旅立ち336
「あなたは…まだいるんですか?」
そう、人影程の特殊な力を持たないものは、記憶の中を繰り返し繰り返し、一番印象の残っている所を何度も再生して、そのうち影形を失って溶けていく。
他の魂達が、赤いモノで永遠に夢を見せられるとかの異例は別として……そして、この老婆にも別の異例が起きている……それが何かは分からないが。
なぜ気付かなかったのか、老婆がさっき自分の首輪を外してくれた。
いきなり現れた自分は、記憶の中の存在ではない外からのイレギュラー。
外部から存在を認識して、己の意志で助けてくれた。
それは…か細い希望、この老婆がもしも名前を呼んでくれたら……
(……)
「……この世界のせいか」
自分の力以上に、この世界の理が強過ぎる。
きっとこの老婆は、自分の名前を呼んでくれている……しかし、この世界がそれを許さない。
まるで、透明なガラス板に阻まれ……見えているのに、その先に行けないもどかしを思い出してしまう。
タイムリミットが近付く。
秒針が一つ進む度に人影の体が薄くなり、影が薄れていく。
成す術を断たれ、終わりを受け入れて人の形を失って、光の粉になるのを待つばかりとなった時だった、老婆が人影を優しく抱きしめるのであった。




