黒い海6
少しずつ蝕まれていく体、きっと誰かが自分をこの苦しみから救い出してくれると、何度も苦しみを振り払ってきたが、
(…………)
いつになったら救い出されるのか分からない苦しみの中で、子供は苦しみに立ち向かう強さも、逃げ出す力も失って朽ち果てていく。
子供から抜け出た赤い血は少しずつ黒く変色し、体に小さなヒビが入るとクッキーのお菓子のようにポロポロと欠片になって崩れる。
為す術もなく、なるがままに消え逝く自分自身を抱きしめることなく消えて逝く。
(………あっ)
呆然と消えて逝く中、子供の瞳の中に、自分に向かってゆっくりと歩いて来る一人の男性が映り込む。
その男性は他の人と違って、瞳の中に入って瞳の中から出て行くのではなく、自分の瞳の中に映ったまま、真っ直ぐに向かって来てくれる。
瞳の中に映るその人、その人が誰で、どうして自分の元に来ようとしてくれているのかは分からない……でも、
(あっ……うっ……)
救われるかもしれないという希望が、崩壊していく子供を繋ぎ止め、崩壊しようとする手を伸ばし、
(助けて……)
残された最後の力を全て使って、最後の希望を掴まんとする。
それに対して、子供の瞳の中に映る人は一心不乱に子供へと近付いて行き、子供が伸ばした手が触れる所まで来ると、
(あっ…………)
その人は、子供の伸ばした手を一切意に介さずに、子供を文字に通り過ぎて行ってしまう。
それはとても不思議な光景だった。
子供に近付いて歩いていた人は子供に気付いていたのではなく、うずくまっていた子供を助けようとしていた訳ではなかった。
他の人達は、子供を避けるかのように歩くのに、この人だけはまっすぐに近付いて来たのに、
「……?」
子供とそのままぶつかる所まで来たのに……いや、ぶつかったはずなのに、その人は子供の体をすり抜けてしまうと、子供をすり抜けた足に何か違和感を感じたのか、怪訝そうに自分の足を見たが、特に何か変わった様子を見つけられず、少し足を気にする素振りを見せながら、そのまま行ってしまう。
(うっ…ぐぅ……)
訪れた希望は消え、伸ばした手の中が希望を掴むことが出来ず、虚空に伸びた手は再び崩壊が始まるのだが、
(がっ…ぎっ……)
ボロボロと崩壊していく手の中から、黒い手が現れ、体が崩壊すれば崩壊するほどに、皮膚が剥がれ落ちた所から黒いモノが姿を現す。
(はぁ…はぁ……)
黒いモノを、何かに例えたいのだが、その黒いモノの表面は流動的に流れ、何かこう……スライムのように柔らかで、例えようにも見たことのない黒い質感が、不気味な何かを感じさせる。




