トリあえず
閲覧ありがとうございます!
鳥愛好家の方、こんにちは。
今は違う方も、この小説を読んで鳥好きになっていただけたら嬉しい限りです。
「おやっさん、モモとカワ5本ずつ、塩で。後、冷酒を」
「あいよ」
好きな物を、好きなだけ。
エンゲル係数は度外視。というよりは、食以外には大して興味がないため、家賃や光熱費を除けばほぼ9割だ。いつも樋口さんが減るか増えるかくらいの瀬戸際まで飲み食いし、千鳥足になって帰る。
大学を卒業してからそんな生活を続けて早2年。男は今年で25才になる。
大学に通っていた当時から一人暮らしをしていたので、親の仕送りがあっても基本的には金欠。とりあえず食い扶持をつなぐため、そこら辺の派遣会社に就職した。オレは大人になったんだという謎の意地から、親元に帰るという手は最後の最後まで使いたくなかった。
仕事のストレスを大好物の焼き鳥と酒で水に流した帰り道。頭が回っていないわけではないが、足元は覚束ない。
もしすれ違う人がいれば、確実に距離を取られるであろう。…いや、既に若干傷ついていた。
そんな雀の涙ほどしかない自尊心を労りながら辿り着いた自宅のアパートの側、街灯の下に何やら白い物体が落ちているのが目に入った。
「…なんだアレ?」
真夜中とはいえあまりに小さいため不気味さは欠片も感じられない。
ぼやけた視界と頭で、なんとなく近づいてみる。
すぐ側まで来て屈んで見てみると、それは真っ白な鳥だった。死んではおらず意識はあるものの、かなり弱っており、飛ぶ力も無さそうだった。
「…インコか?どっかの家から逃げて来たとか?」
このまま放っておけば明日には力尽きて死ぬか、カラスに喰われて死ぬか。
動物に対してはこれまで「食う」という視線しか向けてこなかった。しかし、今の男は満たされていた為、他の事を考える余地があった。捨て犬を見たことはないが、死ぬと分かっているのに見て見ぬふりをするのはどこか気が引けた。
男は、その鳥を両手で掬って左手に持ち替え、自宅へと向かった。
部屋に連れて来たは良いものの、どうすればいいのか分からない。
とりあえず、タオルを床に引いて横たわらせる。
はてどうしたものかと辺りを見回し、貧乏人の味方だと買ってテーブルの上に置いていた食パンが目に入る。
「鳥ってパン食うのかな?」
弱っているのなら、何か食べさせるべきだろうが、鳥用の餌なんか当然持ってないし、鳥が食べるというイメージがあるとうもろこしなどの野菜も冷蔵庫には入ってない。
「…これしかないか」
食べるかどうか分からないが、他に与えて良さそうなものが冷凍食品やカップ麺の中にあるわけないのは分かった。
食パンを一枚取り出し、千切って鳥の側に置く。
すると、鳥が僅かに反応を示した。
「どうだ?」
だが、動かない。動けないだけかもしれないが。
そこでふと、酒を割る用に買っていた水の存在を思い出す。
冷蔵庫からペットボトルの水を取り、キッチンのめったに開かない皿エリアの戸棚を開き、小皿を選ぶ。
溢れないように微量を注ぎ、鳥の嘴元に置く。
今度は明らかに反応した。
恐る恐るといった様子で小皿に近づき、水を少しずつ啄み、ブルブルと顔を震わす。
「あー、良かった。やっぱ最初は飲み物だよな」
普段の男ならば、動物が食事している場面を見ても感情を揺らすことなどないが、酒の力と、人間と同じく「とりあえず生!」みたいな感覚が鳥にもあるのかもしれないと思ったことが、自分にもよく分からない感想を述べさせた。
水を堪能した後にはパンも食べ出した。
少しずつ、少しずつ動きが軽くなっていってるような気がした。
千切ったパンを3つほど完食すると、満足したのか鳥は瞼を閉じた。
あれだけ弱っていたところに満腹を得たのだ。誰だって、疲れたら寝るし腹いっぱいになったら眠くなる。
納得がいったことに自分も満足を得、いつものごとく服を脱ぎ散らかして寝ることにした。
「ピュイ!ピュイ!」
翌朝、聞き慣れない音を耳に捉えた男は、寝ぼけながら片手でスマホを探す。
数秒後に固い触覚を感じ取った男は目を開け、スヌーズを切ろうと画面を見る。しかし、画面にアラームの表示は無かった。
時刻は午前6時20分。いつも目覚ましをかける時間より10分早い。不思議に思っていると、奇っ怪な音が聞こえ、直後何かが自分の横顔に触れた。
「いてっ!」
痛みに一気に目が覚める。
体を起こすと、触れていた何かが遠ざかる。
「チュビ!」
バサバサと音を立てて飛ぶ白い鳥の姿が目に映った。
「え、なんだ?!…あ!」
昨日の微かな記憶が蘇る。
そういえば自分は鳥を拾ったのだ。酔っていたせいで、自分のアパートがペット禁止であることも忘れて。
白い鳥が狭い部屋を縦横無尽に飛び回る。慌てて捕まえようと伸ばした手は空を切る。そんな事を4回繰り返すと、鳥がカーテンレールに止まる。
チャンスを逃すまいと、そろそろと近づき、そろそろと右手を伸ばす。
すると、何の警戒も見せずに鳥が右手に飛び乗って来た。
「かなり人慣れしてんな…」
攻防を繰り返さないため、鳥の背後から左手を忍ばせ、鷲掴みにする。
「ヂヂヂヂヂヂ」
鳥が男の指を啄み、放せと抵抗してくる。これはあまり痛くない。
アッサリと捕まった鳥に、さっきまでの時間はなんだったんだと肩透かしを喰らった気分になりながら、悩む。
自由奔放に鳴きながら飛び回られると、アパートの住人や大家さんにバレるかもしれない。最悪追い出されハメになる。
かと言って掴んだままで生活はできず、鳥籠なぞ持っているわけない。外に放てば折角助けた意味がない。
八方塞がりか。そう思い、天を仰ぐと部屋の照明が目に入る。
照明のカバーは籐のようなものでできていて、結構きめ細かく、球形をしている。バスケットボールよりも少し大きい。兄が実家を出て余っていたものを、わざわざ買わずに済むとのことで、一人暮らしを始める時に持って来たものだ。
そして閃いた。
どうせ鳥目だ。これで閉じ込めて厚い布でも被せておけば大人しくなるだろう。
片手でテーブルの上の物を退け、テーブルの上に立ち、片手で苦労しながら天井のカバーを外す。身長は高い方である。
考えたことを実行し、晴れて左手は自由の身になった。
鳥は多少騒いでいるが、布の効果が出ているのかそこまで響かない。
「床にフンされると掃除面倒だし、とりあえず鳥籠でも買うか…」
タオルはできるだけ汚したくない。だが床に敷くような使わない紙を溜めているはずもなく、ティッシュは切らしていた。
冷静になってみれば今日は土曜日で、いつもの様に寝て過ごす気分ではないし、仕方がないので買い物に出ることにした。
ペットも扱っている大きめのホームセンターに来た。
アパートから歩いて15分くらいの位置にあり、たまに利用している。その癖で、鳥籠を買いに来たのに、ついお酒やおつまみの物色を開始する。
しばらくすると、通路の向こうから女の子の声が聞こえる。
「ワンちゃんかわいいー!!」
2、3才くらいだろうか。母親に手を引かれ、奥に見える犬の入ったケージをもう片方の手で指差しながら女の子が言う。
そこで、今日の目的を思い出す。
そして、あの鳥がどこかの家庭から逃げ出したペットかもしれないことまで、朧げな記憶から引っ張り出した。
(帰ったらネットで調べてみるか)
そうやって新たな予定を脳裏に刻み、鳥籠のコーナーへ向かう。
大きいものでは5千円から8千円くらいのものまである。インコ一羽を入れるのにこんなものはいらない。3千円ほどの小さいサイズ、止まり木が一本ついているものを手に持つ。
縦、横、奥行き共に25cmくらいの立方体だ。側面の1つの真ん中に、上に持ち上げるタイプの扉があり、両サイドに餌箱をセットする用の扉がある。
「とりあえずこんなもんか。後は…ティッシュと、夜メシと…」
差し当たって必要そうなものを揃え、満足してホームセンターを後にした。
鳥籠は、持ち歩くには少し邪魔だしこんなの持っているところをアパートの住人に見られたら終わりなので、大きめのエコバッグまで購入して帰ってきた。
部屋に入ると、照明のカバーにかけていた布を退ける。
すると、カバーの隙間から、体を少し傾け、鳥が覗き込むような上目遣いでこちらを見上げていた。
「っ!」
思わずキュンとしてしまった。何だその仕草は。
そんな内情が行動に表れたのか、また鷲掴みにするような真似はせず、右手の人差し指に乗るように近づける。
鳥はまたもや警戒せず、指に乗った。
そのまま鳥籠に移そうとカバーから右手を抜いた瞬間、鳥が指から飛び立った。
「おい!さっきのは演技かよ!」
なんとずる賢いやつか。鷲掴みしなかったことを後悔した。今朝と同じやりとりを行い、激しい戦いの末鳥籠にインした。
観念したのか、止まり木に立って大人しくしている。かと思いきや急に止まり木を右に左に行き来したり、籠の中を飛び回り駆け回ったりしだした。
「ピュイ!ピュイ!」
昨日の衰弱など無かったかのように、これでもかと暴れている。怒っているのではなく、多分もともとやんちゃなのだろう。
カバーを天井に戻そうと持ち上げると、床にしっかりフンされていた。ものすごく小さい、米粒くらいのアンモナイトの化石のようだ。
買ってきたティッシュで拾い、更にアルコールを含むウェットティッシュで拭きあげる。普段部屋の掃除をしないくせに、変なところで几帳面であった。
鳥にパンと水を与えて大人しくさせると、ネットでこの迷い鳥を探してる飼い主がいないか探した。
するとすぐにヒットした。
『真っ白なセキセイインコを探しています』
そんな文面で、家で飼っていた時に撮ったものであろうインコの写真が添付されていた。名前はシロと言うらしい。
念の為、確認する。…素人目にはあまり分からないが、写真と同じにしか見えない。
鳥改めセキセイインコは、先程までの荒ぶり様を潜め、じっとしている。何度も写真と見比べていると、セキセイインコが突然何か喋り出した。
「zzz、シ〜ロチャン。シロチャーン」
確定した。
男はすぐさま飼い主にメールを送った。
『保護しました』
後は返信を待つことにする。
「さ〜て、なんか疲れたし…タバコでも吸うか」
ベランダに出てライターで火をつける。
男は、毎日タバコを吸っているわけではない。
偶に、気分で、何となく吸いたい時に吸っている。
仕事などのストレスは基本的に酒で溶かしているため、あまり溜め込むことが無かった。
男がタバコを吸い出してしばらくすると、横からガラス戸が開く音がした。
「あら?小田さん、タバコなんか吸ってましたっけ?」
そう言って隣のベランダに現れたのは、1人暮らしをしている20歳の女子大生、東野あすなだ。
肩より少し長いくらいの黒髪で、くりっとした目をしている。
去年からこのアパートに住んでいて、偶にこうしてベランダごしに会ったり(しきりはあるがベランダは少し広めで、柵側に身を寄せると見える)、部屋の出入りの際に会ったりしたら挨拶を交わす。殆ど人見知りしなさそうな気さくな子だ。
このアパートは駅近であるのに大学も近くにあることで、1人暮らしをする学生向けに、比較的安い家賃で住むことができた。
さすがにオートロックは無いが、ボロっちいわけでもない。なかなかの優良物件である。
男―小田愛斗は、大きさを強調するタンクトップにホットパンツ姿の無防備JDの問いに答える。
「ああ、東野さん。いや、いつも吸ってるわけじゃないんだ。今日はたまたま吸いたい気分になっただけで」
「へー、そうなんですね。でもなんだか、小田さんのタバコ吸ってる姿、様になってますよ?」
「そうかい?なかなか苦しい世辞をありがとう」
「もう、世辞じゃないですよ」
彼女は頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。きっと至らないことを口にしてしまうのでモテないのだろう、愛斗はそう思った。
さて、どうやってご機嫌を取ろうかと悩んでいると、
「ピュイ!」
セキセイインコの鳴き声がもろに聞こえてきた。