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星喚びの舞台

冬童話2022参加作品です。

前後編なのでそこまで長くないです。


 星降りの夜。

 星が輝く時間になると、たとえ雨が降っていたとしてもたちどころにやみ、空を覆っていた雲もどこかへ流れてゆきます。

 そして現れた満点の星空は、この夜ばかりは幾筋もの光を流すのです。

 人々は一人一本のろうそく以外の全ての灯りを消して、家族と、友人と、愛する人と手を取っては流れ星に願いをかけながら星祭りを踊り明かすのでした。


 それにしても、不思議なことです。星降りの夜になると、すっかり空が晴れるのですから。

 しかし、空を覆っていた雲が消えてしまうわけではありませんでした。雨雲は星降りの夜になるととある街へ集まります。その街の名はアストロス。星降りの夜に星へ願いをかけられないことから、星に見捨てられた街と呼ばれていました。


 この物語は、そのアストロスの街に隠されている秘密のお話です。



☆*:;;:*・★・*:;;:*☆*:;;;:*★*:;;;:*☆*:;;:*・★・*:;;:*☆



「……あの雲のヴェールの向こうにいつだって星は輝いています。あの場所に願い事が届いたらあなたの願いは叶うのです。

 もし、しっぽのあるお星様が昇って行くのを見たら、願い事をつぶやいて。

 きっとあなたの願い事が叶うでしょう……」


 最後の一文を呟くように話すとジェーンぱたん、と絵本を閉じます。そして、物語の余韻を追いかけるように窓へと視線を流しました。窓の外は静かな夜が広がっており、小さなロウソクの灯りに照らされた部屋がガラスの窓に映っていました。


「ジェーンねぇね、みら、おほしさま、見たいなぁ。きょうは、ほしふりのよるなんでしょ?」


 うとうとしながら、幼い妹のミラが尋ねます。ミラの両目は閉じられています。ですがそれは眠りに落ちかけているからではありませんでした。ジェーンの愛しい妹は、生まれた時から目に光を映せなかったのです。


「そうね……いつか、きっと見られるわ。私が、そうしてあげる」

「ねぇねは、見たことがあるの?」


 姉のジェーンは口元を微かに緩めて静かに目を閉じました。その奥に映し出されているのは懐かしい想い出。

 右手で節のある大きな手を、左手でほっそりとした滑らかな手をギュッと握って向かった小さな丘。それは、まだ太陽が頭の上で輝いている時間にピクニック、夜になってからは星見のキャンプで両親を独り占めした幸せな記憶でした。


「ずっと小さい時にね、一度だけ……。この街の外ならとてもきれいな流れ星がたくさん見られるのよ。ミラ、今日はこれでおしまい。もうおやすみの時間よ」

「ん……おほしさまがみえたらね、みら、おねがいするの……ねぇねが……」

「私が?」

「……すぅ、すぅ」


 聞こえてきたのは落ち着いた寝息です。ミラが何を願おうとしているのか分からないまま、ジェーンはそっとベッドを降りました。部屋の灯りを落とし、そっと外へ出ます。


 小さい子どもが寝る時間。外は人通りもなく、シン……と静まっています。

 今夜は星降りの夜。

 不思議なことに、ジェーン達の住むこのアストロスの街は星降りの夜にだけ厚い雲が空を覆い、願いをかける流れ星を隠してしまうのです。だから、星に願いをかけたい人達は皆街を出て行ってしまっているのでした。

 それでも街が空っぽになってしまうことはありません。

 今、この街にいるのはミラのように流れ星を見ることが出来ないか、流れ星に願いを叶えてもらうことに懐疑的な人、そもそも願いがない人、そして――後がないという覚悟で叶えたい願いを持っている人です。

 ジェーンにはどうしても叶えたい願いがありました。だから、この夜はアストロスを離れず、ここにいるのです。


「急がなきゃ」


 ジェーンは近くの茂みから今夜のアストロスの曇天のような色の箱を引っ張り出しました。そして、そっとその蓋を持ち上げます。

 箱の中に入っていたのは、まるで星空で染めたようなケープでした。生地はきめ細かく深い藍色。その上にきらきらと星が散りばめられています。

 ジェーンはその星空を羽織ると小走りに街のすぐ外にある渓谷へと向かいました。


「……最後の参加者だね。先に進みな」

「はい……っ」


 渓谷への入口にはローブを被った老婆が座っていました。老婆はじろりとジェーンのケープを見ると、ふん、と鼻で笑うような息を吐き、道の先を指差します。

 今夜行われるのは星喚びの儀と呼ばれるものです。星喚びの儀は、流れ星を喚び落として願いを託し、それを空に返す儀式。流れ星に願いをかけられないアストロスだからこそ考えられたものでした。

 流れ星に直接願いをかけるので、星を喚び落とした者の願いは必ず叶うと言われています。

 この渓谷は昔からその儀式の舞台となっています。そしてケープはこの星喚びの儀への招待状でした。この招待状はアストロスの街に住み、どうしても叶えたいと切望する願いを持つ者にたった一度だけ届くのです。


「どうやら全員揃ったようですね。今宵の星喚び、星喚者(コーラー)はここに辿り着いた22人となります」


 ジェーンの足元に複雑な紋様を描く魔法陣が現れ、淡く光ります。ジェーン以外にも星空のケープを羽織っている者達の足元がぼんやりと光っていました。22の光源があると、暗くてよく見えない渓谷でもほんの少し見えるものが増えます。例えば草の一本も生えていない枯れた地面、迫るように切り立った崖、そして、影のようにひっそり立っていた誰か。

 それは闇に溶け込んでしまいそうな黒い衣装の魔女でした。

 彼女は慣れた様子で、儀式の説明を行います。


星喚者(コーラー)達にはこれから、遣い蛇を選んでもらいます」


 ジャラリ、と金属同士が擦れるような音が響きました。黒髪の魔女の後ろにすり鉢状に窪んでいる場所があり、そこから音が聞こえたのです。


「遣い蛇はこの下の穴から出ている鎖に繋がれています。あなた方がこの()()()()()()()()星を喚び落とせるはずです」

「蛇を満たすってどうすればいいんですか?」

「それは、選んだ蛇が教えてくれるでしょう。ただ、今までに多かったのは大切な記憶や体の一部を捧げることでしたね」


 願いごとに代償がつくと聞いて、ジェーン達は息をのみました。星降りの夜にアストロスの街で星喚びの儀が行われること自体は知っていても、そこで何をするのかを知っている者はいなかったのです。星喚者(コーラー)達はまさに今儀式に臨むという寸前で改めて覚悟を問われることになったのでした。


「ここで怖じ気づくようならそのケープを置いて去るんだね。どうせその程度の願いさ」


 カツン、カツン、と杖をつきながら彼らの後ろから現れたのは、渓谷の入口に座っていた老婆です。ふん、と鼻で笑うようにしながらも、視線は鋭く星喚者(コーラー)達を試そうとしているかのように見ています。しかしジェーン達の誰も去る様子を見せないのを見て、老婆は口をへの字にするとゆっくりと黒の魔女の隣に立ちました。


「星返しの魔女、始めるよ」

「かしこまりました、星喚びの魔女様」


 黒の魔女が老婆に深く礼をすると、一歩横に下がります。星喚びの魔女と呼ばれた老婆はそれをちらりと見ると、カツンッと強く杖を振り下ろしました。

 すると、星喚びの魔女を中心にして深い藍色と銀の粒のような光があふれ出します。まるで、星空が湧き出てくるようでした。

 湧き出した星空がジェーン達の足元まで覆われると、今度は銀の粒が動き出します。徐々に集まり、四角く形作ると、すり鉢状の窪みに沿うように並びました。そうしてできたのは、銀色に光る階段です。


「この階段を降りたところに穴があります。その穴の入り口から鎖が出ていますので、一人一本選んで引っ張り出してください」


 そう言われて星喚者(コーラー)は戸惑いながらも一人ずつ階段をおりて行きます。ジェーンは一番最後になりました。

 階段はそこそこ長く、ジェーンが窪地の底に着く頃には最初の数人が既に鎖を引き抜いていました。鎖の先に繋がれている蛇を見て、ジェーンは小さく悲鳴を上げます。


「星喰いの蛇……!?」


 黒い体に銀色の鱗が所々に散っており、からだの中程に小さな羽があります。何よりも恐ろしいのは、瞳のある位置にある黒く塗りつぶしたかのような空洞でした。

 星喰いの蛇はその空洞で捉えた人に宿る願いの力を食べてしまうのです。願いの力を星喰いの蛇に取られてしまった人はその年にどれだけ願ってもその願いが叶わなくなってしまいます。それどころか、運という運を吸い取られてしまうという話です。ですから、この蛇は人々に嫌われ、恐れられていました。


「星を喚び落とすんだから、星喰いの蛇に見られたって問題ないわ」

「その通りだな。それに、この蛇が遣い蛇だって言っていたんだから避けることもできない」


 他の星喚者達はそう言って次々に鎖を選んでいました。

 さぁ、次はジェーンの番です。

 ジェーンは残っている鎖の中で最も左にあるものを掴み、そっと引っ張りました。大して抵抗もなく、鎖は動きます。そしてスポンッと軽く引き抜けてしまいました。

 ジェーンが引いた鎖の遣い蛇は、長さは両腕を広げたくらいで、太さは成人女性の腕ほど。そして、驚いたことにその蛇は体の八割ほどが銀の鱗で覆われていたのです。

 一見して星喰いの蛇に思えないその蛇を、ジェーンはまじまじと見つめます。蛇はとぐろを巻くと静かに目を閉じました。その状態であれば、星喰いの蛇はそこまで恐ろしいものではありませんでした。


「全員、星喰いの蛇を選んだようですね」


 いつの間にか、上にいたはずの魔女が底まで来ていました。魔女が視線を動かすのにつられてジェーンも周りを見回します。星喰いの蛇は星喚者の数と同じ22匹。黒いからだに銀の鱗がところどころに生えているという基本的な色合いは変わりませんが、大きさはかなりの幅がありました。


「では、皆様には選んだ蛇と契約を結び、遣い蛇にしていただきます」

「なぁ、魔女さん。その前に、なんで星喰いの蛇なのか教えてくれないか?」


 儀式を進めようとした黒い魔女を星喚者の一人が止めます。そして尋ねたことは、ジェーン達も気になっていたものだったので思わず一斉に頷いていました。


「構いません。ですが、儀式の時間を使う以上、あなた方の願いが叶う可能性も少し下がりますが、よろしいですね?」

「俺は構わない」


 ジェーンも()()()()()()星喰いの蛇が()()()()()()この儀式に関係していることについて、知りたい気持ちはありました。ですが、それよりも願いが叶うことの方が大切でした。


「私は、願いを叶えたいわ。だから、その可能性が低くなるのは困るの」


 ジェーンはきっぱりとそう言うと星喰いの蛇への疑問を零した男性を睨みつけます。私が願いを叶える邪魔をしないで。そう言うかのようでした。

 願いを叶えることこそ一番優先したい。そんなジェーンの言葉に、他の星喚者達もハッすると一斉に頷きます。


「私も、願いが叶う方が重要です」

「僕も願いを叶えたいからここにいるんです」


 この場にいる人達にとって、自らが抱く願いは何よりも切望しているものだったのです。


 


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