女王陛下と若き名将の仲を裂くために、敵国が「離間の策」を用いてきたけれど、女王が将軍を好きすぎるのでまるで意味がありません
グランダ王国は代々女王が治める国家である。
現女王ローザ・グランディルはウェーブがかった艶やかな金髪を持つ、美しき女君主だった。
30歳という年齢ながら、すでに貫禄と聡明さを備えており、名君として国に君臨していた。
王国の軍事の最高責任者であるレナード・ヴァントもまた、28歳という若さながら、すでに“名将”と呼ばれ、歴戦の風格を醸し出している。
女王ローザが、レナードを呼び出す。
ひざまずくレナードにさっそく命令が下される。
「レナード将軍、あなたに頼みがある」
「なんでしょう?」
「隣国が不穏な動きを見せている。今の国境を守る将では心もとないので、あなたが行って直々に指揮を取ってもらいたい」
「かしこまりました。女王陛下のために、この命を捧げます」
勇ましく、心臓に手を当てるポーズをするレナード。
「まあっ……」
これを見て、ローザは顔を赤くしてしまった。
心臓が高鳴る。
そう、ローザはレナードのことが大好きなのである。
レナードが立ち去った後、ローザは「もうっ、ドキドキさせてくれるんだから!」とつぶやいて脇に控える中年宰相を呆れさせた。
***
ローザの予感は的中し、まもなくグランダ王国は隣国の軍勢に攻め込まれた。
しかし、ローザの采配が功を奏した。
レナードが的確な指揮で、敵軍を一切寄せ付けない。
攻め込んでいるはずの敵軍の方が、消耗を繰り返すという日々が続いた。
しかし、もちろん隣国も手をこまねいているわけではなかった。
隣国の陣地にて、敵将と軍師の間でこんな会話が交わされる。
「くそっ、レナードが国境の守りに入るとは計算外だった! どうすれば……!」
「まだ手はありますよ、将軍」
「手があるだと? あの名将相手にどんな手があるというのだ!」
軍師がニヤリと笑う。
「レナードが将軍でなくなればよいのです」
「それはそうだが、この状況でレナードが将軍位から外されることなどあるまい! 冗談も休み休み言え!」
「ええ……ですから、“離間の策”を用いるのです」
「離間の策……?」
離間とは「仲違いさせること」という意味である。
「つまりですね、間者を放ち、女王ローザとレナードが仲違いするような噂を流すのです。そうすればローザはレナードを排除……上手くいけば処刑まで持っていけるでしょう」
このままレナード相手に戦争を続けるより現実味のある軍師の策に、敵将はうなずく。
「なるほど……さっそく実行に移せ!」
隣国から間者が放たれる。
間者たちはグランダ王国王都にて、こんな噂を流した。
兵を与えられたレナード将軍は女王ローザへの“反乱”を企てていると――
***
玉座に腰かける女王ローザに、宰相から報告が上がる。
「女王陛下、お話がございます」
「なんだ?」
「実はレナード将軍が、反乱を企てているという噂が流れておりまして……いかがいたしましょう?」
「なんですって!? 反乱!?」
もしも、この噂をローザが信じてしまえば、レナードは将軍を解任、最悪の場合処刑される恐れもある。
そして、ローザはこの噂をあっさり信じてしまった。
「いいじゃないの、反乱!」
「は?」きょとんとする宰相。
「レナードが反乱を起こすなんて……たまらないわ! 彼ほどの男になら、私はこの国を渡しても惜しくはない! どんどんあげちゃうっ!」
普段は凛としたローザが恍惚とした表情を浮かべている。
「レナードは大勢の兵を率いて、私を取り囲むのよ。そして、こう言うの。『女王陛下、あなたの天下はここまでです』ってね」
「はぁ……」
ローザの小芝居が始まったので、宰相は呆れている。
「私は毅然とした態度を崩さないわ。『天下はお前などには渡さぬ』ってね。さすが私だわ。でも、レナードは容赦しない。彼の得意な槍で、この私を貫くのよ! そして私は彼の腕の中で安らかに死んでいくの……ああっ、なんて悲劇なのかしら!」
「……」
「というわけで、反乱なんて大歓迎よ! 反乱上等! 反乱カモン!」
宰相は努めて冷静な表情でこう言った。
「えーと、ではレナード将軍は現状通り、将軍のままということで」
***
離間の策が失敗した敵陣では――
「おい、いつまでたってもレナードは指揮から外れないではないか!」
「うむむ……おかしいですね」
「奴が指揮から外れねば、とても我が軍に勝利はないぞ! 奴は軍勢を手足を操るように動かす!」
「流した噂が悪かったのかもしれません。“反乱”は大げさすぎたかも……」
「うむ、確かにな」
軍師はしばらく考えた後、こう提案する。
「次は『レナード将軍は女王を毒殺するつもりだ!』でいってみましょう!」
さっそく噂がばら撒かれる。
***
玉座の間にて、宰相が女王ローザに報告する。
「女王陛下、お耳に入れたいことが……」
「あら、なんなの?」
「レナード将軍が、女王陛下を毒殺しようとしているという噂が広まっておりまして……」
「まあ、毒殺!?」
ローザはとたんに笑顔になった。
まるでワクワクしたような表情で政務を続け、夕食の時間となった。
ローザは皿に盛られた料理にいきなり口をつける。
宰相が慌てる。
「女王陛下、毒見も済ませていませんのに……!」
「だって、レナードが毒を盛ったかもしれないのよ。味わわなきゃもったいないじゃない!」
この答えに宰相はきょとんとする。
「どういうことでしょう?」
「つまりね、レナードが私を毒殺するために何らかの方法で毒を盛ったとしましょう。それはレナードから私への一種の“愛の贈り物”といえるでしょう?」
「い、言えますかね……」
宰相は顔をしかめる。
「言えるのよ! そんな贈り物を受け取って、毒で死ぬ! ああ、なんて美しいのかしら……」
陶酔しながら、ローザはモリモリ食事をする。
結局、完食してしまった。
ローザの体には何の異変も起こらない。
「どうやら噂に過ぎなかったようですね」
「ああ、レナード……あなたの愛を私に頂戴……」
ローザは天に祈るようなポーズを取った。
宰相もまた呆れるように天を仰いだ。
***
隣国の敵将たちは作戦失敗を悟り、顔を曇らせていた。
「レナードが解任される様子はないぞ! またしても失敗だ!」
「“反乱”は大げさすぎて現実味がなく、“毒殺”は手段としては消極的なので女王も恐れなかったのかもしれません。今度はもっと分かりやすい噂を流しましょう」
「どんな噂だ?」
「レナードが女王を直接自分の手で“暗殺”しようとしてるという噂を流すのです」
「なるほど、それならばあの女王が危機感を覚え、レナードを排除しようとする可能性もあるか」
「はい、十分期待できるといえるでしょう」
放たれた間者によって、王都に「レナードは女王を直接狙っている」という噂が流された。
三度目となる離間の策、果たして成功するのだろうか。
***
城内にて、ローザは落ち着かない素振りを見せていた。目線を左右させ、肩を揺り動かし、絵に描いたようなそわそわぶりである。
宰相が尋ねる。
「女王陛下、どうされました?」
「だって、レナードが私を直接狙ってるって噂があるんでしょ? そりゃもうそわそわしようというものよ!」
「なぜそわそわされるんですか?」
「だって、レナードが私を狙う……これはもう“愛”でしょ!」
「愛……ですかねえ」
宰相は首を傾げる。
「愛なのよ! 暗殺にやってきた彼の刃に倒れた私はこう言うのよ。『あなたの愛……受け取ったわ。ガクッ』ってね」
「ガクッまで言うんですか」
「ガクッは効果音に決まってるでしょ! とにかく、レナードに暗殺されれば私の愛は完成するわ!」
「そういえば、レナード将軍が戦況の報告をするため、一度城に戻ってくるそうです。そろそろ到着する頃かと……」
「なんですって!? さっそく出迎えなきゃ! 暗殺されやすいように!」
女王はドレスを振り乱して、玉座を立つ。
宰相はため息をついた。
***
城内の通路にて、ローザはレナードと出くわした。
ちょうどレナードが女王の元に向かう途中であった。
「あっ、レナード将軍!」
「これは女王陛下!」
まさかの一対一での対峙となったが、レナードは慌てずにひざまずく。
生粋の武人であるレナードだが、一連の動作には気品すら漂っていた。
「隣国との戦争、その途中経過の報告に参りました」
「そんなことはどうでもいいわ」
「え?」
ローザは手招きするような仕草を取る。
「さあ、暗殺なさい!」
「……?」
「暗殺するのよ! あなたの手で私をあの世に旅立たせてぇ!」
両手を広げるローザ。
レナードは歴戦の名将である。どんな奇襲や夜襲でも、冷静に対処してしまう。
そんな彼でも、主君の奇行にはさすがに困惑してしまう。
「すみません、おっしゃる意味が……」
ローザはいそいそと説明を始める。
王都にて、レナードがローザを直接暗殺しようとしているという噂が流れていると。
レナードは即座に勘付く。
「なるほど、おそらくそれは隣国の仕業ですね」
「そうなの?」
「ええ、“離間の策”というやつです。間者を潜らせて、我々二人の仲を裂くためによからぬ噂を立てているに違いありません。さっそく調査させましょう」
「私たちの仲を裂こうとする悪者が現れるなんて……ああ、なんてロマンチックなの」
恋愛小説的な空想に酔いしれるローザ。
「それに今までは、私も防衛するに留めていましたが、隣国の所業には怒りを覚えました。これからは我が軍から攻めていくつもりです」
「攻める……!?」
“自分が攻められる”と勘違いしたローザは舞い上がってしまう。
「はい。この戦争、すぐさま決着をつけてみせましょう!」
レナードの決断と行動は早かった。
選りすぐりの兵によって、王都に散らばっていた間者はまもなく逮捕される。
彼らは皆、全てを自白し、隣国の工作が明らかになった。
さらにレナードは軍を率いて猛反撃を開始。
これまでは“無敵の盾”だったグランダ軍は、レナードの指揮で“無敵の矛”と化した。
隣国の軍勢を次々に打ち破り、ほんの数日で王都まで攻め上がり、たちまち降伏させてしまった。
名将を怒らせると怖い――というのが分かる一幕であった。
***
戦後処理を済ませたレナードが、玉座に座る女王ローザに呼び出される。
「よくやってくれた、レナード将軍。まさに“名将”の名に恥じぬ活躍だった」
「光栄です、女王陛下」
ローザは咳払いをする。
「ところで……褒美を与えたいのだが」
「めっそうもない。褒美など……」
断るレナードに、ローザは自分を指差す。
「褒美を与えたいのだけど……」
ローザはしつこく自分を指差す。
レナードはあくまで遠慮し、辞退する。
「ほ、う、び!」
ついに目に涙を浮かべるローザ。
ようやく何かを察したレナードはうなずく。
「では、女王陛下を……所望いたします」
「まあっ、なんて大胆なのかしら! 私が欲しいだなんて! でもいいわ、全てをあげちゃうっ!」
傍に控えていた宰相は「誘導してただろ」と内心つぶやいた。
しかし、レナードもまたローザを密かに慕っていたのは事実だったようで、
「女王陛下と結婚できるだなんて……夢じゃなかろうか!」
などと頬をつねりながらはしゃぐ姿が目撃される。
一方通行と思いきや、お似合いの二人だったようだ。
名君と名将が一つになれば、もはや『鬼に金棒』どころではない。
女王ローザと名将レナードの下、グランダ王国はますます強国として栄えていくことになるのである。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。