黒い海35
あの時、大きな鯉が黒い海の底に翻った時だ。
体の中で妖怪の元を練り上げて荒縄にして吐き出し、礼人の経文の間を貫通させて魂の足に結合させたのだろう。
断ち切れなかった荒縄は、傷付けられた血管のように脈動する度に経文の中で溢れる……「ドクッ…ドクッ……」っと鼓動を打って黒い血が…幽霊の血が零れる……
光の剣は今、栓になっている。
倒して口元にヒビが入ったワインの瓶のように、零れる妖怪の血。
光の剣はコルク。
ワインの口元のヒビから赤いブドウの液体が零れるからといって、慌ててコルクを引き抜けば口元から液体が止めどなく溢れ出ることになる。
自分で幽霊の血管を傷付けたとはいえ、光の剣が幽霊の血管の傷口を塞いでいる。
光の剣を間違っても動かさないようにしているが、
(最悪だ……)
前門の虎後門の狼、周囲の黒い海に足元の大きな鯉……
頭の中で想像してみる。
このまま幽霊の血管を切り裂いたとしたら、この経文の中は一気に満たされて精神を侵食されて廃人になるか、それとも人ならざる何かにされてしまうかもしれない。
しかし、このまま身動きを取らないでいれば、底に連れて行かれて経文は黒い海の濃度に耐え切れずに消滅し、光の羽だけでは厳しい。
(だったら……)
ならば、経文を解除し、周りの黒い海を羽で押さえながら幽霊の血管を切り、再度経文を展開すればこの状況を脱することも出来るかもしれない。




