黒い海14
眼前に大きく大きく迫る鯉は、空に向かって伸びて幾人の人をその体に包容するビルのようになっていた。
大きな鯉は自分のことを、その大きな体の中の住人にしようと大きな口を幾度となく開いては閉じる。
それだけの巨体を誇りながら、小魚のような子供が食べられないのは、黒い海のうねりがジェットコースターのように乱れた水流を作るから。
大きな口が還すべき者を食べようと開かれては食べ損ねて閉じ、食べ損ねた者を追ってはうねりが起きる……そんな悪循環の中を漂う……
螺旋の悪循環、繰り返し繰り返し行われる捕食行為は賽の河原で、永遠に石を積み続けるかのような苦行。
何度も何度も行われる捕食に次第と慣れていくということもなく、自分を狙っては大きな鯉が近付く度に背中が冷えて痺れが走る。
恐怖が体の感覚に異常をきたし、捕食の行いが止むこと無く繰り返される……いつ終わるかも分からない螺旋に巻き込まれてしまった最中、
オッ………オッ……オッ…オッ………オッ…オッ…オッ…オッ…オッ…オッ…オッ…オッ…オッ…オッ…オッ……………
静かに揺らいでいた黒い海が、声にならない嗚咽を突如として漏らし始めた。
その泣き声、何か悲しいことを思い出したのか?何か辛いことを思い出したのか?それとも何か起きたのだろうか?
黒い海のすすり泣く嗚咽の声は全ての方向から聞こえる。
溶けて無くなった膝先から向こう、溶けてなくなった肘先から彼方、お腹の上からさえずり聞こえたかと思えば、背中を撫でるように声が響き、遠くの嗚咽も近くの耳元で聞こえもして、嗚咽して歪んで泣き顔になっている黒い海が見える。
それは、自分に何かを訴えたくて足に抱きついて泣いている子供のようで……悲しみの声を上げる……
悲しみを上げる嗚咽の泣き声は、全ての方向から聞こえる。




