黒い海11
この黒い海にいれば多くの人達の妬みと恨みと苦しみに悩まされるだろうが、それでも目の前には命を産む大きな鯉がいる。
現世にいた時には、いつ救って貰えるかの保証すら無く、苦痛に蝕まれながら絶望の中で現世を彷徨っていたが、この黒い海には大きな鯉がいる。
大きな鯉が自分を食べてくれさえすれば、新たな命、救われる事が分かっているから黒い海の中でも希望を持って待つことが出来る。
新たな命になるその時まで…………
黒い海の中を漂って自分もいつか黒い海になり、いつかあの大きな鯉に救われるのを待ち遠しく、今は黒い海の中で眠っている。
現世では誰かに助けて貰うことだけをずっと祈って、それ以外を考えることが出来無かった……ほんの少しの間、この黒い海に溶けるまで目を閉じて眠ることが出来る……
積み重なった苦しみから解放されたのが久しぶりだったからか意識がうとうとして……意識がうとうとすると黒い海でパタパタさせていた手足が力無く黒い海に漂う。
黒い海に身を任せて揺れる。
何も思うことも無く。
生き物の始まりが海であるなら、この黒い海もまた、始まりの場所。
今でこそ海に大地に空と多種多様な生き方をする生命が増えたが、それでも海を母なる場所と覚え、終わった命の還る場所の一つと知る。
そして、この黒い海も命が始まる場所であり、命が還る場所。
母なる黒い海の中で安らかに眠る子供の四肢は、母の元に溶けていく……ここは、還るべき場所に似せただけの過ちの場所かもしれなくても。
現世で還る場所を見失った自分がやっと、終わらせられる場所を見付けて。
体が溶けていく、水の中に落とした氷のように少しずつ、だけど黒い海に確実に溶けて混ざり合っていく。
目を閉じて安らぎに身を任せ、苦しみの海に混ざるまでの一時を過ごす筈だったが、
(……?)
下で黒い海をパクパク食べていた大きな鯉が、大きく動いたのか黒い海がうねる。




