黒い海13
何かを比べる対象の無い黒い海の中では大きな鯉の体が全て、近付くほどにその輪郭は大きくなっていく。
大きくなっていく姿に比例するかのように、黒い海も大きくうねる。
風の中を舞うようにゆらゆらと揺らいでいたのが、次第に大きくなるうねりによって不格好なアザラシは、荒れ狂う嵐に弄ばれる船のように黒い海に翻弄されて、うねりに巻き込まれて溺れる。
(うっ……くぅ…………)
自分の意思など一切意に返さない荒れ狂う渦に苦しみの嗚咽を漏らしながらも、自分の方へと向かってくる大きな鯉を瞳の中に映し続けようと、首が折れてしまうのでは思うほどに傾けさせながら、溶けていく腕と太ももでもがく。
捕食される……それは特殊な生き方をする生き物以外は望まない事。
既に死んだ身であっても、いくら自分を再び生命が溢れる世界に還す存在だとしても、他の物に捕食されることは生理的に、本能が受け付けない。
本当だったら目を逸らし、目を閉じて、耳を塞いで、息を止めて、外界から迫る恐ろしいものから身を守る赤子のように体を丸めて自分を抱きしめて……その恐怖から逃れたいと願うだろう。
けれど、目を逸らし、目を閉じて、息を止めることは出来ても、赤子のように体を丸めて自分を抱きしめることが出来ない……たったそれだけのことかもしれないが、そのたった一つ出来ないことが諦めさせた……怯え震えることを……
そして、諦めたからこそ新たな命へと生まれ変わるその時を、目を逸らさずに受け入れることを覚悟することが出来る。




