会話記録P01
「今日もお疲れ様、タオ」
『……なんだ。挨拶ならさっき研究所で済ましてきただろう。わざわざテレビ電話をしてまで話したいことがあるのか?』
「なに、ちょっとした雑談でもどうかなと思って。最近僕たち忙しくて全然話す機会が無かったからね。明日は久しぶりの休日だし、今夜は酒でも飲みながら君と話がしたい気分なんだよ」
『……分かった。付き合おう。私もどうせ眠ることはできないからな。良い暇つぶしになる』
「じゃあ何の話題にする?マリー教授が提言した"第4の水面下理論"はどうかな?」
『あの机上の空論のことか?あれに興味があるのはお前ぐらいだろう。そもそもあれは実現不可能———
「まぁまぁ、最後まで話をさせてくれよ。タオは僕の"目標"を知っているよね?」
『……ああ。"全人類の平和"、だろう?お前もほとほと馬鹿な奴だな。そんなもの実現するはずがない』
「実はね、それを実現するための方法を考えついたんだ」
『……お前、それを言うためにビデオ通話をしてきたな』
「あはは、バレちゃった。まぁでも、僕たちが対話するための話題としては充分でしょう?タオもタオの"目標"について語ってくれてもいいからさ」
『はぁ、たく、お前の言う"目標"は元々ルルの"目標"だろ?
アイツは夢見がちだからな。お前も無理に付き合う必要はないんだぞ』
「ちょっと、僕の"彼女"を馬鹿にするのはやめてくれよ。いいじゃないか、夢みがちで。君は逆に現実的すぎるんだよ。まずはその堅苦しい言葉遣いを変えてみたら?君も一応女の子なんだし」
『………………』
「すまない、失言だった」
『……話が逸れているぞ。お前らの目標とその第4の水面下理論に何の関係があるんだ?』
「簡単な話さ。この理論を使えば僕の考える方法論を実行できる」
『"神を媒体にした"謎"という概念との接続"だったか?お前が学会に提出して鼻であしらわれたやつだな』
「彼らの見る目がないんだよ。それよりもまずはこの方法論について説明しないとね。タオ、いきなり質問するけど、タオはこの世の"根源"は何だと思う?」
『難しい質問だな。幻素出現以前だったら始まりのビックバンだと答えるが、今は宇宙は存在せず、物理法則は根底から覆っている。だからはっきりと定義づけることはできない』
「その通り。だけど、それは宇宙が存在していた頃もだよ。始まりのビックバンが本当に"始まり"なのか、そもそも宇宙が誕生する前に空間は存在している。だったらその空間は一体何なのか、その空間はどうやって誕生したのか……我々人類、いや、知的生命体の探究に終わりはない」
『………結論、何が言いたいんだ』
「この世の全ての根源は"謎"だってこと。そしてこの"謎"こそが、"真の永遠"なんだよ」
『"真の永遠"……なるほど。そこは理解している』
「確か君の方法論もこの"真の永遠"を利用するんだっけ?だったら説明は不要だったかな?」
『いや、証明するために必要な過程なのなら省くべきではない。続けてくれ』
「りょーかい。……また、"謎"というものは全ての根源であるが故に、当然我々人類にも接続されている筈だ。だけどおかしいと思わないかい?"真の永遠"であるはずの"謎"と接続されているのに、人は、"歳をとったら死ぬ"」
『つまり、"永遠ではない"』
「そう、接続されているのにその特性が発揮されていない。その理由は何か、答えは明白、"共依存"が存在していないからだよ」
『"共依存"?』
「全ての生命、物質、概念には必ず根源が存在する。根源のないものは存在しない。言い換えれば、根源という概念は、その存在レベルが高すぎるんだ」
『……つまり、たとえ人類が消滅したとしても、他の生命体、物質、概念がある限り、根源という概念が消滅することはない。だから、わざわざ人類を永遠にする必要がないってことか』
「その通り。流石タオ、理解が早い。……人類が恒久的な平和を手に入れるためには、"真の永遠"になる他ない。そのためには人類と"謎"との"共依存"が必要になる」
『……少し極端すぎないか?永遠になるということは、死という概念から解き放たれるということだ。終わりのない旅を続ける必要があるということだ。私やお前は兎も角、他の一般人がそれに耐えられるとは思えない。そんな世界で本当に平和が訪れると思うのか?』
「タオ、君は人類の凄惨な歴史を知っているだろう?生き残るために闘争を繰り返し、やがて戦争という狂気に飲み込まれ、善人ですら倫理観を捨てざるを得なくなる。……前まで気さくだった酒場の店主が、敵国の兵士の指を、笑顔で切り落としていたんだ……全ては、人間が死に恐怖しているからこそ起きたことだ。ルルはそんな地獄を見てきたからこそ、あの目標を掲げたんだよ」
『……分かった。話を戻そう。それで、具体的にはどうやって"共依存"を創り出すつもりだ?』
「"神の役割という概念"を利用するんだ。神はこの世で最も"謎"に近い概念だからね。人類は古来から、理解できない、わからない、つまり"謎"だと感じたものを神という媒体を通して説明してきた。つまり、神と謎は密接に関係しているんだ」
『確かにな』
「ここから重要だよ。現在、神の役割のはずだった"謎"に対する説明は、科学によって置き換わってきている。今や神を本気で信じている人間は殆どいない。せいぜい小説やゲームで超常存在として使われているぐらいだ。つまり、"神の役割という概念"が上書きされてきている」
『……それがどうしたんだ?』
「"神の役割という概念"からしたら、これは由々しき問題なんだよ。自分の存在レベルが現在進行形で低下しているんだからね。必然的に、人類との呼応を求めてくる。僕はそれを利用するんだ」
『つまり、"神の役割という概念"のあるべき姿を、人類に知覚させるということだな』
「あはは、やっぱりタオとの会話は面白いね。その通りさ、それで知覚させる方法のことなんだけど、これが少し非人道的というか、なんというか……」
『言ってみろ。考えるだけなら誰にも害はないからな』
「……全人類の五感を消し去る」
『……夜も深くなってきた。そろそろ切るか』
「ちょ、ちょっと待ってくれ誤解だ!最後まで話をきいてくれ!別に後から五感は"手に入る"から!ああ待った待った席から離れないで!今度美味しいご飯ご馳走するからさ!」
『……仕方ない。話を続けろ』
「ふぅ、危ない危ない……まぁ、消し去る理由は単純なんだよ。それが一番"謎"を観測しやすいんだ。味覚、聴覚、視覚、触覚、嗅覚、それらが無くなると、人は自分の内奥と対面せざるを得なくなる。まず間違いなく、人々は困惑し、恐怖し、そして理解しようとするだろうね。だけど、それは不可能に近い」
『それはそうだろうな。自分がどこにいるのかすらわからない状態が突然急に自分を襲うんだから、とてもじゃないが科学的根拠を探れるとは思えない。それに場合によっては、自我すら消滅してしまうかもしれないな』
「それを防ぐために、突然起きたその現象に対して、なんらかの"説明"をしようとするだろう。例えば、"神の仕業"にしてしまうとか。もしくは、"神のような何か"が自分をこんなふうにしたんだとか。この瞬間、"神の役割という概念"を人類は再び蘇らせ、それにすがるはずだ」
『そして"神の役割という概念"も、人類を必要としている。なるほど、確かに"共依存"だな。だがそれはあまりにも論理が飛躍し過ぎていないか?』
「その論理の飛躍を埋めるのが、"第4の水面下理論"さ」
『"この世界には第4の壁があり、我々はその先には干渉できないが、壁の向こう側にいる存在も、こちらには干渉できない。だが、実際には我々が小説や漫画やゲームなどで世界観を構築し、その中でキャラクターを動かしているように、向こう側にいる存在がこちらの世界を構築し、自由に操作している可能性はある"』
「"そうだと仮定するなら、我々がその第4の壁を認識し、その壁に隙間無く張り付き、我々の世界を見下ろし、全てを把握することができたのならば、たとえ第4の壁を超えずとも、世界を操ることは可能である"……いやぁ、マリー先生は本当に凄いことを考えつく」
『馬鹿馬鹿しい。たとえ第4の壁に到達したとしても、世界を自由に操るなんて不可能だ。認識と実行は別物なんだぞ』
「タオ、別に世界を自由に操る必要はないんだ。あくまで理論が成立していることを"証明"するだけでいい。つまり、より"高い視点"からこの方法論を観測することで、方法論そのものの存在レベルを高める。たとえ理論が飛躍していても、成立してしまうほどに。そのための高台が、"第4の水面下理論"なんだよ」
『その話からすると、お前だけは高台に登って五感消失を免れるということだな。卑怯者め』
「君だって、君の方法論を使ったら免れることはできるだろ?それに僕の方法論はそこで終わりじゃない。ここからが本番なんだよ」
『まだやるべきことがあるのか?"共依存"が達成されたのならそれで"真の永遠との接続"は完了したはずだろ』
「確かに、接続はされている。だけどそれは、"真の永遠との接続"ではない。あくまで"概念との接続"なんだよ。神を媒体としている以上、どうしてもその概念性に囚われてしまう」
『……つまり?』
「もしも、もしもだよ。"概念すらも超える概念"が発生した場合、我々と"神の役割という概念"の接続は簡単に途切れてしまうんだ。その場合、"共依存"も消えて無くなる」
『要するに、繋がったは良いものの、その接続が脆弱だから強化しなくてはならないってことか?』
「そうさ、だけど強化する場所は"人類と神の役割という概念"じゃない。"神の役割という概念と謎という概念"だ。この説明をするために少し補足を入れると、"謎という概念はもはや概念ですらない"」
『……どういうことだ?』
「謎というもの自体は確かに目に見えないよね。だけど"必ず存在"している。他の概念と違って、"決して消えることはない"。こんな代物を、果たして"概念"という言葉だけで包括することは出来るのだろうか?いや、できない」
『……ふむ』
「そんな"謎"と"神の役割という概念"の接続を強化すれば、謎の持つ概念をも超えた存在性を"神の役割という概念"は手に入れることができる」
『そしてそんな"神の役割という概念"と"共依存"という関係になっている人類も、その恩恵を得られる……と。なるほど理屈は理解した。だが肝心の強化する方法何なんだ?』
「……この世の"奇跡"を使わせてもらう」
『……"幻素"か』
「強化するには莫大なエネルギーが必要だからね。そのエネルギーを幻素で生み出そうってわけだよ。まぁ、そこが今のところ無理だから行き詰まっているんだけどね」
『全人類の五感を消し去る方法と、第4の壁に到達するための方法もだろうが』
「うう……確かに……けど、どうだい?もしその3つの課題がクリアできたら、実現しそうだろう?」
『誰もやったことのない実験に結論を出すことは出来ない。それにその3つがどれだけ無謀なことか理解しているのか?』
「……無謀でも、それを夢見る権利は誰にでもあるだろう?けど僕の場合、それに"挑戦"する気でいるからね」
『……頼むから、それを実行する上で無茶なことだけはしないでくれよ』
「あはは、分かってるよ。タオは心配性だなぁ。僕はルルが悲しむことはしないからね。ちゃんと真っ当な手段で課題を乗り越えていくよ。それより、僕ばかり喋ってしまったから次は君の方法論について聞かせてよ。実は気になってたんだよね。僕とは別の方法で"真の永遠"に辿り着く手段が何なのかさ」
『すまない。それはまた今度にしてくれ。弟が寂しくて眠れないらしいから私はそろそろ切るぞ』
「そっか、わかったよ。じゃあ明日の昼は空いてる?」
『随分と急だな。明後日じゃ駄目か?』
「明後日はルルとのデートがあるから無理」
『なるほどな。じゃあ明日でいいぞ。その代わり、食事ができて、東方の酒も飲める場所で集合な。勿論、昼食は奢ってもらうぞ』
「奢るのは構わないけど、昼から酒を飲むつもりかい?それも巨人をも眠らせる"赤龍酒"を」
『東方の酒はそれだけじゃないんだが……私が酒に酔うことはないから安心しろ』
「確かにそうだね。じゃあそろそろお開きにしようか。今日は付き合ってくれてありがとう。……酒を使ってすら眠れない憐れな"龍"が、安眠できる夜を願っているよ」
『ふん、私も人の心を理解できない"怪物"が、博愛の賢者に絆されるのを期待しているぞ』
——記録終了