壊れてしまった女の人の夢
これで何度目だろう。
いつもの部屋で、いつもの長机で、話し合いは行われる。
でも、最初の話し合いでは私の横に居た×××は、今では正面の、あの憎らしい××△×の横に座っている。
最初にはしていた婚約指輪も、いつからか×××はしなくなった。
あんなに大切にするって言ってたお互いの誕生花をお互いの指輪に彫った婚約指輪。
あの時はあんなに嬉しそうだったのに。
「ごめん、本当にごめん△△×
でも気持ちは変えられない。どうしても出来ないんだ。
婚約を破棄して欲しい。
何もかも全部、無かったことにして欲しい。
僕には謝ることしか出来ない」
×××がそう言っているようだ。
口がパクパク動いていて、しかしその声の音はどこか違う所からしている、ように感じる。
私の世界は気がついたら視覚や聴覚といった感覚がまとまらなくなっていた。
怒りや悲しみが体から染み出して、世界の法則に影響を与えているみたいに、どんな景色も音も重くちぐはぐだ。
いや、ずっと前からこんな風だった?
それももう分からない。
婚約者の×××も、憎らしい××△×も、もっともらしく、申し訳なさそうな、傷ついているような表情を浮かべて顔を下に伏せている。
なんであなた達がそんな顔するの?
憎らしい××△×。私の全てを奪っていった。
×××だけは奪われたくなかったのに。
とっても大切だったのに。
あなたは良いじゃない。光に溢れて、誰からも愛されていて。
もう十分過ぎるくらい、何もかも持っているじゃない。
なのになぜ、ほとんど何も持てなかった私から全部全部奪っていくの?
私には×××しか居なかったのに。
大好きな、優しい、優しい×××。
×××だけが、私がここに居ても良いんだよって、ちゃんと目を見て言ってくれた唯一の人だった。
お父様もお母様もお姉様も、僧院の聖職者達も、領民達も、みんな私に死んで欲しいと思っているのに。
でも、今の×××の瞳の中には、あの優しさを見つけだすことが出来ない。
私とちゃんと目を合わせることもしない。というより、したくないみたい。
私の、この気持ち悪くて、不吉な瞳と。
きっと、もう×××も私に死んでほしいって、消滅して欲しいって思っているのだろう。
話し合いなんて嘘だ。
それが叶うのが遅いか早いかだけで、もう結果は決まっているんだ。
私の意志は関係ない。存在しないのと同じ。
これはあの二人によって、あの二人の未来のためだけに行われているのであろう、私に対するくだらない説得だ。
未来か。いいなあ。
私にもあったのに。たくさんあったのに。
果樹園の収穫祭で一番熟れて甘くて美味しい実をきっと見つけてくれるって約束した。
病魔が逃げていくらしいからって、とっても珍しい、金色の羊の毛で編んだお守りを作ってくれるって約束した。
たくさん毛布を持って、体の温まるショウガイモをたくさん入れたお茶を作って、天から落ちる星の涙を夜が明けるまで眺めようって約束した。
行けなかった舞踏会の代わりに、踊れなくてもいいから使用人のみんなも誘って音楽会を開いてくれるって約束した。
十七歳になったら婚姻の誓いを交わして夫婦になって、死ぬまで寄り添いあって生きようって約束した。
あいつらのくだらない未来を、くだらない約束を叶えるために、私の約束達は踏み潰されて、殺されるんだ。
心の中で抱きしめて大切に育てていた、大事な、大事な約束達が。
まだ大好きだった時の×××と大切に育てていた約束達が。
今、このとき、殺されそうになってるんだ。
机に自分の腕を折れそうな勢で叩きつけた。
とてもとても痛かった。
そして喉が勝手に何か叫んだ。
人生で初めて感じる猛烈な怒りだった。
怒りというより防衛本能と言った方が近いかもしれなかった。
私は、私の約束達を守らなくてはいけない。
×××が全部無かったことにしたとしても、私の中にはまだ確かに生きている約束達を。
それが、どんなに虚しくて、悲し過ぎることだったとしても。
頭は痺れ、視覚は何も捉えず、ただその防衛反応に従って体が勝手に動いていた。
手を伸ばし、何かを掴んでいた。
そして気が付いたら、自分の腹部には銀色の何かが刺さり、血で真っ赤に染まっていた。
「 」
さいごに口から、たくさんの血と一緒に言葉が出てきたけど、自分でも、自分がなんて言ったのかは分からなかった。