終わりなき戦い 5
食事を構成するものは、各カプセルで収穫された野菜や、ファームで育成された畜産物。
栄養バランスを考えて混合された物体から、不要なものを取り除き、無味無臭の状態に加工される。
出来上がるのは、固形物で、それを作るのはファクトリードームで、そこから各カプセルへと配布される。
更に、各ソファに配布され、食事の際に、どのような演出をするかによって、その形状を変えるシステムになっている。
食感と風味を調整する事で、無限の可能性が広がる。
人間の五感など、その程度のものだ。
本物の肉を食べたい、とか、リアルな食事を望む人は皆無と言っていい。
この社会になってから、生活上に貧富の差はない。
仕事によって給料は違うし、所得の差は存在する。
税金は、収入によって納付額が変わる。
これは、100年ほど前とあまり変わっていない。
ただし、皆同じ家に住み、車のような移動手段を使用する事もなく、観光用ロボットの使用は無料。
子供が増えれば、大き目の部屋に移るか、部屋を二つ使用する。
そもそも住居の割り当ては国が管理しており、家賃は税金に含まれる為、部屋を使う数が変わると納税額が変化するだけで、それも大した額ではない。
お金のかけどころがない社会なのだ。
高級住宅を建てるにしても、仮想空間に建てる位。
仮想空間で着用する服装を購入する事は出来るが、それほど高いものはない。
さながらゲームのアバターの洋服を課金して購入するような感覚だ。
家具や、壁紙、照明、などについても同様で、高級なものは高額の料金が設定されているが、実在するものではないので、それほど極端に高額なものはなく、平均的な収入の家庭でも、豪邸に住んだような感覚を味わう事が出来る。
ゲームは、様々な世界を体験したり、食事の演出を含んだものも存在している。
つまり、ゲームの世界で、また別の人生を経験するものが多くあり、大変人気なのだが、理想の世界の中に没頭して現実世界から離れて、現実世界に戻る事が出来なくなる例が以前には存在していた。
最初は、精神的な健康を保つためにソファがゲームを強制終了するなど、荒い対応がとられていた。
しかし、反って良くない結果を招くという事が判明し、ゲームと生活を連動するシステムが開発された。
ずっと仮想現実に居るにも関わらず、現実世界の生活に支障を出さないよう、折り合いをつけたのだ。
ゲームの中で生きていく事を選択した人間は、ゲームの中での労働と、現実での労働を関連づける必要がある。
もちろん、その他の生活に関する全てを、現実と関連付ける。
現実に戻りたければ、申請を行えば関連付けを解除し、一般的な生活に戻ることが可能だ。
昔のような生活に憧れて、かつての生活環境で生活し、満員電車での通勤をしてみたり、社畜と言われたサラリーマン生活を送ったりする物好きもいるが、大抵は、すぐに脱落し、別のゲームに移るなり、もう2度とゲーム内での生活を送らずに、現実の世界で生きる。
100年ほど前の現実世界を忠実に再現したゲームは、今を生きる人間にとっては、あまりにも過酷なのだ。
けれど、このゲームは、それなりの人気がある。
現実世界と連動させてのプレイは、あまりにもハードだが、娯楽として楽しむ分には、細部まで緻密に当時の世界を再現できており、かなり楽しめる、と、評判なのだ。
そして、このゲームこそ、唯一KTが制作に関わったゲームである。
KTは、仕事を辞めるにあたり、その当時の事を思い起こしていた。
閲覧可能な資料から再現するのは至難の業だった。
しかし、楽しかった。
寝る間を惜しんで作業したかったが、ソファに管理されているので、それはできない。
それが、かえってKTを発奮させた。
限られた時間の中でいかに作業を進めるか。
その時のKTは、やる気に満ち溢れているどころか、あまりにも狂気じみており、人に見られていたならば、皆一様に恐れをなしただろう。
KT以外の人間には不可能であろう速さと正確さでプログラムを組み、ほとんど完成させてしまった。
これを機に、より難易度の高い仕事を任されるようになり、ゲームの制作に関わることは無くなってしまった。
TWEの活動に参加するようになってからと言うもの、休みの時間に趣味で作成していたゲーム作成も進まなくなっていた。
もし、waste monsterの件が解決したら、waste monsterのゲーム作成をしても良いか、MKに聞いてみようか。
そんな事を考えていたら、上司から届いた返信メールに記されていた時間がきた。
待ち合わせたVR会議室で、挨拶を済ませた。
「もう、話は聞いていますか?」
KTが、上司に尋ねると、ため息混じりに頷いた。
「全く、優秀な人間は上にいくのは良い事だが、まさか政府に引き抜かれるとはな。
まあ、本当のところ、KTのことだから、驚きはしなかった。
いつか、こんな日が来るだろう、と、覚悟はしていたよ。
優秀なんて一言で片付けられ無いほど、恐ろしく優秀な人間だからな。」
驚かなかった、とは言うものの、上司はひどく落胆している様だ。
「さすがに、両立できる様なことではありませんでしたので、残念ですが、辞めさせていただく事にしました。
お世話になりました。」
KTは、人の感情がわからないわけではないのだが、適宜、気の利いた言動をすることができない。
上司もそれはよくわかっているので、小さく笑って、気持ちを切り替えた。
「君の様な優秀な人材に代わる人間を見つける方は、恐らく不可能だろう。
本当に残念だ。
こちらこそ、今までありがとう。
政府の仕事が片付いて、もし、戻る気があったら、連絡をくれ。
君の様な優秀な人材は、いつでも歓迎するよ。」
KTは、なんと応えたら良いのかわからず、黙ったまま頭を下げた。
こと、優秀だとか、賛辞を述べられると、反応に困る。
昔こそ、ありがとう、とか、冗談めかして、自分は天才だからな!とか、言っていたのだが、本当に天才なので冗談にならず、周りは苦笑いするばかり。
そのうちに、何を言って良いのかわからなくなり、何も言わなくなった。
それほど長い期間ではなかったが、あのゲームを作った会社だから、KTなりに思い入れはあった。
ゲームから離れた事で、やる気がなくなったのだが、それでも文句を言うことはなく、仕事はきちんとこなしてきた。
本当はゲームの仕事をしたかったが、他の人間ではできない仕事だから、と、言われると、もう納得するしかなかった。
だからといって、自身の才能を恨んだことはない。
この才能を恨むことがあるのは、いつも他人だ。