黒い海46
縮まっていく大きな鯉との距離。
最後の力は出来るだけ温存しておきたいと思っていたが、このまま何らかの対策を立てなければ一層目へと続く通り道あたりで捕まってしまう。
(もう少し時間を稼ぎたかったけど……)
出し惜しみして捕まったのでは話にならない、礼人は大きな鯉に一瞥して、
(…………やるか)
最後の力を使う事を決意すると、背中の羽が震える。
逃げて時間を稼ぐか、大きな鯉を消滅させるかの二択、礼人が選んだのは、
「生きるためになら神にすら逆らうさ!!」
大きな鯉を黒い海から消滅させる方であった。
礼人は一度精神を集中させるために目を細め霊視を弱めて、息を軽く吐いて泳ぐために搔いていた両手を自分の胸の前に持ってくると、魂からの力と自分の持ち合わせている力を溶かすように一つにする。
すると、礼人の羽が小さくなりながら光を失い、その代わりに両の手の中から蛍の光のように淡い光が零れ始める。
黒い海の中で儚く自分だけを照らし、蛍のような淡い光は美しいが、それは普段の周囲を焼き尽くすかのように眩い光と比べると…あまりにも心細い光……
これなら霊力とマナを掛け合わせた力だけの方が良いのではないかと思うが、それでも礼人はその力に魂の生命力を組み合わせようとする。
しかし、この三つを融和させるのが難しいのか、礼人が集中しているにも係わらず両の手の中の淡い光は形を維持出来ずに炎のように揺らぐ。
なんとか大きな鯉を一撃で仕留めるだけの力を溜めようとしているのに、
『おおぉぉおおぉぉぉぉ』
黒い海が経文を圧し潰そうとしてくる。
潜水服のような強度を誇っていた経文だが、それも礼人の霊力を媒介して神からの加護を受けていたからであり、媒介する霊力が少なくなればその分、神からの加護も受けるのが難しくなる。
多分だが、礼人の力が弱まって経文の効力が薄れているのを黒い海が感じ取ったのだ。




