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犬派?猫派?いや、トリ派!  作者: ノートブック
2/4

引きトリ

 隣人とベランダごしに話していたら、ペット禁止のアパートであるのに、部屋から鳥の鳴き声のようなものが聞こえる。普通に考えてアウトだ。

(やべっ!)

 写真と見比べた後、布を被せていなかった。

 愛斗は焦った。

「今の音…小田さんの部屋から聞こえませんでした?」

 しっかり聞かれていた。更に焦る。

「な、何が?気のせいじゃないかな」

 なんとか誤魔化そうとするも、

「ピュイ!」

 ガチャン!ガチャン!

 一人暮らしのはずなのに、色んな音がする。

 慌ててガラス戸を閉める。

「…あ〜、小田さん。もしかして〜…?」

 しきりから顔を出し、こちらの部屋を覗くようにジト目で見てくる。ニヤつきながら。

「いけないんだー。私はペット飼いたくても、このアパートはペ・ッ・ト・き・ん・し!だから、か、え、な、い、の、に~?」

「ち、違うんだよ。これには訳が…」

「大家さんにチクっちゃおっかな~?」

 正当な理由があるため、きちんと説明すれば情状酌量は得られるだろうが、その考えは焦る頭には浮かんでこなかった。

「うぐ。何が望みだ?」

「お?話が早いですねー」

 ここは下手に出て穏便に済ませる。一種の賄賂だ。

「じゃあ、私にもペット見せてください!」

「…ふぁっ?」

 予想外の回答を受け、素っ頓狂な声が出てしまう。

 もっと、バラされたくなければ学費を…みたいな展開を想像していた。

「だからー、小田さんがこっそり飼ってるペット、見せてくーだーさーいー」

「分かった、分かったから大声出さないでっ」

 小声で小声になるように説得する。

「へへ、やったっ」

 小悪魔な笑みを浮かべたかと思えば、子供のような笑顔も見せるなど、笑顔だけで百面相ができそうなあすな。

(今まで挨拶くらいしかしてこなかったけど、こんなSっ子だったのか…)

 そんな意外な一面、いや二面も三面も見て、ただ驚いていた。



 ベランダから部屋に戻り、あすなを玄関から迎え入れる。

 あすなが部屋に入ってきた途端に、シャンプー由来か、甘い匂いが漂う。

 ホットパンツはそのままだが、赤い半袖パーカーを着ていた。さすがにタンクトップのままは恥ずかしかったのだろう。良かったような残念なような複雑な気分になる。

 さっきの格好は、今は夏前だから開放的になっていたのか、それとも普段からああなのか。

 

「わ~!かわい~!」

 あすな襲来の原因であるセキセイインコを目撃し、朝にも聞いたような感想を耳にする。

 一方セキセイインコもといシロは、鳥籠の中の床を鳴きながらひたすらに動き回ったりヘドバンしたりしてる。知らない女子を目前にしてもブレない御仁である。オスメスの区別はついていないが。こんなにやんちゃなのはきっとオスだろう。

 そんな偏見を抱いて隣をふと見る。

(いや、そうでもないかもしれない。東野さんもきっと小学校時代からSっ気を遺憾なく発揮し、周りを苦しませていたに違いない)

 愛斗の視線に気づいたあすな。

「今、なんか失礼なこと考えてませんでした?」

「…ないない」

 少しギクッとする。

 シロは不思議そうに首を傾げている。

「あ、こいつ欠伸しやがった」

「へー、インコも欠伸するんですね」

「人間なんかつまらないってよ」

「…じゃあ、面白い一発ギャグをお願いします」

「絶対イヤだね!」

 何故自分は隣に住んでるだけの女の子と、こんな漫才みたいなことをしているのかと悩む愛斗。

 だがシロは気に入ったのか、人が脇を広げるように翼を広げている。

「む、これはきっとインコなりの拍手ですよ。夫婦漫才は鳥も笑うんですね〜」

「夫婦喧嘩は犬も食わないみたいに言うな…って誰と誰が夫婦だ。20歳になったばかりのヒヨコちゃんが」

 何故愛斗が、あすながもう20歳であることを知っているのかというと、先月、部屋の前を通る時、ドアのポストに携帯電話の会社かなんかの『お誕生月限定の特別クーポン!』と書かれた封筒がはみだしていたのが見えたからだ。

「あ、そうだ」

「?何ですか?」

 愛斗はインコの本来の飼い主に送ったメールを思い出した。

「このインコは昨夜アパートの前でたまたま拾ったんだ。飛べないくらいに衰弱してたからね。だから飼ってるわけじゃないんだ」

「昨日の今日でなんで鳥籠があるんですか?土曜日はいつもお昼になっても洗濯物が干されてないくらいに活動が感じられないのに」

 なかなかよく見ていて鋭い指摘。

「…土曜日なのに偶々早く起きたから、買い物に行ったんだ。早起きは三文の徳って言うしな」

 本当はシロに叩き起こされただけであることは口が裂けても言えない。

 スマホで目当てのページを開くまでにそんなやりとりをし。

「ほら、これが証拠だよ」

 メールの返信が来ていたことを確認して、画面を見せる。

「ちょっと、よく見せてください」

 そう言って愛斗のスマホをふんだくったあすな。

「おい…」

「…………………………………まあ、本当みたいですね」

 ようやく誤解が解けたことに安堵する。

 ひったくられたスマホを返してもらい、自分もメールを読む。

『ありがとうございます!今からそちらまでお伺いしてもよろしいでしょうか?』

『大丈夫です。私の住所は――』

 愛斗は無言で返信を書き込んでいく。

「ちぇー。しばらくこの子を出汁にし「ピュッピュッピュッ〜〜イ」て小田さんの部屋に入り浸れると思ったのに…」

「何か言った?」

「いいえ、なーんにも」

「そう?」

 急にご機嫌な様子のシロの声に阻まれあすなの声を聞き取れなかったと思ったが、何も言ってないと言うなら気のせいか。

「…よし。東野さん、今からシロの飼い主が来るから、自分の部屋に戻ってくれるかな?」

「え〜」

「え〜じゃない」

「え〜ですよ。この子をお別れの最後の瞬間まで拝ませてください。やっぱりペットって癒されるじゃないですか」

 確かに、1日にも満たない短い間ではあるが、動物の可愛らしい仕草というものを直に見て、多少はその理屈も理解できた。

「む…、仕方ない」

「…ありがとうございます」

 断られると思っていたのか、キョトンとした顔で礼を言うあすな。

 学業に、恐らくアルバイトもしているでろう多忙の学生に、細やかなリフレッシュタイムをプレゼントだ。愛斗のものではないのだが。

 2人は飼い主が来るまで、シロを鑑賞した。



 1時間くらい経った後、玄関のインターホンが鳴る。

 玄関へと向かう愛斗。自分の部屋を訪ねてくる人に心当たりはそうないので、きっと飼い主さんだろう。あすなは名残惜しそうな顔で鳥籠を持ち、後ろからついてくる。

「はい」

 ドアを開けると、小学1年生くらいの女の子と、黒いスーツを着た母親らしき女性が立っていた。まだ20代に見える。

「小田愛斗さんでしょうか?」

「はい、そうです。あの、インコの飼い主さんですか?」

「はい、明石美央(あかしみお)と申します。こちらは娘の美亜です。この度は我が家のシロを保護して頂き、本当にありがとうございました」

「いえ、たまたま、酔ってやった気まぐれですよ。普段の自分だったらこんな…」

 急に痛みが走る。あすなが愛斗の背中を摘んでいた。どうやら余計なことを言ったようだ。

 気を取り直す。

「ほ、ほら」

 あすなから鳥籠を受け取り、美亜ちゃんに渡す。

「シロちゃん!」

 途端、それまで不安そうだった顔に、背景に花が咲く幻覚を見るくらいの満面の笑みを浮かべた。

「お兄さん、ありがとうございました!」

 鳥籠を大事そうに抱えながら、ゆっくりとお辞儀する美亜ちゃん。

 シロはさっきから鳥籠が移動のせいで揺れているので、狭い籠内で翼をばたつかせている。

 美央が美亜ちゃんの頭を愛おしそうに撫でる。

「こちら、細やかですが、この度のお礼でございます。ぜひお2人でお召し上がりください」

「あ、ありがとうございます」

「鳥籠は持ってきております。車にて移し替えて、お返ししますので少々お待ちください」

「はい」

 美央はキリッとした感じの美人だ。話すと色んな意味で緊張してしまう。

 車を停めているという近くのコインパーキングへと向かった親子を見送る。


 ドアを開けっぱなしにしておき、貰ったケーキと思しき箱を冷蔵庫に片付け、ついでに少し水分補給する。お酒ではない。

「いや〜可愛かったですね」

「それはシロが?それとも美亜ちゃんが?」

「もちろん、両方です」

「あ、そう。ていうか、もう用が無くなったんなら部屋に帰りなよ」

「いいえ、用ならあります」

「?」

「ケーキをまだ食べてません」

「オレが貰ったのに図々しいな…」

「飼い主さんは『2人で』と仰いました。ですので、私が食べないのは不義理にあたります」

「はいはい。まぁ、別にいいんだけどさ」

 そうこう言っていると、美央だけが戻って来た。

「お待たせしました。籠、お返ししますね」

 美央から籠を受け取る。もう使わないだろうから、こちらとしては貰ってくれた方が都合が良いのだが。

「それでは、私達はこれで。繰り返しになりますが、本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げる美央。とても丁寧で律儀な性格が伺える。

 頭を上げ、もう一度首だけで会釈しながら去っていった。



「いや〜、綺麗でしたね」

 また似たようなことを言っているあすな。

「さ、早いとこケーキを頂こうか」

 言質を取られないよう流しながら、冷蔵庫からケーキの箱を出し、開ける。

「え、ホールケーキ……」

 せいぜいカットされたケーキが2〜4個くらいだろうと思っていたが、大きい1個だった。白いホイップがふんだんに使われ、苺が8個乗ったシンプルなケーキだ。8等分しても十分な食べ応えだろう。美央なりの感謝の表れか。

(東野さんがいて良かったな…。1人じゃ胸焼けして、2日かけても食べきれそうになかった)

 甘いものは好きだが、この大きさでは話が違う。


 昨日ぶりに開いた戸棚から、皿を2枚取り出し、ケーキをカットして乗せ、テーブルに並べる。

「すまんが紅茶やコーヒーはない。お酒なら出せるが」

「…あまり強くはないですが、チューハイくらいなら」

「オーケー」

 再び冷蔵庫を開けてあすなにチューハイを手渡す。

「もう夕方ですし、どうせなら夜ご飯もご一緒にどうです?ケーキはデザートにということで」

「オレ、カップ麺しか持ってないけど」

「うーん、普段は私も自炊するんですが、今日はカップ麺の気分なので、私も部屋から持ってきます」

「そうか、ついでにおつまみくらいは出そう」

 こうして、夕飯のご相伴に預かることになった。



「ひっく」

 缶ビールを何本も開け、酔い潰れそうな愛斗。

「お〜い、らやまはん、のんれるか〜い?」

「はいはい、飲んでますよー」

 呂律が回っていない愛斗を遇らうあすな。

 ケーキも、2人で4分の1ずつを食べ終わった。

「もー、酒癖が悪いですねー。、そんなんじゃ女の子に引かれちゃいますよ?」

「いいんらよー。ろうせ、おれはもれないんらから〜」

 愛斗はもう完全な酔っ払いと化している。まともな思考をできていない。

 それならばと、あすなは罠を仕掛ける。

「…小田さん、折角買った鳥籠、使わないのは勿体なくないですか?」

「え〜?」

「明日、一緒にインコさん買いに行きませんか?犬と違って鳴き声はあまり響いてないみたいですし、多分バレませんよ?」

「うぇへへ〜。いいよ〜」

「ありがとうございます。楽しみにしてますね?」

「おー、ふぁかせろへ〜」

 こうして、愛斗の知らないうちに、約束が取り決めれた。

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