23話 光を浴びる者、闇に沈む者
目が合ってしまったことは仕方ない。
私はすぐに、カシアス様から視線を逸らした。
それから間もなく、長いようで一瞬だった結婚発表が終わった。
それにより、私たちのもとには、たくさんの貴族たちが押しかけてきた。
「ご結婚おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
こんな会話の繰り返しではあったが、シャルリー様との結婚を祝われるのは、形式的な言葉だとしても悪い気分はしなかった。
むしろ、彼と結ばれた実感が増して、心が華やいだ気持ちになってきた。
そのときだった。
お祝いの言葉をかけに来たうちの一人が、ある質問を投げかけてきた。
「ところで、夫人はいつからクローディア公爵と婚約なさったのですか?」
この質問は絶対にされると思っていた。
カシアス様は私と離婚後、すぐにプリムローズ嬢と再婚した。
だからこそ、私の婚姻がいつ決まったのか、ゴシップ好きの貴族たちが気になることは明白だった。
そのため、私はありのままを素直に答えた。
「離婚して間もなくです。婚約中から、クローディア邸で生活もしておりました」
こういった類の話は、必ず後からどこかのルートでバレる。その場合、話に1つ2つと尾ひれが付けられ、気付いた頃にはとんでもない話になっているのだ。
だが、自分から言ってしまえば、他の人たちもこれ以上話を変えようがない。
このように公的かつ人が多い場なら、なおさら効果的だった。
――シャルリー様と考えた作戦は成功ね。
あえて先に言ったことにより、貴族たちはどこか面白くなさそうな表情になった。
だが、これでいい。下手な詮索はごめんだ。
ただでさえ、私はカシアス様という爆弾を抱えているのだから。
「ところで、公爵殿は近ごろ特に事業が好調だと伺いましたが、それはもしや夫人の影響だったのですか?」
新たに私たちに話しかけてきた中年の貴族男性が、興味津々な表情で尋ねてきた。
すると、その男性に今度はシャルリー様が口を開いた。
「ええ、その通りです。妻の存在こそが原動力です。なので、私の仕事の好調はすべて妻のおかげです」
――真顔でなんてことを言うの!?
全部シャルリー様の努力なのに……。
私は困惑しつつ、急速に顔に熱が籠るのを感じながらシャルリー様を見上げた。すると、それは愛おし気に私を見つめる彼の眼差しが降り注いだ。
「あら、お熱いこと。本当に仲がよろしいのね」
「何と初々しい。これはうらやましいですな」
集まってきた貴族たちは口々に、私たちの仲を微笑むような声をかけてくれた。
なんてそうこうしている内に、お祝いに来る人々の波がようやく一段落した。
「レオニー、疲れてないか? 少し休憩しよう」
「はい、そうしましょう」
大勢との社交を好まないシャルリー様も、私が嫌われないようにと彼なりにかなり愛想よく頑張ってくれていた。
ということで、私は彼に賛同し移動を始めた。
だが、そんな私たちの進行は、のこのことやってきた爆弾によって遮られてしまった。
「レオニー……」
カシアス様が話しかけてきたことにより、周りの貴族たちの視線が一斉にこちらに集中するのが分かった。
本当に不快でたまらない。
だが、彼は気にせずに言葉を続けた。
「プリムローズは出産したばかりで来てないんだ。……元気だったか?」
「自分の胸に手を当てて考えてみたら分かるでしょ。話しかけてこないで」
話したくもなかったが、付きまとわれるのも嫌だった。
そのため、私はそれだけ言ってシャルリー様と去ろうとしたのだが、カシアス様はなぜかめげずに言葉を続けた。
「長年ともにした仲じゃないか。ただ、君が心配なんだっ……」
長年の信頼を見事に裏切っておいて、何を今更。
怒りがカッと頭に込み上げるのが分かった。
しかし、私よりも先に怒りを発した人物が隣にいた。
「どの口が心配だとほざいてるんだ? 侯爵がレオニーに接触しないことが一番の安全だ。二度とレオニーに関わろうとするな」
さっきは堪えていたが、シャルリー様はついに辛抱堪らんといった様子で、ピシャリとカシアス様に言い返した。
その姿を見ると、逆にスッと冷静になれた。
――そうよ、分からせてあげればいいのよ。
私はクイッとシャルリー様の袖口を引っ張り、こちらに意識を向けた彼を見上げた。
「どうした?」
傷付いていないかと、私を心配そうに見つめてくる。
そんな彼に大丈夫だと目で合図を送り、私はカシアス様に向き直って口を開いた。
「カシアス様」
「ああ、どうしたレオニーっ……!」
何か問題があった方が嬉しいのかと思ってしまうほど、カシアス様は前のめりに反応した。
そんな彼に空笑いしそうになりながら、私は淡々と彼に言葉を続けた。
「心配だと仰いましたよね? ですが、その心配は一生無用です」
心配なんて言葉、この男の口からもう二度と言わせない。
そんな気持ちで、私はシャルリー様に寄り添った。
そうすると、自然とシャルリー様が私の腰に腕を回す。
それにより、今の私たちはどこの誰が見ても、仲睦まじい夫婦そのものになった。
そして、私は彼に心の底からの本心である、決定的な言葉を彼に告げた。
「私たち2人で幸せになりますので、どうかお気になさらずお幸せに」
人の心配なんてせず、自分の心配だけをしておけばいいのよ。心でそんな悪態をつきながら、私は彼に冷ややかな蔑みの眼差しを向けた。
次の瞬間、私の頬に温かく柔らかものが触れた。
「シャルリー様……!」
「こんなやつ見る価値もない。どうせなら、俺のことだけを見てくれ」
シャルリー様はそう言うと、私の顔がカシアス様に向かないよう頬に片手を添え、もう一度私の頬に軽くキスしてきた。
人前ということもあり、爆発してしまいそうなほどの羞恥心が込み上げる。
それと同時に、周りの貴族たちが上げるどよめきや歓声が耳に届いた。
「今なんと言ったか聞こえなかった。ああ、気になるわっ……!」
「まあまあ、落ち着きになって。分からないけれど、夫人の顔を見たら明らかじゃないかしら?」
「見て、あれ。カシアス侯爵の表情。情けないったらないわね」
「よくもまあ、あんな酷いことをして話しかけられること。あの調子では、これからどうなることやら」
「シャルリー様って、あんなにも甘いお方だったの!?」
さまざまな声が聞こえてくる中、シャルリー様は私だけを見つめて満足そうに片方の口角を上げた。
「行こう、レオニー」
そう告げるシャルリー様と腕を組み直し、絶望に染まるカシアス様の横を通り過ぎて、私たちはその場を後にした。
◇ ◇ ◇
休憩をしようと思ったが、もう今日は帰ろうということになり、私たちは帰りの馬車に乗り込んだ。
「レオニー、楽になるなら俺にもたれるといい」
「シャルリー様がお疲れになりますよ?」
「君の重さは気持ちいいから疲れない」
「本当ですか?」
「ああ、試してみるといい」
私には分からないのに、まんまと口車に乗せられて私は彼にもたれかかった。
無言の時間でも、こうしているだけで心が落ち着いてくる。下手したら眠ってしまいそうだ。
ボーッとしてきて目がとろんとしてくる。
するとそのとき、シャルリー様がポツリと呟いた。
「レオニー、俺は君と家族になった」
「?」
「君は1人じゃない。俺が傍にいると、どうか覚えておいてほしい」
「ふふっ」
「レオニー? 俺は何かおかしなことを――」
「違いますよ。ただ、私ってシャルリー様が大好きなんだなあって思ったんです」
ほとんど眠りかけの状態で彼に告げる。
そして、緊張が解け切った私は言いっ放しのまま、完全に彼に寄りかかって、眠りの世界へと吸い込まれていった。
隣で悶絶している彼の様子など、夢の世界の中の私は当然知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
私たちの婚姻発表を終えてから、クローディア公爵家にはたくさんの招待状が届いた。
そのため、仲を深めて損はないと、私はいくつかの家門の夫人と親交を深めていった。
すると、私への認識はいつしかルースティンの幼嫁から、クローディア公爵の妻に変わっていった。
それにより、私は次第にカシアス様の影から脱却することができたのだった。
そうしているうちに、気付けば私とシャルリー様が結婚してから約半年が経っていた。
そんなある日、時を同じくして私の元にとある招待状が届いた。
「奥様、なんと書かれておりましたか?」
側近メイドとなったリタが、私の手元を覗き込んでくる。
そんな彼女に、私は手紙の内容を伝えた。
「王妃様主催で、高位貴族の夫人が参加するサロンを開くそうよ」
高位貴族という言葉に、何となく嫌な予感がする。
しかし、相手が王妃様と言うこともあり、私は躊躇いながらもその招待状に、参加の返信状を送った。
そして、ついにサロン当日。
私は約束の数分前、王宮のサロン会場となる部屋に入り、先に来ていた夫人たちと談笑を交わしていた。
すると、夫人たちの軽やかな笑い声が響き渡ったタイミングで、会場のドアが開かれた。
――あら、まだ来ていない夫人がいたのね。
時計を見れば、約束の時間ギリギリだった。
間に合って良かったわね。なんて気持ちでその人物を見た瞬間、私は思わず固まってしまった。
今、会場に入ってきた人物。
それは、最後に会ったときの華やかさが消え、やつれた見た目をしたプリムローズ嬢だったのだ。