旅立ち92
ビレーは内臓が縮こまって、腹から押し込むような汲み上げてくる吐き気に、頭を地面に擦り付けて誤魔化しながら、自分がされた事を理解しようとしている。
(なんなのだ…あれは……)
鉄騎兵の力はオークの筋力に引けを取らず、正面から殴りあえば痛みも、体力の限界も無い鉄騎兵に分が上がる。
しかし、鉄騎兵の動きは単調で、複雑な動きは出来ない。
振り上げた拳を、敵に目掛けて殴り掛かるそこには理性的な姿は無く、鬱憤を晴らす為だけに暴れ回る傍若無人な者の姿。
休戦期の、戦場という名の只の顔合わせの挨拶しかしてこなかった者達には、鉄騎兵の暴れ回る姿は、まるで狂人が戦いを求めているかのように見えて、恐怖心を覚えてしまう。
だが、肉を裂いて血を吹き出させる命と命を奪い合う戦場にいたビレーにとっては、鉄騎兵の単調な動き等、緩慢な動作にしか見えなかった。
しかし、目の前に立つ鉄騎兵は違う。
ビレーが雄叫びを上げてハンマーを振りかざしたのは、鉄騎兵を挑発するため。
攻撃を誘発させてカウンターを狙ったのだが、攻撃を誘発させる動きに、鉄騎兵がカウンターを合わせたのだ。
想定外の動き、鉄騎兵とは思えない手練れが見せる動きに翻弄されてしまった。
『カシャ……』
「ひっ……!?」
いつもと違う小さな鉄の音。
耳を壊すような、けたたましい音では無いが、静まり返った部屋の中で鳴る鉄の音は耳の奥まで響く。
それは、処刑を行うまでの時を刻む鐘のように、
『カシャ…カシャ……』
「いやっ…来ないで……」
リーフを追い詰めていく。




