27話 築き上げた幸せ
シャルリー様と結婚してから、およそ5年の月日が経った。
時間とは早いもので、今日まであっという間だった。
「リタ」
「はい、奥様。どうなさいました?」
側近メイドのリタは私が声をかけると、人好きのする笑顔で笑いかけてきた。
「今からシャルリー様のところに行ってくるわ」
「ああ、例のアレですね」
「ええ。しばらく席を外すわね」
「承知しました」
5年前よりもずっと上品に微笑む彼女は、慣れた様子で私に一礼をして見送ってくれた。
――さあ、今日はちゃんと休んでるかしら?
シャルリー様は一度仕事を始めると、集中が切れない限り延々と書類と向き合える人だった。
だが、いくら美術品のように美しい相貌であったとしても、シャルリー様も私と同じ人間。
やはり休憩が必要だろうと、声をかけに行くことが日課になっていた。
目を閉じても歩けるほど慣れた廊下を通る。
そして、私はある部屋の扉の前で立ち止まった。
すると、ちょうど中から声が聞こえてきた。
「シャルリー様、そろそろ休憩しましょう」
「ああ、もう少ししたらな」
「1時間前も同じことを聞きましたよ!」
「そうか。だが、今一気に仕事を終わらせておけば、俺たちの時間が長く確保できるんだ。だから、休みたいならお前だけ休め」
やはり予想通りだった。
声をかけに来て正解ね。
私は軽く息を吐き、扉をノックした。そして、返事を待たずして扉を開けた。
「シャルリー様」
「レオニー!」
私の姿を捉えると、書類相手に難しい顔をしていたシャルリー様が、ハッと顔を上げた。
そして、目が合うなり微かに表情を綻ばせながら、こちらに駆け寄ってきた。
「ずっとレオニー不足だった」
シャルリー様は他人から見たらほぼ真顔でそう言うと、正面から甘えたように私をガバリと抱き締めてきた。
先ほどの発言が聞こえたからこそ、なんて猫かぶりなのだろうと思う。
だが、それでも私は彼の背に腕を回し、宥めるように広い背中をトントンと叩きながら声をかけた。
「仕事に集中なさることは大いに結構ですが、アルベールを困らせないでくださいね」
「奥様! このワーカホリックにもっと言ってやってください!」
アルベールは味方を得たとばかりに、シャルリー様の背から肩越しに見える私に声をかけてきた。
すると、私が彼に言葉を返すよりも先に、シャルリー様が口を開いた。
「俺は休めと言ったはずだ。それよりアルベール。今どうすべきか、利口なお前なら分かるよな?」
シャルリー様はそう言うと、私から腕を解きアルベールに冷淡な眼差しを向けた。
その様子を見るなり、アルベールはやれやれと言った様子で笑った。
「はいはい、もちろん承知ですよ。では奥様、後はよろしくお願いいたします」
彼は礼をすると、苦笑いをする私に満面の笑みを向けて、部屋から出て行った。
すると、扉が閉まるなりシャルリー様は腕の力を緩めて向き直り、私の眦にキスを落とした。
「レオニー、アルベールのことは気にしなくていい。あいつは適度にさぼってる」
「そうですか? でも、私は彼よりあなたが心配なんですよ」
「俺が?」
「私たちの時間を作るためにと、仕事を詰め込み過ぎないでください。あなたが倒れたら本末転倒です」
「そうか……。じゃあ、しっかり休むとするか」
そう言うと、シャルリー様は口角を上げ改めて私を抱き締めた。
そして、私の肩口に顔を埋めながら、時折顔を上げて私の首筋にキスをしてきた。
「レオニー、どうして日に日に可愛くなるんだ?」
「それはあなたもですよ。こんなにも可愛らしい人だと思っていませんでした」
私がそう言うと、シャルリー様は面食らった顔を上げた。
その隙に、私は彼の頬にキスを落とした。
「愛してます」
気恥ずかしさはまだ残るが、言葉にすることも大事だろうと思い口にした。
すると、シャルリー様は目を見開き、光を受けキラキラと輝く水面のような瞳で私を見つめた。
そのときだった。
ガチャリ。
不躾に開かれる扉の音が聞こえ、2人でそちらに顔を向ける。
その瞬間、清らかで無邪気な声が私たちの耳に届いた。
「あ、パパがまた独り占めしてる!」
小さなその姿を視界に捉えたかと思った直後、私は両足に衝撃を感じた。
下に視線を向ければ、ニコニコと微笑みかけてくる息子フェリックスの姿があった。
「ママ!」
「フェリックス、来たのね」
可愛い我が息子の笑顔を受け、私は愛おしい気持ちで彼を抱き締めようとした。
だが、私は身体を動かせなくなった。
シャルリー様が、私を腕ごと抱き締め直したのだ。
――どうしてこんなことに?
今の私は、はたから見たらおかしな人だろう。
両足は息子に、上半身は夫に拘束されているのだ。
「あの、ちょっと放して――」
「「嫌だ!」」
実に息の揃った親子だこと。
ただ、フェリックスはまだしもシャルリー様まで、こんなことをするだなんて。
そう思っていると、耳元に私にだけ聞こえる声でシャルリー様が囁いた。
「大人気無いのは分かっている。ただ、今の言葉をもう一度言ってほしいんだ」
今の言葉とは、愛していると言ったことだろうか?
ただでさえ気恥ずかしかったのに。
だが、言わないと放してくれなそうだった。
そのため、私はちゃっかりした人だと思いながらも、彼の耳元で囁いた。
「愛しておりますよ。……心から」
少し意地悪をしたくなって言葉を付け加えると、目の前の彼の耳が真っ赤に染まった。
かと思えば、シャルリー様は嬉しそうにフェリックスを抱き上げ、彼ごと挟むように私を抱き締めた。
「パパ、苦しいよ~!」
そう言いながらも、フェリックスはキャッキャと楽しそうな笑い声をあげた。
そしてしばらくすると、彼は満面の笑みでシャルリー様に声をかけた。
「パパはママが大好きなんだね」
「その通り。フェリックスはお利口さんだな。だが1つ忘れているぞ。お父様はフェリックスも大好きだ」
「ぼくも! パパもママも大好き!」
その言葉を聞くなり、私はシャルリー様と見つめ合い、溢れるほどの幸せとともに笑顔の花を咲かせたのだった。
こうしてしばらく抱き合っていると、シャルリー様が安らぐような低音を紡いだ。
「レオニー、フェリックス」
「?」
「俺は2人がいてくれて幸せだ。ありがとう」
シャルリー様はそう言うと、私たちの頬にキスを落とした。
それから、満足そうに微笑んだシャルリー様の、愛おしげな眼差しと視線が交わった。
ああ、5年前の私が見たら泣いてしまうかもしれない。
決して当たり前ではないこの幸せ。
それを、これまで2人で築き上げてきたのだと思うと、無性に心が熱くなった。
「私も2人がいてくれて幸せです。これからも、こうして幸せに過ごしましょう」
「ああ」
「うん!」
私の言葉に息の揃った返事をする2人は、窓から差し込む柔らかい陽だまりを受けながら輝かしい笑顔で微笑みかけてくれた。
すると、差し込んだ陽だまりは一瞬にして部屋中に満ち、温かい笑い声とともに私たちを包んだのだった。
ここまでお付き合いくださり、誠にありがとうございます。
これにて、本編は完結です。
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ありがとうございます(❀ᴗ͈ˬᴗ͈)"
次からは番外編となります。
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