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リシュリー・アルコは約束が出来ない  作者: 入海詩魚
第一章 一番熟れた甘い果実
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実のならない草

 今日はなんだか調子が良いので、杖にそんなに体重をかけなくてもスイスイ歩いて牧場の敷地の一番端の、端っこ草場まで来られた。

 これから可愛い動物達のためにマリポサ草を集めるのだ。


 マリポサ草は、冬に蝶にそっくりな形の色とりどりの花を咲かせる、深緑の葉がつやつやとしたひょろりとした植物で、きれいな水のそばでしか育たない。


 この端っこ草場には、何代前か分からないくらい前のお爺さんが、領内でも良い水質であることで有名なクララ川から水を引かせてもらって作った水路が通っているから、マリポサ草はここはあたいらだけの住処だとばかりに他の植物を押しのけて群生し、ぐんぐんと育ちまくっている。


 他の草達の上に葉を伸ばして太陽を自分達だけで独占しようとし、きれいで美味しい水を我が物顔で飲みまくるその姿はどこか飲み屋にたむろする不良(繊細な心を持つタイプ)を彷彿とさせる、と、個人的に思っている。


 なのでだいぶ前に、お金持ちの友達のエミルの家に遊びに行った時、エミルのお母さんが観賞用マリポサ草を育てていて、そのマリポサ草があまりにしおらしい姿でまだ花も咲いてないくせに淑女然としているのを見て、その効能目的もあろうが、マリポサ草が草花市場でわりと高値で取引される高級な植物だというのは本当だったのかと驚いた。


 街のお金持ちの間では、たくさんの時間と贅沢な肥料をふんだんに使って、育てるのが大変な草花を育てて花を咲かせることが一つの嗜みとして流行しているようだった。


 でも、マリポサ草は花が咲いてもその後に実がならない種類の植物だから、何事にも良い結果を望んで縁起の良いものばかり周りに置きたがる商人達には、あだ花とかむだ花とか言われて目もくれられていないらしい。

 エミルのお母さんのように、色々なものに囚われず自分がよいと思うものをまっすぐ選べる人は少ないから、どうやらマリポサ草は嫌われているといってもいいくらい人々から忌避されがちであるようだった。


 あと、どんな強い呪いがかけられているものでも浄化出来るはずのアイオラス海中湖神殿にどこからか持ち込まれて以来、長い間浄化できないままであるという指輪に、なぜだかマリポサ草の花が彫り込まれているらしい、という有名な噂もマリポサ草が不人気の要因の一つだ。


 でもマリポサ草は、家畜の主食にこそならないが、食後やおやつに食べさせると免疫を高めてくれたり、お乳の出を良くしてくれたり、更にお乳の栄養を増して美味しくしてくれたりする、かなり役に立つ良いヤツなのだ。


 自分が実をつけなくても、他の生き物の命の育みを助けてくれるような植物が悪いものであるはずが無い。

 縁起がどうとか良く分からないけれど、中身を見ないで勝手に嫌ってくるようなそんな奴らに、あんた達の魅力は一生分からないわよ、と義憤を感じるくらい私はマリポサ草のことが好きだった。


 なぜかまるでずっと昔から知っている友達のように。

 

 そして、刈り取りに体力と筋力を使う、家畜の主食となる、丈のとても長い牧草の刈り取りはよほど調子の良い日にしか出来ない私にとって、マリポサ草を集めることは、体調の良し悪しに関わらず出来る唯一の仕事だった。


「今日もちょっとだけ取らせてもらうけどよろしくね」


そう一声かけて、成長途中ではないものを刈り取っていく。

 朝露に濡れたマリポサ草の葉からふわりと新鮮な朝の空気の匂いがして、 仕方ねえなあ、あたいらの力を貸してやってもいいよ、と草語もしくはマリポサ語で気前良く言ってくれているような気がして、勝手になにやら頼もしい気持ちになってクスっと笑った。



「リシュリー、おはよう。今日の調子はどうかな」


「!!!!

 エリオット、お、おはよう。体調は大丈夫だよ」

 

「うん、顔色良いみたいだね。良かった。

 今日はマリポサ草の日だね。いつも通りやれば大丈夫かな」


「ありがとう。じゃ、じゃあ、よろしくね。若いのを取らないようにだけ気をつけてね」


「分かった。もし調子が悪くなったらすぐに言ってね。あと、サンドイッチ作ってきたからこれが終わったら一緒に食べようね。今日はリシュリーの大好きな甘い卵焼きのサンドイッチだよ」


 いつものように牧場仕事のための準備を万全にした状態で現れたエリオットは、そう言って微笑みを作り私の目をじっと見つめると、隣にしゃがみ、どのマリポサ草を取るか選び始めた。

 

 この優美な顔立ちの、肩まで届く美しい金色の髪と、たくさんのまつ毛に縁取られた深い海のような紺碧の瞳を持つ、美しいエリオット・フェレールは私の幼馴染み。

 とても仲が良いのに、なせだか苦手に感じてしまう人。


 ……そして、私が誰にも知られたくない秘密を共有している相手だ。


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