14話 何かお礼がしたくて
「もうお腹いっぱい……」
ディナーを終えて部屋に戻った私は、膨れたお腹を抱えて近くの椅子に座り込んだ。
すると途端に身体が楽になり、私の頬はつい自然と緩んだ。
「ああ、本当に美味しかった……」
シャルリー様が私の倍以上の動物を獲ってくれたおかげで、今日のディナーは一際豪勢な料理の数々に溢れていた。
その中でも、やはり自分で獲ったウサギのローストと煮込み料理は、頬が落ちそうなほど美味しく感じた。
自分で獲ったという特別感があるからだろうか?
それとも、いつも忙しいシャルリー様も久しぶりに一緒のディナーを囲んだからか、はたまたその両方なのか。
どちらにせよ、今日のディナーは私のお腹とともに心の充足感を満たしてくれた。
だが、1つだけ誤算があった。
彼がこれも食べろあれも食べろと、特に美味しい部位ばかりを勧めてくれるから、今日はついつい食べ過ぎてしまったのだ。
結果として、かなり罪悪感を覚える量を食べてしまった。
しかし、後悔しないくらい美味しかったため、その罪悪感はきれいさっぱり帳消しされた。
「はあ……今日は大満足の1日だったわね」
私は椅子で両腕を上げて伸ばしながら、今日のドキドキだらけの出来事を振り返った。
今日の狩りは本当に新鮮で楽しかった。
初狩りの達成感はあるが、決して狩ること自体が楽しかったわけではない。
誰かと楽しみを分かちあえる時間が楽しかったのだ。
そんな喜びに浸りながら少し休憩し、私は湯あみを済ませて、今日は早くベッドで休むことにした。
――はあ……今日はぐっすり眠れそう。
そう思いながら瞼を閉じる。
すると、なぜか今日のシャルリー様の顔が脳裏をふと過ぎった。
慌てて目を開ける。
――今のは何……?
何だか変な現象だ。
気を取り直して、少し速くなった鼓動のまま再び瞼を閉ざした。
ところが、またもや先ほどのように、閉じた瞼の前にシャルリー様の顔が浮かび上がった。
私はまたもや慌てて目を開いた。
――嘘……。
一瞬過ぎった気持ちを全力で否定する。
私は今までの人生で、兄や父、使用人たちを除きカシアス様以外の男性とは接触してこなかった。
――これは……免疫がおかしくなっているだけよ。
きっと、一時の高揚が私の気持ちをおかしくしているだけに違いない。
そう言い聞かせて、どんどん加速する鼓動を正当化する言葉を思い浮かべた。
しかし、それらの言葉にやっと納得しかけたころには、早くも空が白み始めていた。
◇ ◇ ◇
私は狩りの日以来、ずっと考えていることがあった。
――何か、シャルリー様にお礼できないかしら?
彼は狩りの日だけでなく、その前からずっと私に弓の使い方を教えてくれていた。
忙しい人なのに、初めての狩猟を楽しめるようにと、わざわざ時間を割いて教えてくれたのだ。
責任感のある人だから、私に真摯に接そうとしてくれているのだろう。
結果、私はその誠実さのおかげで、非常に今回の狩猟を満喫することができたのだ。
「何かいい案は……あっ!」
なんてタイミングがいいのだろう。
考え事をしながら廊下を歩く私の目の前に、彼をよく知るメイド長が現れた。
「メイド長」
彼女なら何かいい案を出してくれるかもしれない。
そんなつもりで声をかけると、メイド長は快く微笑みかけてくれた。
「奥様、いかがなさいましたか?」
「実は相談したいことがありまして」
「相談ですか? 私でもよろしければお伺いいたしますよ」
「ありがとうございます。では、一旦場所を移しましょう」
何だか強い味方を得られたようだ。
そんな気分で、私はメイド長とともに自室へ移動した。
そして、開口早々さっそく本題を告げた。
「以前、狩りに連れて行ってもらったので、シャルリー様に何かお礼がしたいのです。しかし、彼が喜びそうなものが浮かばず……。メイド長、何か思いつくものはございませんか?」
私がそう尋ねると、メイド長は顎に右手を添えて思案顔をした。
だが、すぐににこやかな笑みを浮かべて答えた。
「それならぴったりのモノがございます。ぜひ来月の公爵様のお誕生日に、刺繍入りのハンカチを贈って差し上げてください」
「ハンカチですか? あの、それ以外に何か……」
「すみませんが、私にはこれ以外に公爵様がお喜びになるものが思い浮かびません」
「1つもですか?」
「はい」
「そう……ですか。ぜひ参考にさせていただきます。お忙しいところありがとうございました」
何とか形式的な挨拶をし、私は優雅に微笑む祖母ほどの年齢のメイド長を見送った。
そして、1人になった部屋で頭を抱えた。
「どうしよう。よりによって、刺繍入りだなんて……」
実は私は、刺繍が大の苦手だった。
刺繍という言葉を聞いただけで、ある昔の嫌な記憶が呼び起こされるのだ。
そう、あれは私が初めて刺繍入りのハンカチを、カシアス様に贈った時のことだった……。
『カシアス様! こちら、いつもの感謝をこめてカシアス様にお作りしました。受け取ってくださいますか?』
私はあの日、当時の自分にとっての渾身の刺繍入りのハンカチを贈った。
何回も作り直して、ようやく及第点に達したものだった。
『ありがとう、レオニー』
彼はにこりと笑いながら礼を言うと、ワクワクした様子でラッピングを解いた。
直後、彼の口角は一気に下がった。
かと思えば、真顔になった彼はまずいと思ったのか、無理矢理引き出したように苦笑を零した。
『頑張って……作ってくれたのか』
『はい。喜んでいただきたくて――』
『そ、そうか……。嬉しいよ。ただ、外で使えるものではないから、家で使わせてもらうね』
彼はそう言うと、驚くほど時間をかけて丁寧にハンカチを畳んだ。
その姿を最後、私はあのハンカチを外どころか、家の中でも一切見たことが無い。
もっと刺繍を練習した今なら、あのハンカチがいかにレベルの低い仕上がりだったかは分かる。
しかし、あの出来事は私の中で立派なトラウマになっていた。
――でも、メイド長の言う通り本当に喜んでくれるのなら、作ってみるだけ作ってみましょうか。
渡すとは限らない。
だが、もし仮に上手く作れたら渡してみるのもありかもしれない。
本当に試しに作るだけ。
そんな気持ちで、私はひっそりとシャルリー様に贈るプレゼントの作製に取りかかった。