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番外編2  同じ気持ち

 ある日のこと、窓の外の景色を見たアルベールが、ぽつりと呟いた。


「雨が降ってきましたね」


 小雨だろうか。もしそうであれば、さほど気にすることも無い。

 しかし、それはいつもならの話。今日のアルベールは、この雨には微かに眉をひそめた。


 主人であるシャルリーの新妻レオニーが、まさに今、外出しているのだ。

 行ってくると挨拶をした彼女が向かった、ミュラー夫人のお茶会の予定終了時間を計算すると、既にいつ帰宅もおかしくない時間になっている。


――馬車停めから玄関までは屋根が無い。

 傘を用意して、出迎えてさしあげないと……。


 珍しいことに、今日は執事長が休んでいる。

 そのため、アルベールは使用人の準備態勢を確認しようと、いったん仕事の手を止めるため、手に持ったものをペン立てに戻した。ちょうど、そのときだった。


「シャルリー様、どちらに行かれるのですか?」


 同室で仕事をしていたはずのシャルリーが、気付くとなぜか部屋を出る準備を進めていた。

 どうしたことかと思わず訊ねると、彼は淡々とした口調で言った。


「レオニーを出迎えに行くんだ」

「シャルリー様がですか? 雨が降っているので、私が代わりに行きますよ」

「いや、いい。早く会いたいし、レオニーの傘は俺が持ってやりたいんだ」


 至極まじめな顔でそう告げると、シャルリーは無駄一つない動きで支度を済ませ、部屋を出て行った。


 そんなシャルリーの背を視線で追ったアルベールは、ふと我に返り、慌てて彼の机の上に積まれた書類を手に取った。


「すごい。全部終わってるっ……」


 数分かけて、すべての書類に目を通したアルベールは、その完璧な出来に感嘆の声を漏らした。

 同時に、満面の笑みを浮かべて小さく叫んだ。


「やはり、奥様は私の女神だっ……!!」


 そう言い放った直後、アルベールはハッと思い出したように窓に駆け寄った。

 そして、馬車から出てくる笑顔のレオニーと、彼女にしか向けることのない極上の笑みで、彼女を出迎えるシャルリーを見つけて、心からの笑みを浮かべた。


「ふふっ、お2人が結婚して本当に良かった」



 ◇◇◇



「嘘……このタイミングで雨が降るなんて……」


 ミュラー夫人に招待された楽しいお茶会の帰り道。揺れる馬車の音に紛れ、パラパラと雨が降る音が聞こえてきた。


――この雨……帰るまでに止んでくれるかしら?


 クローディア公爵邸は非常に大きな屋敷のため、馬車寄せから玄関までの距離を、他の屋敷よりも少し歩く必要があった。

 ただ、その道には屋根が無いため、傘をささなければならないのだ。

 今日は少し肌寒いから、きっと外で傘をさすために待機している使用人は、身体が冷えているに違いない。


――雨が止みそうにないなら、せめて馬車が早く着けば良いんだけど……。


 そんなヤキモキした気持ちを抱えてしばらく揺られていると、ついに私の乗る馬車が止まった。それから間もなく、扉が開かれると同時に想定外の人物が私の視界に映った。


「シャルリー様! どうしてこちらに!?」


 大好きな人の笑顔で出迎えられ、雨により何となく憂鬱になっていた気持ちが、一瞬にして吹き飛んでいく。

 思わず込み上げる笑顔で、そう訊ねてみると、シャルリー様は私の降車のエスコートをしつつ、微笑みながら答えた。


「レオニーに早く会いたかったんだ」


 そう言うと、シャルリー様は私の唇にほんのり冷たいキスを落とした。


 いつも外では頬にしかキスをしない。そんな彼の思いがけない行動は、一瞬にして私の全身に熱を持たせた。


「シャルリー様……!」


 赤面しながら彼を見上げると、シャルリー様のからかうような瞳が細められた。


――やっぱり、シャルリー様には敵わないわね。

 あの顔を向けられたら、もう何も言えないわ。


 そう思いながら、私大人しく彼が差し出してくれた傘に入った。

 すると、シャルリー様は流れるような手つきで、私の肩にそっと優しく腕を回し、歩調を私に合わせて歩き始めた。


 その些細な気遣いに、ひっそりときめく。そのときだった。


「レオニー、君のおかげで雨が好きになりそうだ」

「どうしてですか?」


 突然向きられた言葉に対し、私の頭には?が浮かんだ。

 なぜ雨が好きになるのか。ただ、純粋に不思議で彼を見上げると、不意打ちのキスが再び私の唇に落とされた。

 かと思えば、シャルリー様は耽美な笑みを浮かべ、面食らった私を見つめたまま続けた。


「傘の中だと誰にも見られずに、こうしてレオニーにキスできるだろ」


 にこりと微笑みながらそう囁くシャルリー様は、私の耳に火が付いたと錯覚するほどの熱を与えた。


「シャルリー様、私のことをからかっているんですか?」

「そんなつもりは無い。愛している」

「っ……!」


 ああ言えばこう言う。そんな抜け目のない彼の、ひたむきな愛にさらされては、私になすすべはない。

 私はもう何も言い返さず、ただ彼が隣にいるという心地よさを感じることにした。


 それから数秒後、何気なく彼を一瞥したところ、ふと私と反対側の彼の肩が濡れていることに気付いた。


「シャルリー様、そっちの肩が濡れていますよ」

「ん? ああ、気にすることはない。君が濡れなければそれで良い」

「そういうわけにはいきません」


 キスした彼の唇は少し冷たかった。私を外で待ってくれていたから、身体が冷えていたのだろう。

 そのうえ、肩を濡らしたら風邪をひいてしまうかもしれない。


――あっ、そうだわ!


 あることを思いつき、私は自身の肩に回されたシャルリー様の腕を解いた。


「レオニー? どうし――」

「はい、こっちの手で傘を持ってください」


 戸惑うシャルリー様をよそに、私は先ほど解いたシャルリー様の手に傘を持たせ直した。そして、私はシャルリー様にぴったりとくっつき、傘を持つ彼の腕に自身の両腕を絡ませて言った。


「こうしたら、シャルリー様も私も2人で濡れずに傘に入れるでしょう?」


 途端に、先ほどまで目を見開いていたシャルリー様の顔に、花の咲くような笑顔が広がった。


「そうだな。ふふっ、ありがとう。レオニー」


 シャルリー様はそう言うと、出会ったばかりの頃とはとても同じ人物と思えない程、愛おしそうに目を細めて微笑みかけてくれた。

 そんな彼に私も微笑み返し、さらに肩を寄せ合って、雨のカーテンを潜り抜けたのだった。



 ◇◇◇



 お出かけ用の服から家用の服への着替えを手伝ってくれたリタと入れ替わるように、外套を脱いだシャルリー様が私の部屋にやってきた。

 彼は私の座る長椅子の隣に座ると、こちらに顔を向けて口を開いた。


「レオニー、今日のお茶会は楽しかったか?」

「はい! ミュラー夫人のおもてなしが素晴らしかったんです!」


 私はこの言葉を皮切りに、今日のお茶会の楽しかったことや興味深かったことを、シャルリー様にたくさん話した。


 シャルリー様は、私が止めない限りどこまでも話を聞いてくれる。

 だからついつい話過ぎてしまうのだが、今度は彼の番だと私は一通り話を終え、シャルリー様にも同じ質問をすることにした。


「シャルリー様は今日どう過ごしていたんですか?」

「俺か? 俺はアルベールと仕事を進めていた。今月分の税の徴収証書と市場開催許可の案件を終わらせて、あとは――」


 その2つだけでも、とんでもない仕事量だというのに、さらに何かしたというのだろうか?

 半ば絶句しながら次の言葉を待つ。そんな私に、彼はいたって真剣そのものの表情で、息をするかのように続けた。


「あとは、ずっとレオニーのことを考えていた。君に会いたくて」


 シャルリー様は私の耳元でそんな言葉と熱い吐息を零し、そのまま耳元に口づけた。

 ハッと驚きシャルリー様に顔を向ければ、今にも唇が触れ合いそうなほど至近距離の彼と目が合う。


 すると、シャルリー様が熱い眼差しで問いかけてきた。


「レオニー、君は?」

「私も……あなたに会いたかったです。お茶会でずっと、あなたと一緒にこれを食べられたら、あなたと一緒にこのお話ができたら、あなたもこの場に一緒にいられたらって、そんなことばかり考えてました」

「そうか……。レオニーも俺のことを考えてくれていたのか」

「そうですよ。私もシャルリー様のことが大好きですから」


 シャルリー様の美しい輪郭に両手を添える。そして、今度は私から彼の形の整った唇に、優しく触れるようなキスを落とした。

 そのキスを合図に、私たちは惹かれ合うように再び唇を重ねた。



 言葉を交わすことなく、何度も重ねる。その口づけは徐々に深さを増していき、私たちは優しい雨音に包まれながら、蕩けるような甘美に身を委ねていった。

レオニーとシャルリーのイチャイチャ回でした♡

新婚時期なので、このラブラブも大目に見てあげてください( ˶˙ᵕ˙˶ )


今話もお読みくださり、皆さんありがとうございます。

来年もたくさん頑張ります!!

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします<(_ _*)>

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