鑑札
サリーナは今、王城へ来ている。
応接室に通され、目の前にひとりの男性が座っている。
「いつも父がお世話になっております。娘のサリーナ·スウィンティーでございます。よろしくお願いいたします。」
「ああ、はじめまして。この国の国王だよ。そこへ座って。」
「は、はい。失礼いたします。」
私は陛下から机を挟んだ場所にあるソファへ座った。ソファの背もたれの上にはアル、足元にはルーフが座る。
陛下?…で良いのよね?
何か軽い?
「早く申請の受理をお願いします。」
陛下の横に立つお父様が無表情で言った。
「ジャック。そんなに慌てないでくれよ。」
「チッ。」
お父様、舌打ち!?
「ほら。サリーナちゃんが驚いているよ。」
お父様はそれを聞くと、慌てたような顔に変わった。
「リーナ、大丈夫だ。早く終わらせて、帰ろうな。さあ、早くお願いします。」
「お父様…。」
それにしても、二人の関係性って…。
「はいはい。…まずは魔力の量を。」
そう言いながら、机の上へ体重計のような物を出した。
陛下って、こんな事もするの!?
「さぁ、ここに手を乗せて。」
「えーと、こうですか?」
「そうそう。それで、魔力を流し込む。」
「流し込む?」
「魔力操作は出来るんだったよね?」
「1度だけ試したことはあります。」
「うん。ジャックにきいてるよ。」
「それと同じ要領で…。何かあっても私達がいるから大丈夫だよ。思いっきりやって。」
「は、はい!」
魔力操作と同じ…。
サリーナは目を閉じた。
血が流れるように…。
身体を巡って…。
サリーナの髪が揺らめく。
「ほぉ…。」
陛下が面白そうに笑った。
指の先から魔力を、機械に…。
サリーナは少しずつ魔力を流す。
体重計のような機械の目盛が大きい数字を指していく。
数字は、どんどん大きく、大きく、大きく…。
「まだか…?」
機械から煙が上がる。
「はい!ストップ!」
サリーナは、パッと目を開けた。
「えーと…。」
「リーナ!体調はどうだ?大丈夫か?」
お父様が、勢いよく近づいてきた。
「はい。問題ありません。」
「ジャック。お前の娘は、お前以上だね。測定不能だ。」
「…そうですか。」
「次は、契約獣の申請だね。これに記入が必要だが、字はかけるかな?」
「いいえ。」
「私が代筆します。」
「サリーナちゃんもそれで良いかな?」
「はい。」
私は、お父様に代筆を頼んだ。
お父様は、内容もきちんと読んでくれた。
「1、契約獣を悪用しない事。2、管理環境を整える事。3、鑑札を必ずつける事。4、有事には国に協力する事。」
「有事…。」
戦争とかって事よね…。
「リーナ。無理しなくて良い。」
「でも…。」
「現在、その兆候はないけど、もしその時が来たら、どんな協力とは書いていないから、前線でなくても良いんだよ。」
陛下がそれ言っちゃうの?
「分かりました。」
住所と名前を代筆してもらった最後に、私は拇印を押した。すると、申請書が光り輝く。
「すごい。」
「これは私の魔法だよ。改ざんされないようにして…」
「さぁ、リーナ。帰り支度を。」
お父様が陛下の話を遮った。
「お父様!流石に不敬です。」
「あー、良いんだよ。昔からこんな感じだからね。ここには他の者がいないし、王と宰相の前に友人だから。」
「…そうなのですか?」
「そうそう。他の者がいる時は、私もジャックもちゃんとしているよ。」
「そうなのですね。」
「サリーナちゃんは友達が欲しいかい?」
「いや、まだ必要ない。」
お父様が、私の代わりに答えた。
「サリーナちゃんに聞いているんだけど。」
「それでは。」
お父様は私の手を引き、立ち上がらせる。そして、ドアまで連れて行かれた。その後ろをアルとルーフもついてくる。
「鑑札はでき次第ジャックに渡すからね~。」
さらに後ろから、陛下の声がする。
「はい。よろしくお願いいたします。」
お父様は仕事がある為、王城に残る。私とアル、ルーフで馬車へ乗った。
「アル、ルーフ。リーナを頼む。」
「おう。」
「はーい。」
「リーナ。寄り道せずに帰りなさい。」
「はい。」
私達は、王城を後にした。
「ただいま帰りました。」
「サリーナ様。おかえりなさいませ。」
使用人の皆がお辞儀をして、出迎えてくれる。
3歳児に、この対応…。
元ただのOLの私は、いたたまれない。
「あ、うん。忙しいのに、ありがとう。」
「サリーナ様。着替えますか?」
「そうね。楽なものに着替えたいわ。」
登城用の正装ドレスは、重くて肩が凝る。
3歳で肩こり発症…。
皆そうなのかな?
私は私室に向かった。
後ろからメルがついてくる。
「はぁ…。疲れた。」
私は着替え終わった後に、部屋にあるソファへ倒れ込んだ。
「リーナ。大丈夫か?」
ルーフが心配そうに顔を覗く。
「大丈夫だよ。」
「そうか?リーナは、頑張りすぎるから…。」
そっか。あの時もこんな感じだったか…。
「ルーフ。あの時とは違うから、心配しないで。」
「ん。」
私はルーフの頭を撫でた。アルも近くに来たので、撫でる。
「右も左も、もふもふ。幸せ。」
「ふふふっ。サリーナ様、本当に幸せそうですね。」
「うん!鑑札ができたら、色んな所にお散歩も行こうね。」
「楽しみだ。」
「うん。うん。」
◇
そして、数日後には鑑札が届いた。
銀のプレートに私の名前とアル、ルーフ、それぞれの名前が書かれている。
「サリーナ。このプレートをアルとルーフへ、つけてくれ。どんな形でつけるかは、契約者に任されているから、好きにしていいぞ。」
お父様はそう言うと、加工職人を家に呼んでくれた。
お父様は仕事だった為、加工についての話し合いには、メルの他にロンドも立ち会ってくれる事になった。
「ルーフは首輪にするとして、アルはどうしよう?」
「この大きさでしたら、足につける様に加工することもできますよ。」
「足ですか…。」
“アル。どう?足に付けても大丈夫そう?”
“軽ければ問題ないよ~。”
「軽量加工はできますか?」
「少し削る許可をいただけるなら、可能です。」
「そうよね。お父様に確認しないと…。」
「すぐに確認いたします。」
そういうと、ロンドが部屋を出た。
「それでは、先に首輪のデザインを考えましょう。」
「よろしくお願いします。」
「まず、素材はどうしましょうか?チェーン、革、布がございます。」
「うーん。強度的にはチェーンが1番ですよね?」
「そうですね。」
「でも、重いと動きづらいかしら。」
「それは、あるかもしれません。革なら、強度も軽さも申し分ないかと。」
「そう…。チェーンと、革、両方のデザインを考えていただく事は可能?」
「もちろんでございます。」
職人はサラサラと、デザインを書いていく。
「すごいわ。」
「…そんなことありません。」
言葉は素っ気ないが、職人の頬は少し赤くなっている。
「できました。いかがでしょうか。」
チェーン、革、その2つを組み合わせた物の3パターンを出してくれた。
「ルーフ、どう?」
「うぉん!」
ルーフは、チェーンと革を組み合わせたデザインの紙の端に足を乗せた。
「確かにシンプルでかっこいいわ。そして、ここの編み込みは可愛いくもある。うん。これでお願いします。」
「畏まりました。」
コンコンコン
「失礼いたします。旦那様へ確認が取れました。」
「早かったわね。」
「手紙を飛ばしましたら、すぐに返ってきました。」
この世界は、対の魔法陣でなら手紙のやり取りができるのだ。
我が家には、お父様の仕事場と陛下の所ヘ繋がる手紙魔法陣がある為、今回はそれを使ったのだろう。
「それで、どうでしたか?」
「文字が消えなければ、問題ないそうです。」
「畏まりました。では、もう1つは足用に作ります。それでは、サイズを測りたいのですが…。」
それを聞くと、アルとルーフが職人に近寄る。アルは右足を差出し、ルーフは胸を張って、測ってもらうのを待つ。
「賢い子達ですね。」
「そうなんです!そして、可愛いのです!」
職人はすぐに作業に取り掛かると言って、帰っていった。
◇
次の日に、職人が完成品を持ってやって来た。
「もう出来上がったの?早い!」
「それはもう。頑張りました。」
「ありがとう!」
「長さや締り具合の調整もしますので、私がつけてもよろしいですか?」
私はアルとルーフを見る。二人が小さく頷いたのを見て、職人につけてもらうことにした。
「お願いします。」
アルとルーフは大人しくしている。
「終わりました。いかがでしょうか?」
アルもルーフも得意げに胸を張る。
その様子が愛らしい。
「クスクスッ。ふたりとも似合うわ。とてもいい。」
「メンテナンスは無料で行いますので、ご連絡ください。」
「分かったわ!ありがとう。」
「こちらこそ。ありがとうございました。」
職人が帰ると、アルとルーフはサリーナの私室から続く衣装部屋へ行き、大きな鏡の前で自分の姿を見ている。
「アル、ルーフ。気に入った?」
「ああ。これにしてよかった。」
「僕も足なら邪魔にならないし、軽くていい感じ!」
「良かったわ。これで、気兼ねなく外出が出来るわね。…そうだ!せっかくだから皆でピクニックに行くのはどう?お弁当を持って行って、外で食べるの。お父様に聞いてみましょう。」
私は、お父様が帰ってくるのを待って、ピクニックの話をしてみた。
「ピクニックか?久しく行ってないな。」
「そうなのですか?」
「ああ。昔、お前達の母とデー…ゴホン、遠乗りに行ったが、それ以来だ。」
お父様は照れくさそうに話してくれた。
「お母様とですか?」
「ああ。まだ、リックもいなかった時だ。」
「まぁ!新婚時代ですね!」
「…そうなるな。」
「お父様とお母様は恋愛?それとも、政略結婚ですか?」
「難しい言葉を知っているな…。」
「それでどうなんですか?」
「れ、恋愛だ。同級生だった。」
お父様の顔が真っ赤になっていく。
何か可愛いな。
「お父様が、お母様と行った所に行ってみたいです。」
「…そうか。それなら、次の私の休みに行こうか。」
「本当に?良いのですか?」
「もちろんだよ。」
「やったぁ!お父様ありがとうございます!…リック兄様、リオン兄様!」
サリーナは、すぐに兄達に知らせに行った。
「あんなに喜んでくれるとは…。仕事を調整しないとな。」
ジャックは、笑顔でサリーナが出ていったドアを見つめる。
「旦那様も嬉しそうですね。」
「可愛い娘からの誘いだ。嬉しくないわけがない。」
「奥様が亡くなられてから、心配しておりましたが、最近の旦那様は以前のようで、安心いたしております。」
「……心配かけたな。」
「サリーナ様のおかげですね。」
「そうだな。」
そして、あっという間にピクニックの日がやって来た。