黒い海9
あの大きな鯉は、この黒い海に混ざり溶け合ったモノを食べて自分の体に入れていく。
命も肉体も有する生者がそれを見たら、黒い海に溶け込んだ人を捕食する化け物でしかない。
生者なら自分の命と肉体を、あの大きな鯉に捕食されないように必死にもがいて逃げようとするだろうが、肉体も命も無くしてしまった者には、あの大きな鯉が捕食している行いの意味に気付ける。
黒い海に溶けた人を捕食する大きな鯉、食べた人は大きな鯉の体になる……のはでない。
大きな鯉がパクパクと口を動かして黒い海を食べていく。
パクパクパクパク黒い海を食べていく大きな鯉だが、それで体が大きくなっていく訳ではない。
パクパクパクパク黒い海を大きな鯉が食べると、大きな鯉のウロコに変化が現れる。
黒い海に同化するような黒いウロコを持つ大きな鯉が、黒い海を食べていく事で、ウロコが半球のドームのように盛り上がり、ウロコがガラスのように透き通る。
大きな鯉は黒い海を食べれば食べるほどにウロコがガラス細工のように変化していく。
光が届かない底でも大きな鯉のガラスのウロコは照り返し、人の苦しみと悲しみで黒く染まった世界で一際美しく輝く。
大きな鯉が放つ美しき輝き、それは地獄の底で咲いた一輪の花。
赤い血の池に銀の針山、鬼の怒号に人の叫び、阿鼻叫喚の地獄で荒んだ心に咲く白の花は、人の心に安らぎと希望を与えるだろう…………か?
地獄に咲いた花、もしかしたら仏様が情けを掛けて植えて下さった一輪の花かもしれないが、地獄に咲く花は所詮は地獄の花なのかもしれない。
大きな鯉が放つ照り返しは、この黒い海だからこそ美しく見えているだけで、これが太陽の光で包まれた世界で見たならば重く、鈍く照り返す禍々しいモノなのではないのだろうか。
しかし、ここで考えてもこの世界は黒い海の中、ガラスのウロコの照り返しだけが黒い海の中で輝き、心が奪われてしまう。
子供は、そのガラス細工の大きな鯉に手を伸ばす。
まるで無垢な赤子が好奇心だけで、何かを求めるように手を伸ばす。
首を大きな鯉の方に傾けて、力無くゆらゆらと手を伸ばして背を伸ばし、少しでも近付こうと足をパタパタさせて、それでも届かないから手を開いては握って掴もうとする。
無垢な赤ん坊となって、無邪気にガラス細工の大きな鯉を掴もうと黒い海の中をゆらゆらと揺らいでいると、
(……?)
大きな鯉のガラスのウロコが剥がれて、黒い海の中をゆらゆらと揺れながら自分の方へと浮いてくる。




