10話 呼び出された理由
雲ひとつない真っ青な空から、容赦ない陽光が降り注ぐある午後のこと。
私はシャルリー様とともに、ある場所へとやって来ていた。
立派な庭園の中を歩いていると、乾いた風が草木の香りを纏い、私たちの周りを生温く吹き抜ける。
「こんな日にレオニーを出歩かせてすまない」
私に日傘を傾けるシャルリー様が、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「お気になさらないでください。陛下からの召集命令ですから」
そう、本日私たちがやって来た場所は王宮。
どうしたことか、夫婦で国王陛下から直々に呼び出されたのだ。
理由については、まったく見当すらつかない。
ただ、王命には逆らうわけにいかないと、ふたりでここまで来たというわけだ。
しばらく歩いていると、ようやく陛下の最側近である侍従長が姿を現した。
「本日は御足労いただき、誠にありがとうございます。陛下の下へご案内いたします」
私は一度シャルリー様と顔を見合わせ、侍従長について陛下が待つ謁見の間に歩みを進めたのだった。
◇◇◇
「よく来たな、足労に感謝する。さて、さっそく本題に入る前に……夫人」
陛下はそう言うと、シャルリー様に向けていた視線を、隣に立つ私に移した。
突然名指しされたことで、背筋がピンと伸びる。
「そなたも共に呼び出したのは、これから話す内容が公爵だけでなく夫人にもかかわることだからだ」
「っ……」
どうやら、かなりの重大報告らしい。
緊張が張り詰めた空間ということもあり、陛下の言葉に鼓動が早鐘を打ち始める。
折しも、陛下が再びシャルリー様に視線を戻し、その口を開いた。
「では、本題に入ろう。シャルリー・クローディア、そなたを本日より、シトリア王国北西部の地方総督に任ずる。総督という立場を以て、その手腕を存分に発揮せよ」
――地方総督……?
宣告を終えた陛下は、嬉々とした表情で私たちに笑いかけてくる。
一方、シャルリー様はその笑顔に応えることはなく、真顔のまま淡々と陛下に尋ねた。
「北西部となると、クローディア以外の領地も含まれることになりますよね」
「察しが良いな」
陛下はそう零すなり、私を一瞥する。
その瞬間、私はすべてを察知した。
――ルースティン侯爵領とメルディン侯爵領も、管轄地域に含まれているのね。
シトリア王国内で、ルースティン侯爵領は北、メルディン侯爵領は東の方角に位置している。
その中心にあるのがクローディア公爵領のため、そのふたつが管轄内になることは、決しておかしなことではなかった。
私の個人的な感情としては、きわめて複雑ではあるのだが。
私にもかかわるというのは、こういうことでもあったのかと納得していると、陛下が私に声をかけてきた。
「そなたにとって、管轄地域の一部はいわくつきの地だろうが、決してわざと含めたわけでは無いと理解してほしい」
「もちろんでございます。その点についても理解しておりますので、どうぞご安心くださいませ」
目を伏せて陛下にそう返すと、陛下はふっと肩の力を抜き、満足げに息を吐いた。
――シャルリー様は、どんな反応をしているのかしら。
口元に笑みを湛えたまま、私は隣にいるシャルリー様を横目で見た。
すると予想通り、ほとんど無表情ながら、ほんのりと険しさが滲む彼の顔が視界に映る。何やら考え事をしているようにも見える表情だ。
そんなシャルリー様であったが、陛下の任命を受け入れて以降も、彼は冷静沈着な態度を貫いた。そして、私とともにその場を後にしたのだった。
その日の晩、フェリックスを寝かしつけてから、シャルリー様に話があると言われた。
きっと今日の任命に関する話だろう。
フェリックスの部屋を出て、私より一歩先を歩く彼の背を追うように歩く。
やがて、ふたりの部屋に辿り着くと、シャルリー様はベッドに腰を掛けた。刹那、そのまま私の手を引くと、自身の隣に座らせて言った。
「俺のせいで、君を再びあの土地に関わらせることになってしまった。すまない、レオニー」
いつも凛とした完全無欠の雰囲気を纏っている。
そのシャルリー様からは想像がつかないほど、今の彼はいつになく弱々しい。
柳眉を顰め、目を伏せたその姿は、彼の心からの罪悪が現れているかのようだ。
地方総督の仕事は、ざっくり言うと管轄の地域の状況を把握して統括するといったものだ。
そのため、必要に応じて、現地に訪れなければならないこともある。
当然、管轄地域内である以上、ルースティン侯爵領もメルディン侯爵領も例外ではない。
必要とあらば、赴かねばならぬ場所になったのだ。
だが、どう考えたって、これはシャルリー様のせいにする問題ではないだろう。
少なくとも、私はそう思う。
「シャルリー様、謝らないでください」
そう言って彼の手を取ると、わずかに見開かれた目が私を見つめてくる。
夏だというのに氷のように冷たい手をした彼に、私は思ったままの言葉を紡いだ。
「あなたの日々の成果が認められて得た役職です。私はそのことがとても嬉しいのです。だから、悪いだなんて思わないでください」
「だが、レオニーをまた――」
「あなたの妻は誰ですか?」
遮って尋ねると、シャルリー様は目を瞬かせた後、慌てて答えた。
「レオニーだ」
「でしょう? 私が今後彼らと関わるとするなら、クローディア公爵夫人としてです。むしろ、憂き思い出を塗り替える機会ではありませんか」
夫であるシャルリー様がいるから心強いと付け加え、そうでしょう? と同意を求めて首を傾げる。
すると、真剣そのものの表情をしたシャルリー様が、その顔に切なさを滲ませ、そのまま徐に私を抱き寄せた。
「君には……本当に敵わないな。ありがとう、レオニー」
肩口に顔を埋めて発する彼の言葉は、微かに震えを帯びていた。
それらすべてを受け入れるように、私は腕を回して、彼をギュッと強く抱き締め返したのだった。