あんことの再会
次の日
お父様は宰相の仕事もあり、王城へでかける。
「今はまだリーナの事は、陛下へ報告しない。しかし今後、魔力の事は話さなければならない時が来る。それから、アルの事は新しいペットと言う位置づけになるが、それでいいだろうか?」
「いいよ。」
「私もアルが良いなら、それでいいです。」
「それでは、行ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
お父様に続いて、兄様達も学校へ行く時間になった。
「すぐに帰るからな。」
「僕も!」
何だか、心配されている様だ。
多分、アルが私を『助ける為に来た』というのを気にしているのだろう。
「大丈夫ですよ。アルも来てくれましたし。」
「とにかく、ひとりで外に出るなよ!」
「アルから離れちゃ駄目だよ!」
「はい!」
私は敬礼の真似をした。
「リック兄様、リオン兄様!行ってらっしゃい!」
パトリックとダリオンは、後ろ髪を引かれる思いで出発した。
「何をしようかな。メル、私って今まで何をして過ごしていたのでしょうか?」
「使用人に敬語は使いませぬようお願いします。」
「…はい。頑張って慣れま、る。」
「そうですね。絵本を読んだり、絵を書いたり、買い物をしたりして過ごされていましたよ。」
「絵本と絵は分かるけれど、買い物?」
「はい。商人を定期的に呼び、旦那様から好きな物を買っていいと言われておりました。」
「え?お父様から?」
「はい。お呼びしますか?」
「商人を?」
「はい。」
「いやいやいやいや!3歳児が好きに買い物っておかしいでしょ!」
「そうなのですか?」
「違うの!?」
「私は、ここが初めての職場ですので。」
「私も記憶ないし。」
「「ぷっ。」」
「あはははは!」
「ふふふっ。」
サリーナとメルは、顔を見合わせて笑った。
「とりあえず、絵本を読もうかな。」
言葉は分かるけど、文字が読めるのか気になるし。
「では、図書室に案内いたします。」
「お願いし…。お願い!」
「クスクスッ。畏まりました。」
私はメルの後ろについて行った。
「こちらです。」
大きい開きのドアの前でとまる。
そして、メルがドアを開けてくれた。
「わぁー!」
窓がない大きな部屋の壁全てに、本が並べられている。
「すごいね。」
「うん。」
アルも驚いたようだ。
「あ、絵本。絵本はどの辺り?」
「絵本は右の手前でございます。」
「こっち?」
「はい。」
サリーナとアルは、教えられた所へ近づく。
「どれから読もうかな…。うーん…。よし。これにしよう。」
一冊の本を手に取ると、メルは驚いた顔をした。
「どうしたの?」
「いえ。その本はお小さい頃から良く読まれている本ですので、記憶はなくとも同じなのだと思ったのでございます。」
「…そうなんだ。」
やはり、私はサリーナで、サリーナは私、ということなのかしら?
それとも、偶然?
「サリーナは和菓で、和菓はサリーナだよ?」
心の声を聞いたのだろう。アルが首を傾げる。
「そうよね。」
サリーナは本を開いた。
なんとなくは読めるけど…。
「まだ、読む練習が必要そうね。」
「お手伝いいたしますね。以前も読むお手伝いをしておりました。」
「そうなのね。では、よろしく。」
サリーナは、一文字づつ読み進める。分からない所はメルが教えてくれた。
「はぁ、終わった!メル、ありがとう。」
「お疲れ様でございました。」
「もっとスラスラ読めるように練習しよっと。メル、明日も付き合ってくれる?」
「もちろんでございます。」
「僕も!」
「うん。アルもお願い。」
短いお話だったが、読み終わるまでに少し時間がかかってしまった。
本を仕舞い図書室を出ると、何やら外が騒がしい。
「あ!来たみたいだよ。」
アルのその言葉で、騒ぎの原因が判明した。
図書室から外に向かって歩いていくと、侍女達が窓へ集まり外を見ている。
後ろにいるサリーナには気付きもしない。
見えない…。
小さいサリーナは侍女達の壁に阻まれて、窓に近づく事もできない。
ま、いいか。
外に出れば良いんだし。
方向転換したサリーナにメルが声をかける。
「退くように言いますからお待ち下さい。」
「メル、良いの。原因があんこなら、外の騒ぎは私が行かなくては、収まらないだろうから。」
「あんこ、ですか?」
「アルと同じ私の友達よ。」
「そうでしたか。では、私もご一緒いたします。」
「ありがとう。さぁ、行きましょう。」
外に着くと、男達が声をあげながら、棒や熊手、スコップ、包丁などを手に持っているのが見える。
おそらく、自分の仕事場にあった物を持ち寄ったのだろう。
そんなに装備するほどなの?
あんこは、何に変わっているの?
さらに、進んでいくと男達の先が見える。
そこには、黒くて大きい狼が居た。
「サリーナ様!?ここは危ないです!家の中へ!」
「大丈夫だよ。僕の仲間だから。」
話す鷹に驚いた使用人は、目が点になり動きが止まった。
「アル。急に話してはビックリしてしまうわ。」
「そうだった。ごめん、ごめん。」
アルの事は、執事長とメルには話されていたものの、他の使用人への説明は、まだしていなかった。
そこへ執事長のロンドがやって来た。
「サリーナ様。あの狼はお友達でよろしいでしょうか?」
皆、武器は持っていたが、それ以上は動かない様に、ロンドが皆を止めていてくれたようだ。
「アルがそうだと言っているの。近くに行って良い?」
「一緒に行きます。」
「はい。」
「皆は、持ち場に戻りなさい。」
ロンドは、他の使用人達に指示を出し、サリーナのそばにつく。皆、気になりながらも、その指示に従い持ち場に戻っていった。
それを確認したサリーナは、狼に向かって歩き出した。
サリーナに気付いた狼は尻尾をブンブンと振っている。
千切れそう…。
「あんこ?」
「和菓!」
狼がこちらに向かって走ってくる。そして、飛びつかれた。
あ、ヤバい。
前世では大人とチワワだったが、今は3歳児と狼だ。体格差があり、後ろに倒れる。
ポスン
それをロンドが受け止めてくれた。
「ロンド、ありがとう。」
「和菓、わりぃ。」
「ロンドが受け止めてくれたから大丈夫だよ。」
「ロンド?」
「ウチの執事長。」
「執事長?なんだか分からないけど、サンキュー。」
「もったいないお言葉です。」
ロンドは丁寧に返した。
この子達にも、丁寧に接してくれるなんて良い人!
…ん?それとも、執事ってそういうものなのかな?
「おっ。ピッピか?でかくなったな。久しぶり。」
「あんこも大きくなったね。それから、僕の名前はアルに変わったんだ。そっちで呼んで。」
「そうなのか?」
「理由があって、こちらの世界にあった名前にしたのよ。あんこの名前も後で決めても良い?」
「もちろんだ!…ということは、和菓も名前が違うのか?」
「そうよ。サリーナというの。リーナと呼んでね。」
「分かった。」
「サリーナ様。家の中へ入ってゆっくりお話されてはいかがでしょう?」
「そうね。あんこ、アル、行きましょう。…と、その前にあんこはお風呂ね。」
「ん?」
「きれいにしましょうね。」
森などを通ってきたのだろう。泥や葉っぱが身体についていた。
あんこは、侍女たちに気持ち良さそうに体を洗われている。
私が洗おうとしたら、ロンドとメルに止められたのだ。
その横でアルも水浴びをしている。
「ふふっ。」
「どうなさいましたか?」
「可愛いなぁと思って。」
「そうですね。癒やされますね。」
「でしょ!」
満面の笑みのサリーナは、侍女達がアル達だけではなく、自分の事も含めて、癒やされているとは気づいていない。
きれいになった所で、ロンドとメルと一緒にサリーナの部屋へ向かった。
部屋には、お茶が用意されていた。
侍女さんたち、ありがとう!
「さて、まず名前を決めましょう。」
「かっこいい名前を頼む!」
「うーん…、ラン、ラック、ルーフ…」
「それ!それが良い!」
「ルーフ?」
「それだ。」
「分かった。それなら、ルーフに決定!」
その後は、アル同様に記憶の事などをルーフにも聞いてみた。
そしたら、……あっさり分かってしまった。
「記憶を無くしたのは、魔力が爆発したせいだな。その魔力を引き受ける為に俺たちが来た。アルから聞いてないのか?」
「えーと、なんとなく自分たちと関係があるとしか分からないって。」
「おい、アル!光のヤツが説明してたの聞いてなかったのか?」
「難しくて分からなかった。テヘッ。」
「テヘッ、じゃないわ!全く!」
「ルーフ、その話をお父様達が帰ってからしてもらっても良い?」
今、詳しく聞いてしまっては、二度手間になってしまう。
「もちろんだ。」
「ロンド。お父様の今日の帰りは何時頃?」
「今日は、遅くならないと思われます。」
「夕ご飯位?」
「お食事の時間は過ぎるかと。」
「分かったわ。」
「そろそろ、昼食の時間です。」
「俺、腹減った。」
「僕も~!」
「では、食堂へ行きましょうか。」
この世界に来て姿が変わってから、ルーフもアルも、何でも食べれるようになったそうだ。
「アレルギーとかも俺達にはなくなったから、チョコも食べれるぞ!」
「あんこの時は味の濃いものや、チョコは駄目だったのに不思議ね。」
食堂へ行くと、テーブルにはサンドイッチやスコーンが並んでいる。
この世界では、朝と夜をしっかり食べ、昼は軽食のことが多い。
取り皿にスコーン1つと、サンドイッチ1つを乗せてもらう。
「ありがとう。いただきま~す!」
「俺はサンドイッチを山盛り!」
「僕はスコーン!」
アルとルーフが嬉しそうに食べ始める。
見ていると、こちらも笑顔になる。
「サリーナ様?」
「ごめんなさい。この子達が可愛くて見惚れていたわ。」
食事を終えると、庭で散歩をする事にした。
「ルーフ。…散歩へ行く前に1ついい?」
「ん?」
「外ではあまり話さないように、お願いしたいの。」
「そうだな。動物は話さないからな。何かあれば、リーナへ伝えればいいし問題ない。」
「あのテレパシー的なやつ?」
「テレパシーというのか?」
「私が聞きたいのだけれど…。」
「魂が繋がっているから、心の声を伝えられるんだ。伝えたいと思えば、伝わる。」
「便利…。」
そして、私達は散歩へ向かった。
私達は庭を歩く。後ろからはメルがついてきている。
“そういえば、猫は来てねぇんだな。”
頭にルーフの声が響く。
えーと、伝えたいと思えば、口に出さなくても伝わるんだよね。
“まだよ。”
“どこまで飛ばされたんだか。”
“きなこのことだから、途中で寝ているかもよ。”
アルの声も聞こえてきた。
クスクスッ。
「サリーナ様。どうなさいましたか?」
後ろからメルが声をかけてくる。
「もうひとりの友達の事をちょっとね。」
「もうひとりですか?」
「猫のきなこよ。可愛い女の子なの。」
「会えるのが楽しみです。」
「猫から何に変わっているのかな?きなこだけ変わってないなんてことはないよね?」
「アル様は元インコ、ルーフ様は元犬でしたよね?」
「そうよ。大きさが大きくなっているの。」
「そして、野性的になっておりますね。」
「ん?猫の野生的なやつって事?虎、ライオン、豹…」
“リーナ。猫のことより俺に構え。”
ルーフがすり寄ってきた。尻尾が顔にあたる。
はぁ!もふもふ!
ルーフは寝転がり、お腹を見せた。
「ここか!ここがいいのか!」
サリーナは、ワシワシとお腹を撫で回す。
傍から見ると、大きな狼を身体の小さな3歳が手懐ける、という不思議な光景が出来上がっていた。
その近くを、アルが飛び回っている。
「アルもおいで。」
アルは、サリーナの横の地面に着地した。
サリーナはアルの頭をそっと撫でる。
ふぅ。なめらかで気持ちいい。
何か眠くなってきちゃう…。
アルも同じなのか、目を閉じている。
私はアルを撫でながら、ルーフのお腹へそっともたれかかると、そのまま寝入ってしまった。
メルに起こされた時には、兄様達が帰る時間になっていた。
「もう帰っているかな?」
「お帰りになられていたら、すぐにサリーナ様の所へいらっしゃると思います。」
「そうかな?」
「そうですよ。お二人共サリーナ様が大好きですから。」
「へへへ。それなら嬉しい。」
前世では兄弟がいなかったから、こういうの憧れていたんだよね。
「リーナぁぁぁ!」
「あ、リオン兄様の声だ。」
「帰っていらっしゃいましたね。」
「リオン兄様、こっちです!」
分かるように大声で呼んだ。
「兄上、リーナがいたよー!」
リック兄様とリオン兄様がこちらへ来るのが見える。
私は大きく手を振った。
すると、ふたりは立ち止まり…
「「増えてる!」」
ルーフを見て、パトリックとダリオンの声が揃った。