酔っぱらい聖女
聖堂では現物支給ばかりで、手持ちは銅貨二枚だけ。
バイトで暮らしてた時の方がずっとお金持ちだった。何で聖女なんかに選ばれちゃったんだろう。
…エールでいい。飲まずにやってられっか。
聖堂から抜け出した私は、街の酒場に行った。
だって仕方ないじゃない。力が出てこないんだもん。
手なんか抜いてない。ずっと頑張ってきたのに。
傷を治せなくなったのは、力がなくなっちゃったから。意地悪して治さないんじゃない。
城壁の守りのコーティングだって、もう全然できない。
どんな力だって、いつかはなくなるもの…。それが、今だっただけ。
私にもわからないんだもの。どうして力がなくなっちゃったのか。
「それでも聖女か?」
「前より効きが悪くなってない?」
「手抜きかよ」
…人が、一生懸命働いてるのに。文句ばっかり言って。
聖女を何だと思ってんのよ。
ばっきゃーろ―――!!
ぐび、ぐび、ぐび、ぐび…
ぷはぁ。
うおおおおお、しみるわー!
「いい飲みっぷりだね。惚れ惚れするな」
サービスでつけてくれたつまみのナッツをかじり、二杯目のエールを空けた時、隣に座っていたひげ面のおっさんが声をかけてきた。
「何? なんか文句あんの?」
「いやいやいや、お近づきのあいさつ代わりに、一杯おごろう」
私のジョッキが空になったのに気付いたおっさんが手を上げて注文すると、目の前にはエールの入ったジョッキが二つどんと置かれた。差し出されるまま、一方を手にする。
「ありがとー! カンパーイ!」
おっさんとジョッキを合わせ、笑顔をサービスして、即、飲むべし。
ぐび、ぐび、ぐび、ぐび・・・・・ぷはあああ!
「魔水牛のチーズとハムのセット」
「はいよ」
おっさんは追加でつまみを頼み、私の前に置いた。
「一緒につまんでいいよ」
「わーい!」
遠慮なくチーズを一切れいただく。うーん、いけるわー。それに聖堂じゃ滅多に食べられない分厚く切ったハム。うほほほー。この歯ごたえ!
「ずいぶん酒が進んでるな。やけ酒?」
「そうそう。…私、失業しまーっす!!」
「失業?」
髭のおっさんは少し首をかしげて私をじっと見た。
「そうそう。明日、住んでるところも出ちゃいまーっす! 今日は最後の酒盛り。カンパーイ!」
こんな暗いネタでもちゃんとジョッキを合わせて乾杯してくれた。付き合いのいいおっさんだな。嫌いじゃないよ。
「いやあ、ちょっとスランプでねー。…魔力の枯渇? なのかな? このところ力が使えなくなってきたなーと思ってたんだけど、まっずいポーションとか飲んでみてもどうにも駄目で。昨日からとうとうすっからかん。全然魔法、出ません! 頑張ってどうにかなるもんでもないしー。追い出される前に、明日には今いるところ、出ていくんだぁ」
力の使えなくなった聖女なんて、タダ飯喰らいのやっかいもんでしかないもん。このところ、クレームの嵐だったしなー。聖堂も喜んで追い出してくれるはず。
聖堂を出たら、何して食べていこう。こんなおいしいチーズなんて、もうこれが最後かも。
「…う…。ううっ。チーーーズっ、おまえともお別れかー!」
感情の波にのまれ、泣きそうになったところに、
「ほれ、喰え。あーん」
言われるままに口を開けると、ローストチキンが飛び込んできた。
「うまいか?」
「・・・ほいひい」
ピタッと涙が止まり、しばし堪能。いい焼き加減だわー。
これ、おっさんの晩御飯だったみたい。ごくりと飲み込み、じっと見ると
「もう一切れだけだぞ」
そう言ってくれたので、あーんと口を開けて待ってると、上品な手つきで切り分け、もう一切れ口に入れてくれた。おいしさにモグモグとかみしめる。
ああ、私、幸せかも。
後ろのテーブルから、
「よ、お隣さん。あいさつ代わりにおごらせてくれよ」
と、またしてもジョッキが振る舞われた。
「ありがとー! みんな、気前いいわねえ。今日はいいことあった?」
「やっと遠征から帰って来られたんだ。三カ月だぞ。はぁー、今回もきつかった!」
「いいわねえ。私はさーいーあーくー! もう力は使えませーーん! 明日から、喰いっぱぐれまーっす! カンパーイ!」
「カンパーイ!」
ぐび、ぐび、ぐび、ぐび・・・・ぷはぁ!
いやあ、いいわねー。力がなくなったことなんて、何ちゃないように思えてくるわ。
よく考えてみれば、私一人の力がなくなったくらい、別に何ってことないんじゃない?
一週間もすれば新しい聖女様が派遣されてくるだろうし、私程度の治癒魔法使いなんかいっくらでもいるし。そんなに挫けることもないか。
もう一枚、チーズをいただき。続いてエールをぐびっぐびっぐび。
あー、うまっ。
「最悪のお姉さん、どうぞ! これでも食べて元気出して」
おお、そら豆の塩ゆでの差し入れ。
「ありがとう! …明日からはポーションもどきでも作って売り歩くか。がんばって旅費を稼いで、知らない街で暮らしてみるのも素敵よね。ね、ね、そう思うでしょ?」
特に誰にともなく話しかけると、隣のおっさんが
「どこか、行きたいところあるのか?」
と聞いてきた。
「べっつにぃ。ここ以外だったら、どこでもいいわよ」
「ここが嫌なのか?」
「ここはいいところだよー!! はいはい、ここはいいところだ。いいねえ。きれいな湖、魔物の住む山は遠く、瘴気はないし、街の周りには聖壁完備。…って、聖壁はもうないか。あはは」
調子がいい時はちょちょいのちょいだったんだけどなー。城壁に守りの力をコーティングするくらい。もう一週間、力を補充できていなくて、城壁はほとんどただの壁。
ただの壁でもないよりいいじゃない。そうだそうだ!
思えば、調子落ちてきたのって、いつくらいからだっけ?
お城の討伐隊が西の森に魔物退治に行ったあたりかなあ。
そういえば、退治、終わったんだっけ? 覚えてませーん。あはは。
「いてっ」
後ろの席にいた若いおにーちゃんが、肉を切るナイフで指先を切っていた。力さえあれば、あれくらいの傷、治してあげられるんだけど。
と、見守ってる目の前で血が止まり、傷がふさがっていく。本人も、周りの人も驚いてるよ。
誰か、治癒魔法使った? しかも手をかざしもしないで治すって、結構凄腕。
「…すげえ。近くに聖女でもいるんじゃないのか?」
どきっ!
いはする。いはするけど、今の私は何の力もない役立たずですよ。私じゃないよ。
治したの、誰だろう。新しい聖女様? この中にいる?
きょろきょろ見回しても聖女っぽい気配はないけど…。
でもま、いっか。治ったなら結果オーライ!
「聖女様にカンパーイ!」
「カンパーイ!」
「みんなに一杯づつ、俺のおごりだー!」
手を切ったおにーちゃんがそう叫ぶと、もう一杯、エールがテーブルに運ばれてきた。
いやぁ。今日のお客さん、気前いい! 好きっ!
この街最後の夜が、盛り上がって嬉しいよ。
新しい聖女様が来たなら、きっと聖壁も復活だ。
よかったねー! うん、よかった!
-*-
髭面の男アリオは、聖女フェリアが頬をつついても目覚めないのを確認すると、
「よっこらしょ」
と背負いあげ、自分とフェリアの分の勘定を済ませた。
フェリアの払いはたった銅貨二枚。エール二杯分だけだった。
「またずいぶんタダ酒をくらったもんだ…」
「隊長、お帰りですか?」
後ろで飲んでいた一団が、ジョッキを軽く上げてアリオに声をかけた。
「…今日は俺のおごりだ。好きなだけ飲んでゆっくり休め」
「あざーっす!」
店内にいた客が一斉に感謝の言葉を発した。
アリオは支払いを後で屋敷に請求するように言うと、店も心得たもので、
「いつも討伐隊と聖女様のごひいき、ありがとうございます」
と満面の笑顔で礼を言った。
その日、街に戻ってきた討伐隊のメンバー達は、なじみの店で食べ物も酒も遠慮なくたらふく食いまくり、中には家族への土産まで注文する者もいた。店には柔らかな滋養の魔法が広がっていて、三カ月にわたる魔物討伐で疲れていた面々を優しくいたわってくれた。
自宅に着くと、アリオは出迎えた執事たちにもう寝るよう伝え、フェリアを自室のベッドに寝かせた。
完全に油断した顔で、にやにやにやけながらいい夢を見ているのだろう。
髭が生えただけで人の見分けもつかない、どんくさい聖女には毎度のことながら呆れるしかなかった。
アリオがまだ騎士団の討伐隊で中堅どころだった頃、治癒魔法使いとして臨時に雇われたフェリアと出会った。何度か共に討伐に出かけ、魔物や悪党から守ってやり、傷を癒してもらった。
型破りな二人が組めば本来の目的以上の成果を上げ、やがてアリオは討伐隊の隊長となった。
アリオとフェリアは生涯を共にする約束をしたが、それが果たされる前にフェリアを聖堂に取られてしまった。フェリアは戦いの中で癒しの力に加え、守りの力まで発揮したために、ただの魔法使いではない「聖女」と認定されてしまったのだ。
聖女となったフェリアは聖堂で暮らすようになり、城壁への防御の力のコーティングと、街での治癒の奉仕に専念することを命じられた。街の外に出るには許可が必要となり、共に遠征に行くこともなくなった。もちろん、結婚の目途も立たないままだ。
やがて異変が起こった。
アリオが遠征に出かけると、フェリアの力はどんどん弱くなっていくのだ。
フェリアは街でアリオの帰りを待つ間、アリオの遠征先まで守りの力を飛ばしていて、本人が自覚しないうちに力をどんどん消費していた。
いくら心配とは言え無茶な力の使い方で、二カ月もするといつもの聖女としての仕事がろくにできなくなった。
許可を得て遠征に連れて行けば、城壁の守りの力が薄まり、それが王の不興を買い、街の外に連れ出すことが禁止されてしまった。
遠征に行けなくなったフェリアは、討伐隊が戻るのを聖堂で大人しく待つしかなかった。
アリオが遠征に行くたびに力は不安定になり、期待にそった結果を出せなくなった聖女に周りは冷たかった。聖壁とまで言われた城壁の守りの力は消えてゆき、治癒を施すのも時間がかかり、手を抜いていると責められ、もう駄目だ、聖女をやめる、街から出る、と騒ぎを起こし、聖堂から脱走したのも二度三度では済まなかった。
偶然なのか、運命の導きか、脱走した日かその翌日にはアリオは討伐から戻り、フェリアを見つけて討伐隊のみんなと一緒に酒を飲み、うまいものを食べて過ごした。すると翌日には力が戻り、いつしか「愛の力」で聖女の力が満ちると噂されるようになっていた。
今となっては聖堂も不安定なフェリアの力に固執することはなく、王もまたフェリアを街に縛り付けただけでは守りの恩恵を受けられないことを把握している。
だからこそ、三カ月もの長い遠征に出かけ、王の望みを叶えたのだ。
ゆっくり風呂につかり、伸び放題だった髭を剃り、部屋に戻るとフェリアは完全に寝入っていた。
部屋の中には酒場と同じ滋養の魔法が広がっていた。聖女の力は絶好調らしい。
「ただいま」
アリオはフェリアの額に口づけをして、三カ月ぶりの我が家の寝床、…の横にあるソファで眠りについた。
翌朝、目覚めたフェリアはそこがアリオの部屋でも驚くことはなく、自分の家のようにくつろいでいた。深酒の翌日は大抵この部屋で目覚める。いつものようにアリオが酒場から連れて帰ってくれたのだと、待ち焦がれていた人の帰還を喜んだ。
ソファで眠っていたアリオをじっとのぞき込んでいると、視線に気が付いたのか、アリオが目を覚ました。
「おはよう。無事戻ってきたのね」
寝起きすぐに目の前に寄せられたフェリアの顔を見て、アリオは討伐から戻ってきたことを思い出した。
「あ…、ああ。ただいま」
「おかえりなさい」
フェリアはアリオに軽く口づけすると、
「今日もいい天気ねー」
と言って大きく伸びをし、窓の外に向かって守りの力を放った。
さっきまでほとんど力をなくしていた城壁が、守りの力でコーティングされ、みるみるうちに強化された。
「絶好調! やっぱりアリオがいてくれると、力が満ちて来るわー!」
空中を舞う力の名残の光を眺めながら、今日の朝食は何だろう、と昨日飲んだくれて弱音を吐き、愚痴っていたことなどすっかり忘れた様子のフェリアに、アリオは思わず苦笑した。
「今回の討伐で、翼竜を仕留めた。これで王もようやく君との結婚を許してくれたよ。もう聖堂に戻らなくてもいい。ここで一緒に暮らそう」
王との約束を果たし、ようやくフェリアを聖堂から解放し、自分のものにすることが許された。
力があっても、なくなっていても、今日フェリアが聖堂を出ることは決まっていたのだ。
フェリアはこくりと頷くとにんまりと笑みを浮かべ、アリオの隣に座ると、アリオの肩に頭を乗せた。
「許してもらえなかったら、一緒にこの街を出ていくだけだったのにね」
アリオはフェリアが望めば今いる屋敷も討伐隊の隊長の職もすべて捨てる覚悟はあった。しかし王は聖女の力も、討伐隊隊長の力も失いたくなかったのだろう。
「この街から出ていきたかった?」
あえて聞き返すと、少しだけ考えてフェリアは答えた。
「…どっちでもいいわ、あなたがいれば」
笑顔で甘えてくるフェリアも、そして王や聖堂の司祭を含めた周りの者達も、フェリアの力は愛によって満ちてくると信じているだろう。アリオのそばにいれば安泰だ、と。
しかし、アリオは知っていた。
愛の力では半分も満たせない。
フェリアの本当の力の根源は、酒だということを。
お読みいただき、ありがとうございました。
2022.12.25 メリクリ