4話 初めての祝祭
「まあ、こんなにも人がいっぱい……」
馬車を降りた私は、改めて生身で感じる人の多さに圧倒されていた。
「夜になったらまだまだ増えるぞ。今のうちに回っておこう。何かしたいことはあるか?」
シャルリー様にそう言われて、辺りをぐるりと見回す。
食欲をそそる香ばしさが漂う屋台、子どもたちが取り囲むくじ引き屋や、大人たちが楽しそうに談笑する場など、さまざまな光景が視界に飛び込んできた。
行きたい店は色々あるが、一軒ずつ回っていたらすべて見終わるよりも先に、祝祭が終わってしまうだろう。
――ここまで充実していると、逆にどうしたら良いのかさっぱりだわ。
そう思った矢先、私の考えを見越したかのように、シャルリー様が声をかけてきた。
「もしすぐに思いつかないなら、ひとつ提案がある」
「何ですか?」
「毎年恒例のクイズラリーがあるんだ」
「クイズラリー?」
分からない言葉に首を傾げると、シャルリー様はクイズラリーについて説明してくれた。
その話を要約すると、出されたクイズに答えながら、答えとなるチェックポイントの店を順に回って、最後まで正解したら何らかの賞品がもらえるイベントらしい。
「やってみたいです!」
「良かった。じゃあ、今から最初の問題を聞きに行こう」
こうして、私はシャルリー様と最初のクイズが出題される一角へと向かった。
到着すると、気前の良さそうな女性が、さっそく問題を出題してくれた。
「毎日着るものの“未来の姿”を想像できる場所はどこ? ってシャルリー様はもう分かりましたか?」
「ああ、分かった」
「えっ、もうですか!」
何となく予想はしていたけれど、シャルリー様にこのクイズラリーの問題は簡単みたい。
私はまだ答えを思いつかないんだけれど。
「何回か経験して、傾向と対策が分かったから解けただけだ。時間はあるから、ゆっくり考えてくれ」
「じゃあ、今回だけヒントを1個もらえますか?」
「そうだな……。未来の反対は何か考えてみると良いかもしれない」
未来の反対は過去だ。ということは、毎日着るものの“未来の姿”を想像するのは過去の段階。
そう考えると……。
「あっ! 分かりました。シャルリー様、答え合わせをしましょう。せーの」
「「生地屋!」」
彼と一緒の答えが出せた私の心に、小さな達成感が宿る。
はしゃぐ気持ちで生地屋に行くと、正解だと祝いを受けた後、新たな問題が出された。
小さな葉や種が命を守る力を秘めている。その力を手に入れる場所は? という問題だ。
この問題の答えは、私もすぐに分かった。
「「薬屋!」」
シャルリー様とこうして、何店舗も回ってクイズを解き続けた。そしてついに、私たちは最後の問題も無事正解し、賞品をもらうことができた。
「今年の賞品は、例年と少し変わっているな」
シャルリー様はそう言いながら、賞品である銀製の小さなメダルを私の手に載せた。
すると、そのシャルリー様の声が耳に届いたのか、ゴールで待ち受けていたイベント主催者の男性が声をかけてきた。
「なかなかゴールできる人が少ないんですよ。なので、今年はそれを逆手にとり、領主様のご結婚のお祝いとして奮発したんです!」
目の前にいる人物が、その領主様本人とは知らない男性は、「銀は流石にやり過ぎたか?」なんて言いながら、楽しそうに笑っている。
――こんなに領民に祝ってもらえるなんて、素敵な領主様ね。
クイズラリー中も、シャルリー様は問題の答えが分かるなり、躊躇い無く目的地を目指して歩いていた。
答えのひとつに酒屋があったが、何店舗もあろうに、店の名前が分かった時点で案内してくれた。
自身の有する広大な領地の中で、最も栄えた街だとしても、これだけ細かく覚えている領主も滅多にいないだろう。
その人が自分の夫だと思うと、妙に誇らしい気持ちになる。
私は微かに目を見開くシャルリー様に、こっそり声を掛けた。
「愛されてますね」
「……まあ、悪くない気分だ」
そう言うと、シャルリー様はどこか気恥ずかしそうに、私の手を繋いで歩きだしたのだった。
◇◇◇
予定よりもクイズラリーが早く終わった私たちは、別の催しにも参加してみることにした。
そこで私は、改めて自身の夫のすごさを目の当たりにすることとなった。
「表だ」
「ど、どうして……。これで10回連続だぞ!?」
コイントスの裏表を当てるゲームで、シャルリー様は一回も外すことなく当て続け、ちゃっかり賞品をもらってその場を後にした。
「お兄さんも試してみないか? この剣を抜けたやつにはこの金の髪飾りを――」
「抜いたぞ」
「は、はあ!? どうやってやったんだ! これまで何人やっても抜けなかったのに!」
店主は嘆きながらも、約束通り金の髪飾りをシャルリー様に渡した。
「レオニーに似合うと思ったんだ。受け取ってくれるか?」
シャルリー様はそう言って、機嫌よさそうに私に髪飾りをプレゼントしてくれた。
その後も、彼の無双は続いた。だが、何も成功するのは彼ばかりではない。
私もとうとう、大きな成功を味わうことができた。
シャルリー様と一緒に輪投げをしたところ、私が投げた輪が大当たりの棒にかかったのだ。
「お嬢ちゃん、すごいじゃないか!」
老齢の店主はそう言うと、笑顔で祝いに言葉をかけてくれた。
だが、その顔は瞬く間に気まずげな表情へと変わった。
「実は賞品なんだが、腰が悪くてここまで持ってこられなかったんだ。ちょっと大きくてな。すぐそこの店の中の入り口付近にあるから、取りに来てくれんかのう?」
店主のその言葉に、隣にいたシャルリー様が口を開いた。
「こちらの女性は私の妻なので、私が代わりに取りに行っても良いでしょうか?」
「もちろんだとも! 良かった。お嬢ちゃんにはちと重いかもしれないと思っとったんじゃ」
そう言うと、店主は私に顔を向けて続けた。
「お嬢ちゃん。嫁さんを呼んでくるから、それまで店番を頼まれてくれんかのう?」
「はい、良いですよ」
ほんの僅かな時間だろうと思い了承すると、店主は嬉しそうに微笑んで歩き出した。シャルリー様も「すぐに戻る」と囁き、店主について歩いて行く。
――店番なんて初めてだわ!
よし、頑張ろうっ!
そう意気込んだのも束の間、店主の奥さんがやって来て私の出番はすぐに幕を閉じた。
慣れない重役を終え、ふうとため息をつきながら辺りを見渡す。
そのときだった。
――あれは子ども……?
何気なく視線を運んだ先、道の向こうで座り込んで涙を流す女の子が視界に飛び込んできた。