誰?
『俺は誰だ?』
そんな声が脳裏に響く
ドンドン!!!!
ドンドン!!!!
誰かがドアを叩く音で目が覚める
「貴史…お願いだから…現実に戻って…」
「うるせえ!!!!邪魔だ!!!!」
涙目で訴えてくる年老いた女と
吠える中年の男、俺と俺の母親だ。
いつまでも働け働けとしつこく迫ってくる
毎日の光景だ。
勝手に産んでおいて働けとはこの年老いた女は都合の良いことを言う。
あんまりじゃないか。
つまり俺はニートで実家に寄生し続けている
社会から見れば俺なんて救えない存在…
なんだろうと思う。
だからなんだ。俺には俺の生き方がある。
人間らしく生きろなんて言葉は聞き飽きた。
それを頭ごなしに否定され俺はこれまでで1番憤りを感じていた。
「失せろ!」
そう言って俺は老婆を突き飛ばした。
そして部屋に閉じこもる。
もはやルーティンだ。
ネット掲示板で高学歴をディスるかVRゲームとかいう仮想現実を体験できるゲームで現実逃避をする
これが今の俺の生きがいと言えるだろう。
VRに飽きた俺はいつものように掲示板を開く
「ハハッこいつ馬鹿だろ頭悪ぃ」
などと自分のことを棚に上げ罵る
上げる物も無ければ上がる棚も無いのに
いつものようにそんなことを続けていると
ギィ…
とドアが開く音がした
「ババア!!勝手に入ってきてんじゃ……」
ドスッ
鈍い音と共に身体から丁寧に加工された鋭利な鉄が生えている事に気が付く
「……は?」
溢れ出す血は思ったよりも赤みがあった
俺も人間だったんだなあ
そんなことを思いながら
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
と機械のように呟く女の形をした肉塊の声を子守唄に
俺は眠りについた。
母さん…ごめん…
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「…う」
「…長!」
「社長!!」
聞き覚えのない肩書きを連呼する男の声で体内に光を取り込む為に目が開く
「大丈夫ですか!?」
事態が飲み込めない。
何を言っているんだこの男は
「社長…?俺は…?お前は…?」
素朴な疑問をぶつける
「何を言っているんですか、私は秘書の柏田で貴方は我が社の社長でしょう?」
柏田と名乗る男はまるで説明書を読むように、当たり前のことであるかのように淡々と夢のような言葉を並べた
「社長…?俺が?」
何一つ事態を飲み込めていない俺は続けた。
「寝ぼけてらっしゃるんですね、社長の人間らしいところ初めて見た気がしますよ」
柏田は何故か嬉しそうに笑いながらそう言った。
「社長は世界的に進出している仮想現実体験シミュレーション事業の第一人者でしょう」
段々と記憶が鮮明になっていく
そうだ、俺はこの会社の社長で会社の看板である仮想現実シミュレーションゲームの新製品デバッグをしていたんだった。
「すまん柏田、新製品を試していて現実と仮想現実が混同していた。」
柏田はそれを聞くと安心したように声を出す
「正気が戻ったようで良かったです。今回は確か中年ニートの人生?でしたかね?」
柏田は続ける
「デバッグ作業なんて開発部にやらせたら良いものを何故社長自ら?」
当然の疑問だ
「底辺の生活を知りたくてな」
俺は答える
「お戯れを」
柏田は呆れたように笑った
それにしても少し疲れが溜まっている
デバッグの影響か?
「今日この後の予定は?」
柏田に予定を確認する
「えー本日はこの後A社との商談があります」
「分かった、時間になったら起こしてくれ。それまで少し仮眠を取りたい。」
疲れ切った表情…と呼ぶのだろうか今の俺の顔は。
そんな俺は柏田をアラームにすることにした。
「承知しました。それでは良い夢を。」
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「…い」
「…ーい」
「おーい!」
恐らく俺を呼んでいるであろうアラームの声がする
「大丈夫か?」
柏田の分際で社長の俺に敬語を使わないとはいい度胸だ。
俺はゆっくりと目を開ける。
…
…
…
…
なんだ?様子がおかしい。
「ここは…?」
男は力を振り絞って声を出す。見慣れない質素な部屋にもう1人20代前半に見える男がいる。
「何言ってんだお前、ここはお前の部屋だろ」
その男は呆れたようにそう吐いた。
「柏田は…?商談があるんだけど今何時…?」
ぼんやりとする頭を懸命に動かして聞く
「柏田?お前何言ってんのほんと」
「お前レポートの途中で疲れたとか何とか言って仮想現実ゲームし始めたんだろボケてんのか?」
…
…
…
「そう……だっけ…?」
頭の中が全く整理できていない。
あれは仮想現実だったのか?
じゃあこれが俺の現実…?
「俺って本物…だよな……?」
突然言いようもない不安に押し潰されそうになり堪らず男に尋ねる
「はあ?ほんとに大丈夫かよ現実と仮想現実どっちが本当の自分か分かんなくなってんじゃねーの?まあたまに俺も分かんなくなる時あるけどお前ほどじゃねーよ、仮にこれが仮想現実なら俺ら惨めすぎんだろ」
冗談混じりに男が言う
「……」
「…お前もう寝ろ、多分疲れてんだろ。とりあえず何時間か経ったら起こすから。」
何も言わない俺を見て男は少し心配したような憐れみを含んだ声でそう言ってくれた。
「すまん…そうするわ…」
…俺は……誰だ?
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俺誰だ?
そんな声が脳裏に響く
…
…
…
ドンドン!!!!
ドンドン!!!!
誰かがドアを叩く音で目が覚める
「貴史…お願いだから…現実に戻って…」
「うるせえ!!!!邪魔すんな!!!!」
……
……
……
……あれ?
本物の……俺は誰だ…?