表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/51

10話 もしかして公爵様も?

 使用人の体調管理は女主人としての仕事の1つだ。

 そのため私はオリエンと別れてすぐ、治療に必要な材料を手配した。

 すると、2日後には例の材料がクローディアの邸に届いた。



 その日の夜のこと。



「皆さん、今日はお集まりくださりありがとうございます」



 そう声をかけながら、私は大広間に集まった全使用人の約6割強の人々を見回した。

 目が充血している人、鼻水が出ている人、くしゃみが出ている人が視界に入る。

 中にはきっと、頭痛などの目に見えない症状で苦しんでいる人もいるだろう。



 こんなにも苦しんでいる人がいただなんて。

 可哀想に……。早く説明を始めましょう。



「まずは、こちらを皆さんに配給いたします。この木箱の中身を1人1つずつ取りに来てください」



 使用人たちは、不思議そうに互いに顔を見合わせる。

 しかし、とりあえずと言った様子で木箱へと歩み寄り、中から1つの薬瓶を手に取った。



「これは何かしら?」

「甘い香りがするな」

「香油じゃない?」



 思い思いに使用人たちが予想を立て始める。

 そして、最後の人物が薬瓶を手にしたタイミングで、私はその中身の正体を明かした。



「そちらはエルカーの花で作った香油です」



 私の言葉を聞くと皆が首を傾げた。

 どうやら、エルカー自体を知らなかったみたいだ。

 だが、まあいい。

 重要なのは花の情報よりも、その効能の方なのだ。



「皆さん、ぜひこの香油を鼻下に塗ってみてください。それだけでも効果があるかと思います」



 このつらい症状が塗るだけで治るわけないだろう。

 そんな言葉が聞こえてきそうなほど、皆が半信半疑な表情を浮かべていた。

 だが、真っ先に塗ったオリエンの声を聞くと、皆の表情は一変した。



「すごい! 嘘みたいに鼻通りが良くなりました!」



 キラキラと目を輝かせるオリエンを見て、大広間にどよめきが走る。

 するとその直後、あちらこちらから驚きの声が上がった。



「本当! スーッとするわ!」

「なんてことだ。今日までどうして知らなかったんだっ……」



 良かった。

 皆にもちゃんと効果があったようだ。

 個人差があるとはいえ、それなりに皆が実感を得られているようでホッとする。

 続けて、私はさらに効果のある使い方を説明することにした。



「今ですと、恐らく特に鼻症状への効果があったと思います。ですが、全身症状への効果が期待できる使い方があるのです」



 最初までの半信半疑な視線とは違い、大勢の食いつかんばかりの視線が私を射貫く。

 その様子に少し苦笑いをしながら、私はどうしたものかと視線を彷徨わせた。



「できれば、見本をお見せしたいのですが……」



 私の様子から何かを察したのだろう。

 最前にいたメイドのリタが口を開いた。



「私がお手伝いしましょうか?」



 なんと気が利く人物だろう。

 だけど、今回ばかりは女性に頼めそうもなかった。



「申し出てくれてありがとう。ただ、背中を見せてもらいたいからお気持ちだけいただくわね」

「そうだったのですね! でしたら、誰か男性が――」



 リタが自分の代わりを探そうと、辺りを見回そうとした。しかし、その前にオリエンが口を開いた。



「奥様、私で良ければお手伝いします。上裸になった方がよろしいですか?」

「いいの? じゃあお願いするわね。皆に背を向けて立ってくれる?」



 指示を出すと、彼は早々と服を脱ぎ皆に背中を向けて立った。

 私は彼の背後に回り、彼の背中の1点を指して実際に香油を塗った。



「この部分に、親指の爪くらいの範囲で香油を塗ってください」

「そんなにも少量でよろしいのですか?」

「はい。多く塗っても効果の差はほとんどありません」



 解説を終えると、上裸になっていたオリエンが服を着た。

 それからしばらくすると、彼の身体に異変が起こった。



「あれ、お前くしゃみが止まってるんじゃないか?」

「本当だ。白目も綺麗な白に戻ってる!」

「えっ、本当ですか!?」



 周囲の人々の声を受け、オリエンは嬉しそうにぱあっと顔を輝かせた。

 そして、そのまま私に向き直り嬉しそうに笑いかけてきた。



「奥様のおかげです! ありがとうございます!」

「良かったわ。皆さんも、様子を見ながら試してみてください。エルカーの花を煮出して作るシロップも効果があります。医務室に用意しているので、必要な方は用法用量を守って適宜ご利用くださいね」

「はい!」


 

 明るく返事をする使用人たちは、最初の怪訝そうな顔は嘘みたいに、気付けば満面の笑みを浮かべていた。


 

――これで私の役目は終わったわね。


 

 こうして喜ぶ使用人の顔を見て胸を撫で下ろしながら、私はその日の解散を告げたのだった。



 ◇ ◇ ◇



「奥様、ようこそいらっしゃいました!」



 ある日の午前、いつも通り仕事の書類を持って公爵様の部屋に行くと、笑顔のアルベールが出迎えてくれた。



「書類を届けに来ただけですから、毎回そこまで大袈裟に出迎えなくても……」

「何を仰るのですか! 女主人はこの家の要。その奥様がいらしたのですから、歓迎しなければ――」

「そこまでにしておけ」



 奥から、アルベールを(たしな)める声が飛んできた。

 聞こえた声に釣られ、背の高いアルベールの横からひょっこりと奥を覗く。

 すると、デスクに広がる書類と睨み合っている公爵様の姿が見えた。



「公爵様、お届けに参りました」

「ここに置いてくれ」



 書類から視線を外すことなく淡々と指示する公爵様に従い、私は彼のデスクの隅に書類を置いた。

 そのついでに彼の顔に目を向けると、いつもと何かが違うことに気づいた。



――公爵様、目が充血しているわ。

 寝不足かしら?



 顔もいつにも増して険しい表情になっている。

 なんて思っていると公爵様が眉間に皺を寄せて、こめかみあたりを強く押さえた。



「公爵様、大丈夫ですか?」

「ん? ああ、この季節になると頭痛がな」

「あら、公爵様も花粉症ですか?」

「……そうかもしれない」



 公爵様は煩わしそうに頭を軽く振るわせた。

 そして、椅子に座ったまま私を見上げた。



「そう言えば、あなたのおかげで使用人たちの体調が良くなったようだな。感謝する」

「いえ、ただ偶然知り得た知識を共有しただけですから」



 知っているから教えただけと思っていたが、この件を機に使用人たちの私への態度も大きく変わった。

 あの日から1か月しか経っていないが、皆が私への恐怖心を無くしたようなのだ。

 情けは人のためならずとはこのことね。

 なんて思いながら公爵様に微笑んだところ、ふと彼の鼻先が赤くなっていることに気付いた。



「あの、公爵様」

「?」

「公爵様もエルカーの香油をお試しになりますか?」

「いや、今回は遠慮しておく」

「そう、ですか……」



 困っていそうなのに、どうして試さないのだろうか。

 もしかして、エルカーの匂いが苦手なのかしら。

 それか知らないうちに試して、あまり効果が無かったのかも。



――まあ、本人が遠慮するというなら放っておいた方が良いわよね……。



 私はこの公爵様の言葉を受けて、それ以上は何も言わずに用事を済ませて部屋を出た。

ここまでお読みくださった皆さま、本当にありがとうございます!

ブクマや評価、ご感想も、大変執筆のモチベーションになっております✨

また、誤字脱字のご指摘も非常に助かっております。

重ねて、感謝申し上げます。


補足)エルカーは夢のような架空の植物です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] エルカーが花なのか木なのかは分かりませんがそれだけ多くの人が症状出ているのなら邸内(庭?)にエルカーが大量に植わっているせいでしょうからまず邸内のエルカーの除去(伐採)を提言するべきでは?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ