14話 守りたい者
「奥様、シャルリー様が書斎でお呼びです」
アルベールの呼びかけにより、シャルリー様の下へ向かう道すがら、私は頭を捻った。
――いったい何があったのかしら?
先ほどのアルベールは、いつもとどこか異なる雰囲気を纏っているように思えた。
よくよく考えると、シャルリー様にこんな形で呼び出されるは、結婚して以降おそらく初めてのこと。
とりあえず、言われた通り書斎には向かっている。
しかし、いつもとは何かが違うという違和感が妙に拭えない。そんな私の脳内で、不意にルースティンでの出来事が想起された。
「いや、いやいやいや……シャルリー様に限って、それだけは絶対に有り得ないわ」
プリムローズ嬢の顔を思い出してしまい、私はあの日のトラウマを掻き消すように頭を横に振る。
こんなことを考えてしまったことすら申し訳ない。
少し罪悪感を覚えながら、私は目的地へと歩みを進めた。
それから数分後、シャルリー様から呼び出された理由を知った私は、彼の話を聞き卒倒しかけていた。
「レオニー、突然伝えることになってすまない。驚かせてしまっただろう」
申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にするシャルリー様に、私はすかさず答えた。
「どうしてシャルリー様が謝られるのですか? むしろ、本当にごめんなさいっ……。まさか、父がそのようなことをしていたなんて、私、何も知らなくてっ……」
先ほどまでとは比べ物にならない、罪悪感と怒りが胸中で渦巻く。
あまりにも非常識的な父親の言動をひとつひとつ理解するたびに、手の震えが止まらない。
手紙を送り付け、付き纏い、知らない間に家にまで押しかけていたなんて。
「どうして今まで教えてくださらなかったのですか?」
つい、思った言葉が口を衝いて出る。
シャルリー様は私の言葉を聞くと、真っ直ぐな瞳をこちらに向けて冷静な様子で答えた。
「レオニーに心配を掛けたくなかった。だが、知らせた方が良いと思い直して、今日伝えることにしたんだ」
シャルリー様は遅くなってすまないと加え、微かに眉間を歪めて目を伏せた。
その瞬間、私は己がいかに幼く愚かな発言をしてしまったのかを自覚した。
「ごめんなさい。あなたの気遣いに対し、思いが至らぬ発言をしてしまいました」
――シャルリー様がこうして伝えるまでに、どれほど葛藤したことかっ……。
いつもだったら、自分の力で何でも解決するだろう。
だが、相手が私の父親ということもあって、彼がいつもと同じように動けなかったというのは、想像に難くない。
――まず、シャルリー様に先にかけるべき言葉があったでしょう。
心の中で自身を叱責し、私は言葉を続けた。
「教えてくださってありがとうございます。シャルリー様がこうして話してくれなかったら、きっと後で知って自責の念でどうにかなっていました」
そう言うと、シャルリー様はホッとした様子で軽く息を吐いた。
だが、即座に引き締まった表情になり言葉を返した。
「今日侯爵がやって来た理由は、痺れを切らしてレオニーに直接接触を図ろうとした可能性が考えられる」
「私もそう思います。今後、私宛にも手紙が届くようになるかもしれませんね」
「ああ。だから十分に気を付けてほしい。どれだけ俺が忙しそうにしていたとしても、いつだって君が第一優先だ。些細なことでもすぐに相談してくれ」
心からの願いというように、切実さの籠る眼差しで見つめられて胸が痛くなる。
父のせいで苦しんでいるというのに、その娘である私にここまでの優しさをくれるシャルリー様。
その彼の想いを痛感し、私は結局何度も彼に謝罪の言葉を続けた。
しばらくし、シャルリー様に口元へ人差し指を押し当てられ、私はようやくその口を閉ざしたのだった。
◇◇◇
「何とかして解決しないとっ……」
自室に戻った私は数十分ほど前に聞いた話を思い出し、呵責の念に苛まれ、胸が張り裂けそう気持ちでため息を吐いた。
シャルリー様は君が悪いわけでは無いと言ってくれる。
しかし、どれだけ憎かろうが肉親の、しかも実父の行いとなると、とても無関係と割り切ることはできなかった。
――本当に娘のことなんてどうでも良いのねっ……。
己の私利私欲にばかり執着した父親に対し、私の心には愛情の一欠けらも残っていない。
今更仲良くしようと言い寄られたって、テコでも動くつもりはないのだ。
だけど、シャルリー様の話を聞く限り、父は私が情に流されると思って動いているような気がしてならない。
「どうしたら良いのかしら。私が絶縁状を渡したり、絶縁を改めて宣言したりしても意味がなさそうよね」
ただ、それで万が一フェリックスにまで悪影響が出てしまった日には……。
絶対にそんなことだけはあってはならない。
親として、自分よりも大切なフェリックスだけは、何が何でもこのことに巻き込んではいけない。
「フェリックスを守るためなら何だってしないと。なりふり構ってなんかいられないわ」
私は心に絶対的な誓いを立て、念には念を入れるべくある計画を実行することにした。
◇◇◇
クローディア邸から馬車に揺られ、私はひとりで王宮にやって来た。
端正に手入れされた庭園を通り抜け、道なりに沿って進む。すると、ある部屋の前に辿り着いた。
「ここね」
衛兵がいるため、何食わぬ顔でその部屋から少し離れたところまで歩く。
そして、ようやく衛兵の目の届かないところに来たところで、私は顔を隠すように頭からローブを被り、廊下に立つ柱の陰に身を潜ませた。
それからしばらくし、アルベールから仕入れた情報通り、ターゲットとなる部屋の中から、複数の男性たちが愉しそうに談笑しながら出てきた。
――っ……見つけたわ!
その中のひとりに目的の人物を発見する。案の定、その人物は皆の輪から少し離れた最後尾を歩いていた。
――皆が通り過ぎた……今よ!
私は最も近付いた隙を狙い、その人物の手を掴んで柱の陰へと引き込んだ。
「何者だ! いったい、むぐっ!」
大声を出させないよう、その人物の口元を両手で覆う。そして、私は自身の顔を隠すためのローブを片手で払い、彼を見上げて呼びかけた。
「私よ……お兄様」
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