黒い海7
子供の体の中から黒い物体が出て来ても、誰も気に止める事は無く……いや、何か気に触れたのか子供の側から離れていく。
そうして、誰も子供の側にいなくなり、
(あぁあぁああぁぁぁあぁぁっあああぁぁあああぁあああああ!!!!!!!!)
空を裂くような奇声交じりの咆哮が上がった。
それは獣が戦いに向かって勇ましく吼え、己の猛る戦士の意思を咆哮に乗せるそれとは違う、それは、悲痛な叫び、どうしようも出来ず、何をしたらいいのか分からない詰まるような苦しみ、自分にまとわり付く全てを振り払おうと叫び声を上げているのだ。
(がぁあがぐぅぅああぁあがあああががぅうがぅ!!!!!!)
必死に苦しみを振り払おうと叫び声を上げれば上げるほどに、子供の体の崩壊は加速していき、体の中の黒い物が姿を顕にしていく。
崩壊していく体は、道路に溢れかえった血と混ざり合い、混ざり合った血は子供の黒い体になっていく。
黒く変色していく子供はまだ、人の姿はしてはいるが、それは姿だけが残っているだけで影に塗り潰される。
(………………)
手は影に塗りつぶされて、腰から下は血にと混ざり合って姿を無くしてしまい、残るは上半身から頭だけ、苦しみに悶え叫んでいた声は鳴り止み、虚ろな目で自分を取り込む影を見つめる。
抗うこともなく、自分という存在が何かに変わっていくのを呆然と受け入れ、底無し沼に落ちていく。
黒い何かに変わっていきながら子供は影の中に沈み、最後に残されてたのは静寂であった。
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そこは暗い闇が広がる海、空から注がれる光はなく、照らされることのない海は深海のように暗く、暗い黒の中に沈む。
(誰も……いない…静かで……響かない………沈む……………………)
黒い海の中に体が沈む、黒くて何も見えない、黒くて何も聴こえない、黒くて何も匂わない、黒くて何も感じられない。
深海の底に向かえば向かうほど、黒は黒くなって何も感じられなくなり、それと同時に今まで自分を苦しめていた苦痛も黒に溶ける。
あんなに黒いものに抗っていたのに、苦しみから逃れるために誰かに助けを求めていたのに。
(もっと………早く………来れば…………よかった…………………)
黒い海の底、どれほどの時間を掛けて沈んで来たのか?
底に辿りつ着いた時には痛みも苦しみも消えていて、そのまま静かに、穏やかに黒い海と一体化すればどれほど幸せだったのだろうか?
黒い海の底に向かえば向かうほどに痛みも苦しも消えていったが、底に向かえば向かうほどに黒い海の中を蠢く何かを感じる。
何が蠢いているのかは分からなかったが、黒い海に溶けたはずの感覚が蠢くモノだけは感じさせてくれる。




