トリ決め
明石家に脱走犯を明け渡し、あすなと一緒に夜を過ごした次の日。
いつの間にかテーブルに突っ伏して寝ていた愛斗をインターホンが呼び覚ます。
「小田さーん。起きてますかー?」
「んあ?」
ボーっとしながら、徐々に状況を確認する。寝ぼけ眼をこすり、口元を拭う。
またインターホンが鳴る。
2回、3回と続く。
「!!」
ここではっきりと目が覚める。
「は、はーい!」
急いで訪問者のストレスを収めに行く。
「どちら様で…なんだ、東野さんか」
扉を開けると、そこには黒キャップに白いTシャツ、ミニのデニムスカート姿の女の子がいた。
「なんだ、じゃないですよ。もう12時ですよ?約束通り、早くお買い物に行きましょう」
「約束?何を言って…」
『明日、一緒にインコさん買いに行きませんか?犬と違って鳴き声はあまり響いてないみたいですし、多分バレませんよ?』
『うぇへへ〜。いいよ〜』
あすながスマホに録音された会話を再生させる。
全然身に覚えのない会話に、愛斗は驚く。
「な…!い、いや、こんなの不可抗力だろ!内容もやばいし」
「男に二言はないんですよ、小田さん。これに懲りたら深酒は辞めることですね。酩酊は百害あって一利なしですよ」
「で、でも、ペット禁止なのにバレない保証なんてないし…」
「大丈夫です!もしバレたら、昨日みたいに何処かから逃げてきた鳥を一時的に保護していることにして、うちの親に預かってもらいましょう!」
名案でしょう!とでも言いたげな顔で両手を合わせているあすな。
「それに小田さんも、インコ、可愛いと思ったでしょ?お酒を飲むと人の本性が出るって言いますもんね。だから酔ってた時にインコを可愛いって思って保護したんですよ。飼いたいですよね?もちろん、私も同罪として、きちんと世話します!2人で折半しましょう!ね?」
「ぬぐぐ…」
確かに、可愛いと思ったことは事実だ。
これ以上効果的な反論を思いつけなかった愛斗は、結局、インコを買いにペットショップへと繰り出すのだった。
隣町との境くらいにあるペットショップ。
昨日行ったホームセンターとは反対の方向で、歩いて20分くらいだった。
何故ホームセンターに行かなかったのかというと、そっちはあすなが通う大学がある方向で、知り合いとあまり鉢会いたくないから、とのことだった。
入り口の扉を開けた瞬間、ペットショップや動物園特有の臭いが愛斗の鼻を占領する。
(うっ…。この臭いはちょっと苦手だな…)
一方のあすなは平気そうだった。鼻歌まで聞こえる。
(女性はニオイに敏感だって聞くのに…。我慢してんのかな?)
周りには、犬や猫、ハムスター、亀などが入ったケージが所狭しと置かれている。
「わ!見てくださいあの子真っ白ですよ!シロちゃんにそっくりですね!小田さんはどんな子がいいですか?」
「そうだな…」
3つの鳥籠があり、1つの鳥籠に数羽のセキセイインコがいる。
その内の1つに近づくと、インコたちが鳥籠内を逃げ惑う。あのやんちゃ坊主が異常で、普通はこんな感じで人間慣れしていないのかもしれない。
微妙に傷つきながら2つ目の鳥籠に近づいても、2秒ぐらい前の劇場の再演だった。
「も〜。何やってるんですか、小田さん。普段からヤンキーオーラを出してるからですよ」
「ヤンキーだった事はないし、そんなものも出してない」
微かな希望を胸にもう1つの鳥籠の前へと体をずらす。
すると、こちらを見るも微動だにしない、薄い青色の体と羽に黒の斑点があるインコと目が合った(?)。
「お。お前とは何かシンパシーを感じるぞ」
何処となく自分と似ている、愛斗はそんな気がした。
そこにペットショップの、丸眼鏡をかけた女性店員さんが声をかけてくる。
「いらっしゃいませ。その子は生後1年のメスですね」
「オスとメスは、どうやって見分けるんですか?」
「成鳥であれば、基本的には鼻の色で見分けます。赤い鼻がメス、青い鼻がオスです」
「へ〜」
「この子にしますか?」
「そうですね。お願いします」
「かしこまりました。準備しますね」
店員が籠ごと店の奥へと消えていき、取り残された愛斗とあすな。
「即決とは。なんとなく、もっと悩むかと思ってました」
つまり優柔不断な奴だと思っていると、失礼なことを堂々と宣うあすな。
「オレもよく分からないが、うるさくないだろうって感じたんだ。って、勝手に決めてしまってごめん!東野さんの好みも聞かずに!」
「いえいえ、私もあの子がいいなって、なんとなく思ってたので!」
店員を待つ間、餌の物色を始める。
丸い粒がたくさん入ったものや、向日葵の種を2ミリくらいにしたようなもの、粟などがある。
「塩土?へー、こんなものもあるんだ」
赤褐色のプリンのような形をしたものだ。
「どれがいいとか分かる?」
ペットの餌の知識など皆無なので、あすなに訊ねる。
「さぁ…。すいません、私も詳しくないです」
芳しくない答えが返ってきてしまった。
「そうか、まぁ仕方ないな。このプリンみたいなのと、丸い粒のやつを買うか」
餌を選び終わると丁度店員がダンボールを抱えて戻ってきた。
「こちらにお選びいただいたインコちゃんが入っております。丁寧に扱ってあげてくださいね」
「分かりました。ありがとうございます」
会計を済ませ、店を出た。
アパートへと向かう帰り道。
「この子の名前、どうしましょうか」
ふと、あすなが話しかけてきた。
「名前か。呼びやすくてシンプルなので」
「漆黒の翼とかじゃなくていいんですか?」
「オレをなんだと思ってるんだ…」
「ふふ。まぁ、いじりがいのある弟みたいな?」
「おい」
愛斗は冗談混じりで右手を挙げ、今から殴るぞ、という仕草を見せた。
「キャー♪」
両手を上に挙げて逃げるあすな。愛斗はダンボールを抱えていてうまく走れない。
「はぁ…。ったく」
そんなバカなやりとりをしながら歩いた。
アパートへと辿り着く。
あすなは自分の部屋に帰らず、さも当然のように愛斗の部屋へと直行している。
ダンボールからインコを出して鳥籠に移した。暴君シロとは違い、終始大人しかった。人見知りもしないし、感動した。
帰り道では結局名前を決めなかった。
だが、帰ってる途中で色々考えはした。
「名前、パル、なんてどうかな?」
「パルちゃんですか、由来は?」
「パープルから」
「紫ではないですが…」
「いいじゃん、例えまんまブルーとかアオちゃんだと、なんとなく呼びにくいし。青紫と言えなくもない色合いだろ?」
「まぁ、異論なしです」
あすなはご機嫌だった。
あすなにとっては、正直名前はなんでもよかった。
ペットが欲しいのは事実だが、ただ、愛斗とデートし(愛斗はそう思っていないが)、愛斗を訪ねる口実ができたことで、その他のことは些事になった。
「あ、昨日のケーキがまだ残ってますよね?もうすぐ3時のおやつですよ」
まだ2時にもなっていない。
「そうだな。…っと、パルにもご飯あげないとな」
餌箱に餌を入れる。
お腹空いていたのか、餌箱を鳥籠にセットすると、パルは餌箱に直行した。
パキ、パキ、という音を立てて餌を食んでいるパル。偶にこちらを伺うように頭を上げている。その仕草もなかなか可愛い。
パルならば放し飼いしても大人しそうだし、どんな仕草を見せてくれるのか、ケーキを食べた後で出してみようと思った。
「ピッ」
パルを鳥籠から出す。
素直に手のひらに乗り、首を傾げて、自分を囲む2人の様子を見ている。
「本当に静かだな。あまり鳴かないし」
うるさくないのはいいのだが、これはこれで張り合いがなく、少し寂しいと感じてしまう。
とりあえず、床に下ろして何かしらのアクションを待つ。
パルはゆっくり2人の間を2周ほど歩くと、近くに置いてあったティッシュ箱に近づく。
何度か箱の周りを嘴で突っつき、箱の上に飛び上がる。
箱から飛び出しているペーパーを咥えたかと思うと、そのまま引っ張り出した。
「お〜!すごい賢いですね〜!」
2人して細やかな拍手を送る。
パルは褒められたことが嬉しかったのか、またティッシュを咥え引っ張り出す。
「器用だな〜!」
咥え、引っ張る。咥え、引っ張る。引っ張る引っ張る。
「ちょちょちょ、それ以上はさすがに…」
「あはは…」
あすなは苦笑いしている。
ティッシュがどんどん床に溜まっていくのを見て、止めようと手を伸ばすと、箱から飛び降り逃げ出した。
イタズラされて、少し嗜虐心を煽られた愛斗は、ティッシュを丸め、軽い力で床を歩くパルめがけて投げる。
ティッシュが体にヒットすると、パルはびっくりした様子で少し飛び跳ねる。しかし、すぐ何事もなかったように歩き回ると、丸められたティッシュに近づく。
嘴で突っついたり片足を乗せたりしている。何度か繰り返すと、バランスを崩したのか、両足でティッシュを挟み込むように抱えながら、仰向けにコロンっと倒れ込んでしまった。
「おお〜!」
「わ〜!!かわいい〜!!」
柄にもなく声を上げて興奮する愛斗。
パルは数秒でティッシュを放し元に戻った。
少し残念に思い横を見ると、あすなはいつの間にかスマホで撮影している。
「あ、ずるいな。後でオレにもその動画くれ」
パルの仕草が可愛すぎて、愛斗はつい口走ってしまう。
「あらあら?小田さんってば、女子大生と連絡先を交換したいだなんて、ナンパですか?」
愛斗の言ったことを曲解するとそうなる。
あすなはここぞとばかりにニヤニヤしながら言う。
「う」
そんな風に言われると妙に恥ずかしい。
だが、どちらかと言えば、連絡先を交換したいのはあすなの方である。このチャンスを無為にできないのに、断られるような物言いをする余裕が、あすなにはあった。
「へっへっへ。この動画が欲しければ、私にお願いするのだ〜」
愛斗は羞恥と欲望の間で迷う。
勿論、女子大生と連絡先を交換したい、という欲ではなく、パルの愛らしい姿をいつでも拝みたいという欲である。
(背に腹はかえられない、か…)
そして、欲望が勝つ。
「オ、オレと、その、連絡先を交換してください…」
羞恥に耐えながら、なんとか言葉を振り絞り、自分のスマホを差し出す。
一方、愛斗の返答に満足したあすな。
「はい、送りましたよ」
「?まだ交換してな…」
だが、通知音が鳴る。
開くと、本当に動画が送られてきた。
「な、何で、ってかいつの間に!?」
「昨日スマホを見せてもらった時に、メアドとか電話番号とか、覚えちゃいました♪」
そういうことらしい。
では、自分の羞恥に塗れた言葉は無意味だった。
ただ、揶揄われたに過ぎなかったのだ。
そのことに気付き、愛斗は両手で顔を隠しながら身悶えた。