黒い海49
だからと言って、あの禍々しい蛹に近付いて撃ち込みに行くのでは、地上に帰ろうとしている意味が無くなってしまう。
ならば、この力を羽に送り込んで一気に地上に……
(……それをしたら死ぬかもしれないな)
もしも、この力を安定させることが出来るのなら、やってみる価値も十分にあるのだが、こんなゆらゆらして安定しないものを体に取り込んでしまったら間違い無く精神が吹き飛ぶ。
その精神が吹き飛ぶというのは意識を失うという意味ではない、文字通り肉体から精神が吹き飛ぶ……幽体離脱のような事が起こる可能性が非常に高い。
この黒い海で精神が吹き飛んだら二度と、この肉体に帰って来る事は叶わないだろう。
やはりこの距離から落として、大きな鯉に直撃させなければならないのだが、
(……くそっ)
黒い海が歪むせいで、まともに狙うことが出来ない。
解き放とうとしている蛍の光もゆらゆらと揺れているのに、黒い海も歪む…礼人の希望が、周囲の絶望の潰されそうになっていってしまう。
なんとか当てる方法を……
「…………ふっ…ふふっ」
突然、礼人が何かを思い付いたのか、楽しそうに笑い声を漏らし、
「良いじゃないか……ここからは運命に委ねよう」
自分のやれることは全てやった……それは嘘偽りの無い事。
ならば、後はどうしたら良いのか?
「……どちらが神に愛されているかを……証明しようじゃないか?」
礼人は手をお椀のように合わせ、手の中で踊る蛍の光を蛹に向かって零……
「礼人ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「っ!?」
突如、黒い海の中で響いた自分の名前を呼ぶ人の声。
自暴自棄になって無くしていた意識が覚醒して、礼人の中に帰ってくると、零そうとしていた蛍の光を慌てて手の中に戻す。




