ピクニック、きなことの再会
「本当に行くんだな…。」
朝の支度を終えて、玄関に行くとリック兄様が、ボソッと呟いた。
「そうですよ?リック兄様、どうしました?」
「家族で何かするとか、母様がいなくなってから初めてだから驚いてる。」
「え?そうなのですか?」
「そうなんだよ。父上は仕事で、休みがほとんど無かったし、帰りも遅かったから。」
「え?では、今回は無理してくれたんですかね…。」
お父様、本当に大丈夫だったのかな…?
「それは、リーナに誘われたからだよ。俺らでは、こうはいかない。」
「そんなことないと思いますが。」
「そんな事あるんだな~。」
「では、誘った事はあるのですか?」
「「それは…。」」
リック兄様とリオン兄様が顔を見合わせる。
「したことがないなら、分からないではないですか。」
「「…」」
「今日は、せっかく皆で行くのです。楽しみましょう。兄様達行きますよ。」
私は兄様達の手を掴み、外に出ようと歩き出した。
「リーナ。まだ父上が来てないよ。」
「…あ、そうでした。」
「リーナ…。」
後ろから、悲しそうな声が聞こえる。
振り返ると、お父様の姿があった。
「ごめんなさい。お父様。」
「謝られると、さらに…。」
「皆で出かけられるのが嬉しくて、つい…。」
「良いんだよ。分かっている。仕事にかまけて、家族との時間を蔑ろにしていた。私が悪いのだ。リックとリオンも今まですまなかったね。」
その言葉にパトリックもダリオンも目を丸くした。
もしかしてお父様、さっきの話を聞いていたのかな?
「さぁ、行こうか。」
外に出ると、アルは馬車の屋根へ止まり、ルーフは御者席に陣取った。
外の空気を感じたいらしい。
御者は驚いていたが、理由を話すと納得してくれた。
「自分も犬を飼っているので、分かります。何故か風とか好きですよね。」
「ふふっ。そうなの。なぜなのかしら。」
私達は、2台ある前の馬車に乗り込んだ。後ろの馬車はそれぞれの侍女と荷物が乗る。
私は、ピクニックへ行くだけなのに、キャンプ並みの荷物の多さに驚いていた。
「お父様。今日は日帰りでしたよね?」
「そうだよ。」
「あの荷物は?」
「色々いるだろう?パラソルに、テーブル、イス、お茶セット、食器etc…。」
「それ、殆どいらないと思います。」
「いや、いるでしょう。」
「いるよな。」
お父様と兄様達は、荷物の多さに疑問を持っていない。
この世界では、きっとこれが普通なんだ…。
「リーナの記憶ではどんな持ち物なんだ?」
前世ではどうだったかという事よね?
「私が思っているピクニックの道具は、皆が座れるくらいの大きさのシートにお弁当と水筒です。」
「それだけか?」
「はい。」
「野営訓練の様だな。」
「野営訓練ですか?」
「騎士の訓練の1つだよ。騎士は野宿することもあるからね。」
「学校でも、男は勉強の一環として経験するぞ。」
「男は?女生徒はしないのですか?」
「しないよ。」
「何故ですか?」
「汚れるし、大変だろ?」
「でも、野宿する様な事態が起こるかもしれませんよ?経験しておいて損はないと思いますが?」
「女性騎士を目指すとかない限り、そんな事態は起こらないと思うよ。」
「そうでしょうか。」
「そうだよ。」
出発から2時間後、目的地に着いた。
馬車から降りると、目の前に花が広がっている。
「これって、芝桜!?」
「知っているのか?」
「前世で、私が好きだった花です。こちらでも見れるなんて!」
「それは良かった。来たかいがあったな。」
「お父様とお母様の思い出の場所に私の好きな花…。何か勝手に運命を感じます。」
「そうか。」
「父上と母様の思い出の場所なのか?」
「そうですよ。新婚の時にいらしたそうです。」
「ふたりのそういう話初めて聞いた。」
「僕も。」
「ゴホン。…恥ずかしいからその話はやめようか。」
「…母様との話、聞きたいです。」
リオン兄様が小声で話す。
「そ、そうか?それなら…」
お父様は何かを察したのか、恥ずかしがりながらも、思い出話を話し始めた。
「…というわけなんだ。」
お父様は顔を赤くしている。
「聞いてるこっちが恥ずかしい。」
リック兄様は溜息をついているが、リオン兄様は話を聞けて満足そうだ。
「聞けてよかった。父上、また僕達の知らない母様の話を教えてね。」
「もちろんだ。」
「良いな~。私も恋したいな~。」
「「「まだ、早い!!」」」
私がそう言うと、3人に勢いよく否定される。
「あら?恋に年齢は関係ありませんよ?」
「「「まだ、3歳だろ!?」」」
「むぅ…。中身は大人。」
「大人は『むぅ』とか言わない。」
「むぅ!」
大人な筈なんだけど…。やっぱり実年齢に引っ張られる事もあるのは確かだ。
その後は、話をしている間に侍女たちが準備をしてくれていた軽食を取ることになった。
ちなみに、ルーフとアルはついた瞬間に動き出し、外を満喫している。
現在、ルーフは芝の所に身体をグリグリこすりつけ、アルは、私達の頭上を大きく旋回している。
昼食は、サンドイッチだった。
これはこれで美味しいけど、おにぎりが食べたい。
そういえば、食事にリゾットらしき物は出てくるけど、ライスとしては、出てこないのは何故?
「お父様。この世界に白米やおにぎりってありますか?」
「白米?おにぎり?」
「お米です。うるち米。」
「コメ?茶色くてボソボソしているアレか?」
「あれは、スープで煮ないと美味しくないよね。」
「それに、臭いんだよな。」
お父様と兄様たちは、苦い顔をしている。
「作る前の下処理が必要なんです。今度、私が作ってもいいですか?」
「できるのか?」
「前世では、主食でした。任せてください。この身体では、したことないけど、きっと大丈夫だと思います。」
「では、期待しようか。帰ったら、料理長に話をしておこう。」
「はい。お願いします。」
楽しみ~。
昼食を食べ終えた頃、ルーフと、アルが私のところへ来た。
「なかなか来ないから、先に食べたよ?はい。これがふたりの分。」
「ありがとう、リーナ。」
「腹減った。と、その前にあいつがここから、近い所にいるぞ。」
「え?」
あいつって、きなこ?
「そう。」
「こっちに向かって来てるよ。」
「お父様!」
「ああ。来るまでここにいよう。」
「ありがとうございます。」
“きなこ!ここから近いの?あと、どれ位?”
“和菓!時間は分からないけど、あと一走りくらいかしら。”
「一走りくらい?」
「どうしたんだ?」
「きなこが、あと一走くらいで着くそうなんですが、一走りってどれくらいなのでしょうか?」
「なんの動物になっているんだ?」
「分かりません…。」
「なら、分からないな。」
「そうですよね…。」
「大丈夫だ。焦らず待とう。」
「…はい。」
そう返事したものの、サリーナは落ち着かず歩き回る。
すると、その近くの茂みから何かが飛び出して来た。
「リーナ!」
ルーフが、サリーナと何かとの間に駆け込む。
「え?」
ドン!
「ルーフ!?」
ルーフと何かがぶつかった。
「イテテテテ…。」
「ちょっと、体力バカ!何しているのよ。痛いじゃないの!」
「お前こそ何してんだ。リーナが怪我するだろ!」
「リーナ?」
その何かがルーフ越しに、こちらを覗き見る。
大体予想はついていた。
「きなこ?」
ヒョウだ!
「和菓!………あら?小さいわね。」
「今の名前はサリーナ。3歳よ。」
「そうなのね。サリーナ、またよろしくね。」
「こちらこそ。私の事はリーナと呼んで。…早速だけど、呼び名をこちら用に変えたいのだけれどいい?」
「きなこでは駄目なの?」
「そうなの。大人の事情で…。」
「なによ、それ。…まあ、和、じゃなくて、リーナがつけてくれるなら良いわ。」
「テーラ、パール…。」
「パール。響きがきれい。」
「では、パールにしましょう。…パール、こちらへ来て。今の家族を紹介するわ。この人達の前なら話しても大丈夫。でも、他では心の会話でお願い。」
「分かったわ。」
「こちらは、お父様。リック兄様に、リオン兄様よ。あちら(少し離れた所)にいるのは私達のそれぞれの侍女よ。私付きのメルは貴方達が話せる事を知っているけど、他の人達はまだ知らないから、気をつけて。」
「はぁ~い。」
「リーナをよろしく頼む。」
「任せて。それにしてもいい匂い。」
「サンドイッチを食べていたの。ごめんなさい。もうないわ…。」
「そう。仕方ないわね。帰ったら期待してる。」
「うん。」
「それでは、予定より早いが帰ろうか?」
気を利かせて、お父様が提案してくれる。
まだゆっくりしたいけど、パールがお腹をすかせちゃう。
「まだ良いわよ。来たばかりなのでしょう?馬がまだ疲れているわ。」
「パール。分かるの?」
「ええ。だってすぐに捕まえられそうだもの。」
「………食べちゃだめよ?」
「食べないわよ!」
「でも、お腹が空いてしまうでしょ?」
「そうだけど、魔力も供給されているし、死なないから大丈夫よ。」
「そうなの?」
「そうよ。不思議な感覚なの。魔獣になる前の感覚があるからかしら。お腹は空くの。でも、食べなくても体力も落ちなければ、死にもしないわ。」
「それは、光りの人が言っていたの?」
「感覚でわかるのよ。それに、こちらへ来て何も食べてないけど元気な私が証拠ね。」
「何も食べていないの!?」
「ええ。食べたいものがなかったのよ。」
猫ってグルメだもんね…。
「じゃあ、お言葉に甘えて。お父様、もう少しのんびりしましょう。」
「良いのかい?」
「パールから穏やかな気持ちが伝わってくるから大丈夫。」
「そうか。」
そうして、私達はのんびりした時間を過ごした。