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18話 大誤算

 しばらく歩いていると、長い一直線の廊下の先にいるアルベールの姿が目に入った。

 すると、彼もこちらの存在に気付いたらしく、少し早足で私の目の前へとやってきた。



「アルベール、先ほどぶりですね」



 平静を装って挨拶の声をかける。

 その声に応じるように、アルベールも挨拶を返してくれた。

 だが、その彼が浮かべる微笑は、本意が分からぬ控えめなものだった。



「奥様、大事なお話がございます。少々お時間をちょうだいしてもよろしいでしょうか?」

「大事な話ですか?」



 そう言われてしまえば、受け入れざるを得ない。

 アルベールがいつも通りの笑顔じゃないところを見るに、余程大事な話らしい。



「分かりました。では――」

「談話室に移動しましょう」

「ええ、それがいいですね」



 アルベールの提案に乗り、私は彼とともに談話室へと移動した。

 すると、互いに席に着くなり真剣な表情をしたアルベールが口を開いた。



「単刀直入に訊きます。奥様、なぜシャルリー様をお避けになるのでしょうか?」



 ギクリと身体が強ばり、一気に鼓動が加速した。

 手足が急速に冷えていくのを感じる。



「どうしてそのようなことを? 私が公爵様を避けるだなんて――」

「いいえ、ここしばらく避けておられました」



 えらく確信を持った彼の言い方に、思わず続く言葉が出てこなかった。

 すると、彼はそんな私にさらなる言葉を加えた。



「……お好きなんですか?」

「っ……!」



 どうして分かったのだろうか。

 私は徹底的にこの想いを隠しているはずだった。

 公爵様本人はもちろんのこと、誰も気付いていないと思っていた。

 何なら、避けるほど嫌っていると疑われた方が理解できた。



――それなのに、なぜ?



 心の内を悟られないよう、目の前に座るアルベールを見つめる。

 だが、彼はそんな私のバリアをいとも容易く破った。



「図星ですよね。違うとは言わせませんよ」



 シャルリー様のせいで緩和されているが、アルベールもなかなかに冷徹そうな顔立ちをしている。

 その顔でジッと見つめられると、すべてを見透かされているような気がしてならない。



――もう、そこまでバレているなら……。



 私はとうとう折れ、彼に秘密であることを念押ししてついに認めた。



「はい。仰る通りです。……申し訳ございません」

「どうしてお謝りになるのです?」



 私が謝る理由をまるで理解できないとでもいうように、アルベールがオロオロと困惑の表情を浮かべた。

 どうやら怒っていたわけではなさそうだ。

 そのことにわずかな安堵を覚えながら、私は彼に例の話をすることにした。



「シャルリー様と、愛し合って結婚するわけじゃないから、必要最低限の夫婦でいようと約束していたのです」



 牽制と分かりながら恋心を抱いてしまった。

 この自身の浅はかさに罪悪感を抱いてしまう。

 だからつい謝ってしまったのだが、この私の説明を聞くなりアルベールは目を見開いて、何やらポツリと呟いた。



「シャルリー様は馬鹿なのか?」

「はい?」

「いえいえ、独り言です。どうかお気になさらず」



 上手く聞き取れなかった私に、アルベールは満面の愛想笑いを浮かべて誤魔化しながら続きを口にした。



「どうか約束など忘れ、お好きだという気持ちを貫いてください。大丈夫ですよ。私が必ず解決して見せます!」



 どこからその自信が湧いてくるのだろうか。

 ついそう思ってしまうほど、彼は力強い眼差しを向けてきた。

 だが、私はそんな彼の言葉に首を横に振った。



「ありがたいお申し出ですが、結構です」

「えっ……どうしてですか?」



 断られるとは思ってもみなかったのだろう。

 心底驚いたというように目を見開いたアルベールが、私のことを凝視する。そんな中、私は心の傷を端的に吐露した。



「……期待したくないんです」



 一度覚えてしまった苦しみを、もう一度食らう勇気は無かった。少なくとも、今の私には無理だ。

 すると、察しのいいアルベールは、私のその思いを汲み取ってくれたのだろう。

 それ以上無理強いすることはなく、優しく意外な言葉をかけてくれた。



「承知しました。では、私は陰ながら奥様を全力で応援いたします。想いは私にいつでも吐き出してくださいね。必ずご内密にいたします」

「ありがとうございます」

「とんでもない。では、今日は失礼します。部屋を出る際は、鏡でお顔を確認してくださいね」



 アルベールは意味深なことを言い残し、にこやかに微笑んで部屋から出て行った。

 その瞬間、私は秒速で鏡の前へと飛んでいった。

 そして、自身の顔と対面するなり、彼の言わんとすることを察して、思わず顔を覆った。



「やだ……真っ赤じゃない……」



 そう呟いた時だった。



 ガチャリ。



 扉が開く音が聞こえた。

 慌てて扉に視線を向けたところ、私の目に飛び込んだのは何と予想外、オリエンの姿だった。



「オリエン!? どうしてここに?」

「奥様っ!? し、失礼しましたっ……! 窓の修理を頼まれていたのですが、いらっしゃるとは思わず……」

「大丈夫よ。気にしないで顔を上げて」



 私がそう声をかけると、彼は謝りながら下げていた顔をおずおずと上げた。

 だがその直後、私の顔を見た彼は驚き声を上げた。



「奥様、体調が悪いのですか? 顔が真っ赤です!」



 彼はアワアワと心配しているような声を上げると、戸惑った様子ながら私の元へ駆け寄ってきた。



「大丈夫ですか? 医務室までお送りしましょうか? それかメイドの方を呼んできましょうか?」

「だ、大丈夫よ! 気にしないで!」



 恐らく熱を出ていると勘違いしているのだろう。

 私は誤解を解くべく、彼に必死に無事を伝えた。

 しかし、羞恥でより濃く染まる頬を熱が上がっていると勘違いしたオリエンは、甘く端正な困り顔で私の顔を覗き込んだ。



――ああ、顔から火が出そうよ。

 もう、穴があったら入りたいっ……!



 まさにそう思ったときだった。

 カツンという靴音が部屋中に響いた。



 私はその音を認識するなり、恥ずかしくて伏せていた顔をガバッと瞬発的に上げた。

 刹那、オリエンの背後に立つ人物と目が合った。



「シャルリー様……」



 私が名を呼ぶも、彼は顔色一つ変えない。

 その代わり、凍てつきそうなほど氷のように冷たい眼差しを注ぎながら、彼はゆっくりと口を開いた。



「レオニー、話がある」

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[一言]  あるべーる「【悲報】二人の仲を取り持とうと思ったら、主人のヤラカシが発覚した件【バカなの?】」
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