリックスに思わず苦笑を浮かべている。
なんだかその様子がおかしくて思わずクスリと笑うと、目が合ったシャルリー様が愛おしそうな目でこちらを見た。
「ねえねえ、ママ! こっちに来て!」
シャルリー様と見つめ合っていると、不意にフェリックスが私の腕を引っぱる。
私はそのフェリックスに応えるように、エスコートしてくれる彼について行ったのだった。
「とうちゃく~!」
フェリックスに導かれるまま歩いた私は、気付けば彩り豊かな温室の中にやって来ていた。
そこにはティーテーブルが用意されており、フェリックスとエスコート役を交代したシャルリー様が、私をその中の特等席へと座らせてくれた。
そのまま、シャルリー様が背後から私の両肩にそっと手を載せる。そして、耳元でそっと囁くように話かけてきた。
「レオニー、少し目を瞑っててくれるか?」
「え? は、はい……」
戸惑いながらも、言われるがまま目を瞑る。
その間、ワクワクして堪らないといった様子の、フェリックスの小さな笑い声が耳に届いた。
いったいこれから何が起こるのだろうか。
そう思いながら一分ほどが経過した頃、フェリックスが声をかけてきた。
「ママ、開けていいよ!」
少しドキドキとしながら、ゆっくりと目を開ける。
その瞬間、目の前に置かれたあるものに驚くと同時に、私の全方位から声が飛び込んできた。
「誕生日おめでとう」
「おめでとうございます!」
「おめでとう~!!」
そんな祝いの言葉が飛び交う中、私の周囲には花弁が舞い落ち始めた。
驚いて振り返ると、それは楽しそうに花弁を撒く、アルベールとリタがいた。
ふたりは私はと目が合うと、にこりと爽やかな笑みを浮かべて笑いかけてくれる。
再び視線を前に戻すと、私を見つめながら温かく笑いかけてくれる、シャルリー様とフェリックスと目が合った。
「みんな、本当にありがとう。とっても嬉しいわ!」
そんなつもりは無かったのに、視界には透明の薄いベールの膜が張る。だが、同時に笑顔も溢れる。
そんな私に、フェリックスがはしゃいだ様子で話しかけてきた。
「ママ! これ食べて!」
そう言って、フェリックスが指をさしたもの。
それは私の目の前に置かれた、少々不格好なホールケーキだった。
目を開けた瞬間、花弁が舞うまで私の視線を奪ったこのケーキ。
いったいどんなケーキなのだろうか?
キラキラと期待に輝く目で見つめてくるフェリックスに、まさかとある予感が過る。
それと同時に、シャルリー様が答えを口にした。
「フェリックスの提案で、料理長に教わりふたりで作ったんだ。見た目は不格好かも知れないが、味は保証する」
そう言うと、シャルリー様は手際よく切り分けて、ケーキを載せた皿を私に差し出してくれた。
それを見て、ハッと何か思いついたのだろう。
唐突に、フェリックスがスプーンを手に取り、ケーキを掬った。かと思えば、そのまま私の口元にケーキの載ったスプーンを運んできた。
「ママ、あーん!」
小さい頃にフェリックスにしていたこと、こうしてフェリックスがしてくれるとは。
貴族としてはマナー違反だし、恥ずかしさもある。
けれど、これは彼なりの精一杯の愛情表現なのだろう。
私は朗らかに笑うフェリックスが差し出すスプーンを、そのままパクンと口に入れた。
その瞬間、今まで食べたことがないほど、甘い味が口中に広がった。
――とっても甘くて美味しい……!
絶品だわ!
「こんなに美味しいものをふたりで作ってくれたなんてっ……! 今までで最高の誕生日プレゼントだわっ……」
心に満ちるままに感動を伝えると、シャルリー様がホッとしたように目を細めて笑った。
「レオニー、まだプレゼントはあるぞ」
「え?」
「フェリックス」
シャルリー様に呼びかけられたフェリックスは、待っていたとばかりにアルベールから謎の長方形の小さな箱を受け取り、私に差し出した。
「パパと一緒にえらんだんだよ! 気にいってくれるとうれしいな!」
「ここで開けてもいい?」
「うん! はやくみてみて!」
急かすフェリックスの軽く圧倒されながら、リボンを解く。そして、箱を開いた瞬間、私は中に入ったものを見て思わず息を呑んだ。
「これをふたりで選んでくれたの……?」
そこには、サファイアとダイヤモンドとルビーで作られた、非常に美しい光彩を放つマルチカラーネックレスが入っていた。
驚きながら顔を上げる。すると、シャルリー様とフェリックスは作戦の成功を確信したような表情で、こちらに向けて微笑みを浮かべた。