12話 無能な働き者
国王の秘書官という人生の誉れのような仕事を失い、閑職に回されたある男の元に、信じがたい吉報が届いた。
「クローディア公爵が、メルディン領の地方総督に決まっただと!?」
自身の領地を管轄する新たな総督として記された名は、娘であるレオニーの夫シャルリー・クローディアだった。
――きっと神が再びチャンスを与えてくれたに違いない。
メルディン侯爵はそんな思いで、この喜ばしい報せの内容について知らせるべく、すぐに家族を一室に集めた。
◇◇◇
「それで、どうしたというのですか?」
嬉々として手紙を読み上げたメルディン侯爵に、息子のレグルスは若干呆れを孕んだ声で尋ねた。
「どうしたって……こんな喜ばしいことはないだろう!」
侯爵の反論の声に、妻であるメルディン侯爵夫人と、息子の嫁であるセシリーが首を傾げる。
その態度が癪に障ったのか、侯爵は再び声を荒らげた。
「何だ、その他人事のような反応は! 俺が以前のように、陛下の秘書官に復職できるかもしれないというのに!」
レグルスは、あまりに自信満々様子で怒りをぶつける父親の反応に違和感を覚え、眉を顰めて問いかけた。
「どういうことですか? 復職できるなんて……」
メルディン侯爵が王に突き放されたということは、今や周知の事実になっている。
そのきっかけにレオニーが関わっていることも、周りの貴族たちは何かしら察している状態だ。
王命により閑職に追いやられた父、娘の味方になることのない母親、妹のために動かない兄、義妹の不名誉な噂を広める兄嫁。
人々はそう言って、レオニーがクローディア公爵家に嫁ぐなり、途端にメルディン侯爵家と距離を置くようになった。
特に当主である侯爵は、王の秘書官ということで一目を置かれる存在だったが、その栄誉もはるか遠い昔のこと。
価値のなくなった侯爵など、誰も見向きもしなくなった。
逆に、社交界の注目はクローディアに嫁ぎ目覚ましい活躍を見せるようになった、レオニーに集まっている。
最近では、レオニーが女神として称賛されるようになり、メルディン侯爵家はますます肩身の狭い思いをしていた。
この状況で、どうして復職ができるという発想に至ったのか……。
レグルスは父の考えがまるで理解できなかった。
一方、戸惑うレグルスなど視界に入らないというように、父である侯爵は意気揚々と答えた。
「クローディアと公的に接点ができたんだ。これをきっかけに、レオニーとの交流を復活させる。そしたら、あの子が復職できるよう、きっと働きかけてくれるだろう」
安直で楽観的な作戦の内容を聞くなり、思わずといった様子で、レグルスの妻のセシリーが口を出す。
「失礼ですが、お義父様。以前、レオニー様は私たちと縁を切るとおっしゃいました。そううまくいくとはとても……」
「あの子は頑固で融通が利かないところもあるが、誰よりも優しい子なんだ。ほとぼりも冷めただろうし、血の繋がった家族の願いくらい聞いてくれるはずだ」
何を根拠にそんな判断を下したかと家族が困惑する中、中心にいる侯爵は自分の発言にうんうんと頷いている。
すると、ジッと黙って話を聞いていた、レグルスの母であるメルディン侯爵夫人が口を開いた。
「うまくいくならそれで良いけれど、いきなりレオニーに近付いたら公爵の逆鱗に触れるかもしれないわよ?」
「ああ、その通りだ。だから、まずは公爵を味方につけようと思う。実は、半月後に管轄地域の領主を集めた会が行われるんだ」
侯爵はそう言って、これから実行予定である計画の詳細を家族に語った。
まず、クローディア公爵の管轄地域の領主ということで、彼と頻繁に交流を持つよう働きかける。
少し手こずるだろうが、もしそれが上手くいけば公爵からレオニーと会う許可をもらえるかもしれない。
嫁いだレオニーは、夫である公爵の意向に逆らえるはずがない。だからこそ、公爵さえ懐柔できれば、レオニーと再び接触することが可能となる。
情の深いレオニーは縁を切ったと言いながら、交流を繰り返すうちに再び心を開くようになる。
その頃合いに、国王の秘書官復職のお願いをして、陛下に進言をしてもらうということだった。
はっきり言ってずさんすぎる。この父の計画を耳にし、レグルスのこめかみには思わず痛みが走る。
だが、その様子に気付くはずもない侯爵は高らかに言い放った。
「これで俺の時代が再びやって来るぞ!」
やる気に満ちた表情で息巻くと、侯爵はより具体的な作戦を立てると言って書斎に戻った。
「大丈夫なのかしら……」
妻が漏らした不安げな声を聞き、レグルスはハッと我に返った。そして、去った父を追って書斎に入り、開口早々に訴えかけた。
「父上、先ほどの話ですが、少々考え直してみては?」
「何だ、もっと良い案があるのか?」
「そう言うわけでは……。下手に公爵を敵に回したら面倒ですし、もうレオニーのことは放っておいたほうが――」
「はあ……止めることしか能がないとは情けない。これは、私が陛下の秘書職に復帰する最大のチャンスだ! お前たちにも恩恵があるんだぞ!? 要らぬことばかり言うのなら下がれ!」
侯爵はレグルスを部屋から追い出すと、ふぅと強く息を吐いた。
気を取り直すべく、届いた手紙に再び視線を落とす。
「このきっかけは絶対に逃さないからな」
底知れぬ欲望と期待が、侯爵の胸を膨らませていく。
計画は成功するに違いない。そう信じる侯爵は、早くも息子の言葉など忘れ、不敵な笑みを浮かべるのだった。
◇◇◇
それが、どうしてこうなったのか。
「なんだ、あの言いざまは……」
半月後、集まりに出席した侯爵は、先ほどの出来事を思い出して頭を抱えていた。
自分は彼の妻の父親だ。だからこそ、少しくらいは聞く耳を持ってくれると思っていた。
だというのに、あのシャルリー・クローディアという男は、一切の容赦なく義父である自身への拒絶を示した。
『彼女の人生に侯爵は不要ということだ』
公爵の憎悪の籠った視線と共に放たれた言葉が、頭の中を何度もリフレインする。
「ここまで難攻不落とは……不覚だ」
口惜しげに呟くメルディン侯爵は、ギリっと歯ぎしりをする。
しかし、侯爵は仕切り直しだというように、すぐに表情を平常時のものへと戻した。
一度拒絶されたくらいで、諦めるわけにはいかないのだ。
崇拝する陛下の隣で、栄誉ある仕事を任せられた自分。
あの夢のような座を、時間を、もう一度取り戻したい。
そのためには、なりふり構ってなどいられない。
改めて心得た侯爵は、更なる作戦を実行すべく、シャルリーを懐柔するための計画を再び練り始めたのだった。
ここまでお読みくださりありがとうございます!
本作品や別作品の書籍化情報を出しているので、良ければ活動報告を見ていただけると嬉しいです!
どうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>