13話 葛藤の末の決意
「参ったな」
クローディア公爵邸のある執務室の中。
形の良い眉を顰め、眉間に皺を寄せた険しい表情でシャルリーが呟く。
地方総督になったことにより、忙しい日々がさらに多忙を極めることとなった。
それだけでも大きな負担だというのに、その負担にいっそう拍車をかける存在が現れた。
よりにもよって、その人物は最愛の妻の実父であり、最愛の息子の祖父であるメルディン侯爵。
まるで悪夢みたいなこの現実に、シャルリーはここのところ何日も頭を悩ませていた。
「アルベール、今日はどうだった?」
「はい。いつも通り手紙が届いております」
そう言って、アルベールがシャルリーへ手に持ったひとつの封筒を差し出した。
開いて中を確認すると、やはりそこにはメルディン侯爵のサインが記されている。
シャルリーは何度も見たこの字に辟易とし、現実逃避でもするように片手で両目を覆った。
この事の始まりは、地方総督として管轄領地の領主を集めた会だった。
妻の父だろうと容赦せず、シャルリーはメルディン侯爵を切ったつもりでいた。
それなのに、侯爵は一切めげることなく、こちらに更なる接触を図り始めたのだ。
会の後、最初に接触してきた方法は手紙だった。
一度会って話がしたい。きっとわだかまりも解消されるはず。
そんな内容の手紙が届き続け、メルディン侯爵からシャルリー宛に送られてきた手紙の総数は、一カ月の間だけで優に三十は超えていた。
しかし、侯爵はただの一度も、レオニーに直接何かを送ってくることはなかった。
そのため、捨てれば済むだけだと無視していたのだが、半月ほど前から侯爵は接触のパターンを増やしてきた。
待ち伏せして、シャルリーに付きまとうようになったのだ。
当然、無視してその場を去るが、侯爵はなかなかにしつこかった。
場合によっては人の目もあるため、シャルリーは侯爵というトラブルを冷静に捌きながらも、内心では対処に困っていた。
レグルス宛に父を止めるよう手紙を送ったが、その効果はほぼ皆無に近かった。
だが、レオニーにさえ何もしなければ、大事にするつもりは無いとシャルリーは決めていた。
妻が悲しみ自己嫌悪に陥る姿を見たくない。それだけの理由だ。
でも、シャルリーにとっては大きな理由だった。
しかし、ついにメルディン侯爵はシャルリーの情けの一線を越えてしまった。
「シャルリー様。本日は重要なお知らせがございます」
珍しく厳しい表情を浮かべるアルベールを見て、シャルリーの心に嫌な予感が過る。
「何だ?」
「本日メルディン侯爵が、クローディア邸に単身でお見えになられました」
「っ……ここに来ただと?」
念のためにアルベールを家に残していて正解だった。
しかし、本当にそこまでの暴挙に出るとは。
「レオニーはどうした? 知っているのか?」
「ご安心ください。お気付きになられないよう、私の方で対処いたしました」
その言葉を聞き、自然と前のめりになっていたシャルリーは、ホッとして身体を背もたれに預けた。
「助かった、感謝する」
アルベールに礼を言い、すぐにシャルリーはこれからについて思考を巡らせる。
今までのメルディン侯爵の所業については、念のため国王陛下にも相談している。
職権乱用の疑いをかけられたり、レオニーの足を引っ張ったりしたくはないため、陛下が直々に手を下すことは保留にしてもらっていた。
だが、ついにこの保留を解禁する日が来たのかもしれない。
「アルベール、ひとつ相談がある」
「はい、何なりと」
「黙っていようと思ったが、今回のことをすべてレオニーに伝えようと思う。……率直な意見を聞かせてくれ」
シャルリーが真剣な眼差しで、アルベールをジッと見つめる。
すると、口元は僅かに引き締めながらも、先ほどまで気難しい表情をしていたアルベールが顔の強張りを解いて言った。
「私もシャルリー様の考えに賛成です。奥様も今や立派な女主人ですし、此度は奥様のお父様にかかわる問題ですから、なおさらお伝えした方がよろしいと思います」
「そうか……そうだよな」
ごもっともすぎるアルベールの言葉に背中を押され、シャルリーは決心を固めた。
レオニーにすべて隠さず伝えよう。
手紙のこと、付き纏いのこと、家に押しかけてきたことも、全部だ。
「よし、今から話をする。アルベール、レオニーにここに来るよう伝えてくれ。その話し合いの間、フェリックスはお前に任せた」
「ええ、承知しました。坊ちゃまは私にお任せください」
相も変わらず頼もしい。いつも通りの安定した返事をすると、アルベールは一礼して部屋を後にした。
それからしばらくし、何事かと困惑した様子のレオニーがシャルリーの書斎へと姿を現した。
シャルリーはレオニーを座らせると、すぐに本題を切り出した。
「レオニー、急に呼び出してすまない。今から君に、大事な話があるんだ」