1話 衝撃の告白
ここシトリア王国では、子ども同士で結婚することがある。もちろん恋愛ではなく、政略的理由によってだ。
ただ、いくら政略といえど、やはり子どものうちに結婚させることは稀である。
しかし、ほかでもない私自身こそが、その希少な結婚の当事者だった。
私、レオニーはメルディン侯爵家の令嬢として生まれた。それから10年が経ったある日、父から私の運命を変える宣告がなされた。
「ルースティン侯爵家のカシアスとレオニーの結婚が決まった」
耳を疑った。
きっと17歳か18歳辺りでデビュタントをし、誰かと婚約して結婚するのだろうという未来を描いていた。
だというのに、もう決まったこととして結婚を伝えられた10歳の私は非常に困惑した。
結婚が決まった経緯は、まさに大人の事情そのものだった。
ルースティン侯爵夫妻が馬車の事故で亡くなったため、一人息子のカシアスが継承者となる。
しかし、彼はまだ13歳。とても領主が務まる知識も器も持ち合わせてはいなかった。
よって、カシアスには後見人が必要だと判断が下り、そこで白羽の矢が立ったのが国王の秘書官であり私の父でもある、メルディン侯爵だったというわけだ。
どうやら、ルースティン侯爵家には頼りになる傍系親族の伝手も無かったらしい。
そこで、家門の力の均衡を考慮した結果、父が後見人に選ばれたのだ。父も大出世になるため引き受けたという。
だが、ここで問題が起こった。
家門の均衡を後見人選別の根拠に挙げるのならば、国王の秘書官という特別点を除き父のほかにも候補者がいた。だからこそ、ほかにも後見人が父であることが自然となる理由が必要だった。
それらの問題をまるっと解決する方法として、父が娘婿の後見人を務める形にすべく、私とカシアスの結婚が決められたのだ。
しかし、私はまだ子ども盛りの10歳。
顔も知らない13歳の少年と、大人の都合で結婚させられることに反感を抱いた。
だからと言って、逆らう力を持ち合わせているわけもなく、私はあれよあれよという間にカシアスと結婚させられた。
私たちは結婚式をしなかった。
書類上でサインを交わし、私が単身でルースティンの本邸に住むことが結婚生活の始まりと決まっていたのだ。
「まだこんなにも幼いのに……不憫な子ね」
「初恋もまだなのでしょう? お気の毒なこと」
「顔も性格も分からぬ少年と結婚だなんて、お可哀想だわ」
私の周りにいた大人たちは、皆そう言って私の境遇を嘆く言葉をかけてきた。
――ああ、私はこれから不幸になるんだ……。
皆が向ける憐れみの眼差しと言葉。
それらを信じた私は、この結婚が人生の墓場になるのだと一人で涙を流しながら、嫁ぎ先へと馬車で向かった。
だが、ルースティン侯爵家の本邸に着いて、すぐに私の考えは杞憂であったと悟った。
「よく来てくれたね。君を心から歓迎するよ」
そう言って出迎えてくれた黒髪緑眼の美少年こそ、私の夫となるカシアス・ルースティンだったのだ。
私と同じく大人の都合でくっつけられたというのに、カシアスはこの状況に文句一つ言わず、幼妻という言葉よりも幼い私にそれは親切に接してくれた。
私はこのことが不思議で、彼にどうしてそんなに親切にしてくれるのかと訊ねたことがある。
すると、彼は目を真ん丸にした直後、フッと柔らかい表情で微笑んで教えてくれた。
「まだ幼い君が、たった1人で僕の元に来てくれたんだ。そんな君の強い優しさに、僕も誠実に応えないと」
この言葉は、いつしか彼が私に向ける常套句になっていた。
また、カシアスはこの言葉を体現するかのように、決して私を蔑ろにすることも無かった。
そのおかげか、私たち2人の夫婦生活は至って良好そのものの滑り出しだった。
ともに机を並べて領地について学び、ともに食事を摂り、ともに領地の未来について語らった。
この私たちの姿に、先生や使用人といった大人たちは温かい目を向け、将来のルースティン領は安泰だと言ってくれるほど。それくらい私たちの仲は深まった。
そうして数年を過ごしていると、私の心の内に変化が起こった。
いつからか、カシアスへの恋心が芽生えていたのだ。
この想いに気付いた瞬間、なんて私はラッキーな人間なのだろうと胸を震わせた。
人生で初めて好きになった人が、もうすでに私の夫なのだ。こんな幸運なこと、滅多に起こらないのではないだろうか。
だがそう喜ぶ半面、私はあることに気付いていた。
「家族としては見てくれるけれど、カシアス様は私を女としては見てくれないのよね……」
部屋でそう独り言ちる私は、気付けば17歳になっていた。
結婚から約7年もの月日が経っていたとは。
私はこれまで7年もの時間をともにしておきながら、カシアス様の心を動かせなかったのかと、がっくりと机に項垂れた。
しかし、今日だけは自然と口角が上がった。
カシアス様が私に抱くイメージを変えられるチャンスが、明日に迫っているから。
そう、ついに私たち夫婦が初夜を迎える日がやって来るのだ。
実は、私たちのように子ども同士、または夫婦どちらか一方でも子どもが結婚する場合、【夫婦のうち幼い配偶者の年齢が18歳に達したとき、初夜を執り行うべし】、という法律がこの国にはある。
明日は私の18歳の誕生日。
まさに、その日はすぐそこまで迫っていた。
「社交界の夫人たちが仰っていたもの。きっとこれでカシアス様も少しは私を女として見てくれるはずっ!」
私が話を聞いた夫人たちは、恋愛経験豊富な人たちが多かった。
夫以外とはまったく恋愛経験がない、そもそも恋のこの字もない政略結婚だという夫人であっても、初夜を通して夫との関係性が好転したという話を腐るほど聞いた。
これは期待してしまう。
いや、期待せざるを得なかった。
――明日を機にきっと……。
なんて想像をしていると、部屋のドアがノックされた。
その音を聞き、机に伏せていた顔を上げる。それと同時に、カシアス様がドアの隙間から顔を覗かせた。
「カシアス様、どうなさったのです?」
妄想を脳内で蹴散らし、平然を装って尋ねる。
すると、カシアス様がいつになく神妙な顔で答えた。
「大事な話があるんだ。今、時間はいいか?」
「大事な話ですか? はい、時間は大丈夫ですよ。どういったお話でしょう?」
きっと、領地経営に関する話だろう。
カシアス様は私に信頼を置いてくれているらしく、いつもこうして経営問題について相談してくれるから。
――場所を移したほうが良さそうね。
机上の書類を軽く整理し、部屋の一角にある談話用のスペースに行こうと椅子から立ち上がる。
すると、珍しく裏返ったカシアス様の声が耳に届いた。
「レ、レオニー。今日は僕の書斎に来てほしいんだ。ここでは、話せないことだから……」
「え、そうなのですか?」
こんなことは初めてだった。
ここでは話せないということは、領主の書斎以外に持ち出し厳禁の書類を取り扱うような話なのだろうか。
――何か問題でも起こったの?
「分かりました。行きましょう」
これは緊急事態かもしれない。
私は考えられる領地に関する重大事案を頭の中で整理し、発生した問題の予想を立てながら、慌ててカシアス様の書斎に向かった。
だが、書斎に到着した私を待ち受けていた状況は、あまりに予想外なものだった。
「プリムローズ嬢……? どうしてあなたがここに?」
なぜ、カシアス様の書斎に彼女がいるのだろうか。
プリムローズ嬢といえば、私と同じ年齢でありながら、社交界の華と称されるトル公爵家の一人娘だ。
そんな彼女がどうしてここに居るのか分からず、私の脳内は疑問符で埋め尽くされた。
「カシアス様、これはいったい……」
状況を把握すべく、私を連れてきた張本人に目を向ける。
すると、何を考えているのか分からない表情で私を見つめるカシアス様と視線が交差した。
その表情のまま、なぜかカシアス様はしばらく私を見つめていた。
だが、彼は突然罪を犯した子どものような表情になり、床に視線を落とした。
しかし、再び私の方へ顔を上げて短く言った。
「レオニー、すまないっ……」
いきなり謝られても心当たりがなく、まるで訳が分からない。
「どうして突然謝罪を? 心当たりが……」
そこまで言って気付いた。
顔こそ私に向けるカシアス様だが、その視線はプリムローズ嬢に向いている。
自ずと嫌な予感が脳裏を過ぎった。
だが、現実は私の想像以上に残酷だった。
「彼女が僕の子を妊娠したんだ」