黒い海12
突然のうねり、何が起きたのかを知るために閉じていた目を開き、うねりに翻弄されないように手足でバランスを取ろうとしたが、
(……?)
体はまるで空を舞い落ちる木の葉のように、黒い海のうねりに翻弄されてクルクルと回る。
うねりに身を弄ばれながら、どうして体が言う事を聞かないのかと体に目を向けると……そこには無かった……自分が考えることなく、無意識に動かすことの出来る両手足が無くなっていた。
手は足は黒い海に溶け、これから溶けようとしている肘、膝の先が透けている。
それは、ダルマのように手足が完全に溶けてしまっている訳では無いが、不格好な、アザラシもどきみたいな姿に成り果てていた。
アザラシみたいになった肘と膝をパタパタと動かすが、泳ぐどころか姿勢を保つことすらままならない。
黒い海のうねりに身を任せるまま、黒い海の中をくるくると回っていると、
(…………)
大きな鯉と黒い海に溶けていく自分の瞳が合わさった。
ただ、黒い海のうねるがままに身を任せていた自分に、意図して大きな鯉の方に視線を合わせることなど出来ず、大きな鯉も狙って自分を見たのではなく、何度も何度も大きな体をくねらせる行いの中の一回が偶然に合わさったに過ぎない。
だが、その一回しか合わさらなっかた視線は、間違いなく合わさった視線。
自分の瞳の中に大きな鯉が映ったように、大きな鯉の瞳の中に自分が写っていた。
ほんの一間の出来事であったが、そのほんの少しの出来事が自分の運命に触れてくる。
大きな鯉は自分の存在に気付かずに黒い海を食べて、黒い海をその身に変えて、ガラスの卵を作り出していた。
しかし、身をよじり、瞳が合わさった瞬間、大きな鯉は黒い海を食べるのを止めて、大きな体を躍動させて黒い海を食べていた大きな口を開けて自分の下に向かってくる。
遠く、黒い海の底に見えていた時から大きな姿は分かっていたが、それが近付けば近付くほどに分かることがあった……それは怖いということ。
遠目にいても感じ取れた存在、いつか黒い海に溶けて、黒い海の一部としていつか飲ま込まれるはずだった。
だけど、まだ黒い海に溶け切っていない自分という存在が残っているこの時に、大きな鯉が自分を捕食しようとする。
黒い海の一部として偶然ではなく、自分を求めてだ。
遠目に見えていた時は、ロウソクに付いた火のようにゆらゆらと揺れながら近付いて来ているように見えたが、ゆらゆらと揺らいで自分の方へと近付いて来る大きな鯉はやがて,その鯨のような巨体をうねらせながら黒い海を割って進んでくる。




