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11話 進展する関係

「やっぱり気になる……」



 公爵様の部屋を訪ねてから5時間が経過した。

 しかし、私はそのあいだもずっと午前中の公爵様の姿が頭から離れなかった。

 どうにも、ただの花粉症のようには思えなかったのだ。



 今日の公爵様は、いつもより顔全体が赤かったような気がする。

 それにいつもは凛とした目が、どこかとろんとしていたような気も。

 頭痛もしていると言っていたし……。



「仕事が一段落したころ、様子を見に行ってみましょう」



 そうと決めてからさらに3時間後、仕事中かも知れないが、とりあえず公爵様の部屋に向かった。

 しかし、部屋に着きノックをするが、中から返事は返ってこなかった。



――アルベールも公爵様もいないのかしら?

 いつもは返事をしてくれるのに……。



 別の部屋に移動しているのかも知れない。

 そう思ったが、一応確認してみるために私はそっと扉を開けた。

 直後、飛び込んできた光景に思わず声を上げてしまった。



「公爵様! 大丈夫ですか!?」



 1人掛けのソファに座った公爵様が、ぐったりと項垂れている姿があったのだ。

 私は慌てて彼に駆け寄り、ゆっくりと顔を上げた。

 すると、最後に会ったときよりももっと赤い顔になり、苦しみの表情を浮かべる公爵様の顔が露わになった。



――熱があるんじゃ……。



 そっと彼の額に手の甲を当てる。

 案の定、正常範囲では無い熱が手に伝わった。

 そのときだった。



「奥様!? 声が聞こえたのですがって……シャルリー様!? どうなさったのですか?」



 私の驚いた声が聞こえたのだろう。

 アルベールが部屋の中に入ってきた。



「アルベール、お医者様の手配をお願いします」

「はい、承知しました……!」



 こうして、私たちはバタバタと公爵様の処置に取り掛かったのだった。



 ◇ ◇ ◇



「これは……季節の変わり目の風邪ですね」



 やって来たお医者様が、公爵様の診断結果を述べた。



「風邪ですか」

「はい。お忙しい方ですので、心労がたたり身体が弱っていたのでしょう」



 確かに、公爵様はすごく忙しい人だった。

 気付いたらいつも仕事をしているのだ。

 恐らく、私がこなす仕事量の10倍は優にある。

 心身が弱るのも当然だった。



「安静にしていたら治るはずです。それでは、失礼いたします」



 お医者様はそう言い残すと、丁寧に一礼して帰っていた。それから私は、夜通しで公爵様の看病をすることになった。



 冷水で絞ったタオルは、公爵様の額に載せるとすぐに温くなった。

 それだけ公爵様は熱が出ているということだろう。

 日中ずっとしんどかったに違いない。

 私は少しでも楽になればと、何度も何度もタオルを交換した。



 すると、次第に公爵様の首筋にしっとりと汗が滲み始めた。

 風邪が悪化してはいけないと、乾いたタオルを用意して彼の首筋の汗を拭う。



 それらを繰り返していると、いつの間にか夜は明けて、公爵様の部屋のカーテンの隙間から朝日が差し込んできた。



「もう、朝なのね……」



 看病に集中して、時間感覚が鈍ってしまったようだ。

 時計を見れば、もう少しで朝の6時。

 薬を飲ませろと指示された時間になっていた。



「公爵様」

「ん? っ……!」



 声をかけると直ぐに薄らと目を開けた公爵様は、私の顔を見るなり、力が入った様子で大きく目を見開いた。

 私はその様子を気にすることなく、言葉を続けた。



「お薬の時間です。お飲みください」



 そう言うと、彼は戸惑いながらも身を起こした。

 それに合わせ、私は用意しておいた煎じ薬が入ったコップを手に取った。



「こちらです、どうぞ」



 そう言って差し出すと、彼は言われるがままに受け取り、多少眉をひそめてそれを飲み干した。

 その後、公爵様は自力でコップをベッド脇の机に置き、その隣の椅子に座る私を見つめ、気まずそうに口を開いた。



「悪かった……」

「お気になさらず」

「そういうわけにはいかない。君に迷惑をかけてしまった。すまないことを――」

「夫婦になるんですから。迷惑だなんて思わないでください」



 別に私は謝罪や感謝を求めて看病したわけではない。

 ただ未来の夫となる人が苦しんでいる。

 だから、未来の妻として看病をしただけなのだ。



「夫婦……か」

「はい」



 彼の言葉に頷く。

 すると、ふと私の頭にあるアイデアが浮かんだ。



「そうだ、公爵様。私たちは夫婦になるんですから、呼称を変えてみませんか?」

「呼称を?」

「はい。私のことはレオニーとでもお呼びください」



 いつまでも他人行儀だから、夫婦としての実感が欠片も湧かないのだ。

 まあ、まだ婚約期間なのだが……。



「分かった。では、君も公爵様ではなく名前で呼んでくれ」

「名前というと……シャルリー様?」

「ああ、それでいい」



 不思議……今まで公爵様と階級名で呼んでいたせいだろうか。

 名前で呼ぶだけなのに、その人自身と接しているような気分になった。



 何だか悪くない気分だ。

 そう思っていると、公爵様もといシャルリー様がジッと私を見つめていることに気付いた。



「こうしゃ、シャルリー様。いかがなさいました?」



 何か言いたいことでもあるのだろうか。

 きょとんとシャルリー様の顔を見つめると、彼が微かに口角を上げて告げた。



「肝心なことを伝えていなかったな。世話になった。……ありがとう、レオニー」

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