終わりなき戦い
「至急!至急!
カプセル28付近のwaste route(廃棄物用路)にwaste monster(廃棄物の怪物)出現。
waste monsterは現在カプセル28への侵入を試みている!
急行してカプセル内への侵入を防げ!」
緊迫した声での無線を受け、対waste monster部隊であるTWE(Those who exclude(排除する者達))の、メンバーが、警備ロボットにアクセスする。
一人は、ドローンにアクセスし、対waste monster兵器を警備ロボットに配布した後、戦闘のアシストを行う。
動きを監視し、効率的な戦闘配置を指示したりする為、担当しているのはチームリーダーだ。
一つのチームは、リーダー、サブリーダー、戦闘員3名、予備戦闘員2名の計7名で構成され、この街に、ある日、突如現れたwaste monsterと戦っている。
この国は、某年に世界を翻弄したウイルスがきっかけで計画された、全国民を外気に晒さない環境で生活させる設備を完成させ、実際に日常的には全く外気に晒されない生活を実現させた。
某年からは100年余り後の世界であり、未曽有の危機的状況を実際に知る者は、もう生きていない。
強度の関係で大きさが決められた、カプセルと呼ばれる透明な厚い壁で覆われた居住施設が、全国に建設され、その他にもファームドーム(畜産場)、ウォータードーム(貯水及び浄水場)、ファクトリードーム(工場)、ウェアハウスドーム(倉庫)といった施設がある。
他にも、ドーム内に収められるものは全てドーム化されており、外部に露出している施設は、空港、貿易港など、極一部の施設のみである。
カプセル及びドーム外に、放棄された暗い路地が点在しており、そこでホームレスのような暮らしをしている暗闇の民が居るのだが、脅威として、排除対象になっている。
排除とはつまるところ、生命の停止及び廃棄である。
waste routeに集められるのは、排除された暗闇の民の他、カプセルやドームからの廃棄物だ。
大半は、カプセルやドームからの廃棄物であり、その内容物の大半が、健康な細胞を維持する為に廃棄された異常な細胞である。
その廃棄物が突然変異を起こし怪物化したものがwaste monsterであり、人間を襲う為カプセルに侵入しようとする。
実際に侵入され、閉鎖されたカプセルもいくつかあり、現在、この国最大にして最悪の脅威となっている。
この国では、人間は完全な健康管理を行われ、誰もが100歳まで生きることが出来るようになった。
ウイルスを含むあらゆる感染症の恐怖に晒される事もなく、ガン細胞などの健康を害する細胞は、初期に排除される。
カプセルとは、透明のカプセルを縦に地面に突き刺したような状態で、全体の3分の一は地中に埋まっている。
住居は地上15階、地下5階に規則的に並び、中央部分が吹き抜けになっている。
16階〜18階部分では、植物の土壌栽培が行われており、水やりなどはシステムが管理している。
更に、地下6階から8階までの壁面に沿う形で水耕栽培が行われている。
住居はカプセルの壁面に沿って並んでおり、住居の高さ、奥行きは均一。
中に居住する人数によって、幅だけが違う。
各住居内部には個々のブースがあり、家族間でも直接接触する事はない。
住居に入ると、まず玄関ロビーのような場所があり、左右の壁面には3歳~19歳の間に使用する可変式の健康管理器具が設置されている。
20歳になると、個人専用の健康管理器具が支給され、それから先は特別な理由がない限り、住居内にあるブースの中で一生を終えることになる。
この健康管理器具は、一般に『ソファ』と呼ばれ、基本的な健康管理や、食事、排泄、清潔な状態を保つための洗浄、睡眠サイクルの管理、常に細胞を健康な状態に保つための処置等、生きるために必要な全てを担っている。
ソファは、臀部の当たる背面側にチューブと接続するためのコネクタがあり、ブースにいる間は排泄物はそのチューブを伝って地下6階以下に存在する、エネルギー変換機構へ送られる。
不要な細胞は、また違うチューブを通りwaste routeへ放出されるのだが、その際に10個の弁を通る。
弁は一方向にしか動かず、外部からのウイルスや細菌の侵入を防ぐため、最後の3つの弁内部では、常に消毒液が噴霧されている。
また、カプセル最下部の底面には、全面に小さな穴が空いており、そこから常に消毒液が噴霧され続けている。
廃棄物との距離は常に50m以上が保たれているが、昨今、この廃棄物の増加が問題となり、なんとか分解するシステムができないか、と、科学者や医者に相談が持ちかけられていた。
その結果として、ある微生物を散布して分解しようと言うことになったのだが、どうも突然変異の原因はそこにあるのではないか、と、言う説があり、waste monster対策の一環として、その微生物の分析が進められている。
対waste monster兵器も試行錯誤されているため、ほとんど毎回違うものを使用しているような状態だ。
当然のことながら、戦っているメンバーも、ブースから出ておらず、遠隔で警備用のロボットとドローンを操縦しているに過ぎない。
その技能について特に秀でた者のみで、TWEは結成された。
この国では、生まれると同時に保育器のようなケースで完全管理される。
母乳を与える場合には、チューブを介して不要な成分を取り除いた上で新生児の口に届くようになっている。
脳に信号を与えたり、ケース内の温度管理、母や父の体臭をケース内に送り込む事で、新生児が直接父母に抱かれている感覚を持てるように工夫されている。
父母も、VRや匂い、温度などの管理により、同様に実際に子供を抱いている感覚を得られるようになっている。
保育器内では遺伝子検査を含む、可能な限りのあらゆる検査が行われる。
もし、重大な問題が発見され、長く生きられない可能性が高い場合、親が”生命の停止”を選択することが出来るのだが、9割が生命の停止を選択するため、ほとんどそうすることが当たり前になっている。
この”選択的生命の停止”は、誰もが100歳まで生きる事が出来る社会の秩序を守る為に行われており、仮に可能な限りの生命の継続を選択した場合においては、研究対象となる事を了承しなければ、金銭的な問題で子供を育てられないばかりか、生活が立ち行かなくなる為、選択的生命の停止を行わないのであれば、研究対象にされるしかないのが現実である。
つまり、遺伝子異常であれば、今後そのような遺伝子異常を起こさないためにはどのようにすればよいのか、という視点で研究がなされ、その一生も、死後も全てが研究の対象となる。
また、”生命の停止”を親が選択する事が出来るのは、子供が3歳になるまでの間、と、定められている。
3歳以降は、生命維持に必要になる危機や定期的な検査、時に手術など、健康な人よりもはるかにお金がかかる事になる。
研究の対象にされることを了承すれば、補助金が支給されるのだが、もし、研究を拒否すれば、補助金が出ない為、ほとんどの人が、健康でない赤ちゃんを育てない。
そもそも、不健康な赤ちゃんの出生率自体が低確率になっている為、実際に選択的生命の停止が実行されるケースは数えるほどである。
1歳になると、保育器に予め設置されているチップが、手の甲から皮下5mmに埋め込まれた後に、保育器から出され、変形可能な浮かぶゆりかごへ移される。
3歳までこのゆりかごで過ごすのだが、この間に歩行訓練など、この時期に学ぶべき事の一切をカバーできるようになっていて、睡眠や食事、健康管理も全てゆりかごがこなす為、親は何もする必要がない。
この時に過ごしているのは玄関ロビーの部分で、ブース内へは入る事が出来ない。
そもそも個々のブースへは、チップで出入り口を開閉するため、個人のみが出入りできる場所なのだ。
カプセル内には、地下5階の中央部分に、健康な細胞を維持、管理する為の施設、K.H.Cセンターが設置されており、そこに隣接して医師が手術を行う為の医療ロボットが設置された施設がある。
K.H.Cセンターを利用するのは、10歳~19歳の間で、カプセル内の移動が可能となる試験に10歳までに必ず合格し、10歳の誕生日から半年毎に、19歳と半年までの間、必ず通わなければならない。
カプセル内を移動する場合にも、防護マスクは必ず装着する事になっている。
一見すると宇宙飛行士のような状態だ。
医師が対応するのはあくまで、システムでは対応できないような場合のみ。
また医師が対応する場合でも、遠隔でロボットを操作して手術を行う為、患者と医師も接触することはない。
医師が処置を行う主な例としては、腸捻転、心臓疾患(生まれつき弁の動きが悪い等の理由でバイパス手術が必要な場合や、人工心肺装置が必要なケースなど)、細胞を常に健康な状態に管理しているにもかかわらず大きくなってしまった腫瘍の除去。
その他、アスリートの深刻な怪我の治療などである。
このように、細胞から完全に管理するシステムが構築されており、特別な遺伝子異常などを持って生まれた場合など、特殊なケースを除き、誰もが平等に100歳まで生きる権利を与えられていて、罪を犯した物は、寿命を削られるよう決められており、罪の重さによって死刑に相当する事もあり得る。
教育機関は実在せず、全て自室内で行う。
教師という職業は存在しているのだが、それはあくまで何をどの時期に学ばせるかを選定する為で、勉強を教える人は存在していない。
一時期はVRで仮想空間に学校を設置して、社会性を育てる意図も含めた古典的な教育を行ってみたものの、時代に合わないという事で、廃止された。
その為、現在は、一定の範囲をこの期間に学ぶようにというガイドラインこそあれど、飛び級のような形で、どんどん進める事も出来るし、ギリギリの期間で学ぶ者もいたり、各々のペースにある程度任されている。
これにより、天才が実力を発揮できるようになった。
運動で力を発揮したいと望む者は、専用のアスリート育成機関に行く事となるのだが、この国では、外出に関する試験が10段階あり、まず1段階目が先述の10歳までに必ず合格しなければならないカプセル内を移動する為の試験。
2段階目は、隣接したカプセルへの移動が可能となる試験。
3段階目は、更に隣接したカプセルへの移動が可能となる試験。
4段階目は、区切られたエリア内への移動が可能となる試験。
この区切られたエリア内には必ずランドマークが一つ以上ある為、そのランドマークで働きたい場合には取得が必要な試験と言える。
5段階目では、皇室関連施設を除くすべての施設への移動が可能になる。
アスリートを希望する場合は、この5段階目の試験に合格する事が最低限必要となる。
その他に、先述のファームドームや、ウォータードーム、ファクタードーム、ウェアハウスドーム、もちろん、貿易港管理ドーム、入国者専用カプセル、帰国者専用カプセル、転居待機専用カプセルなどへ移動可能となる。
ついでに言えば、6段階目の試験に合格すれば隣接するエリアと、政府関連施設へと移動可能となる。
7段階目で国内全土への移動が可能となり、8段階目で皇居関連施設への移動が可能となる。
9段階目は海外への移動、10段階目は宇宙への移動が可能となる。
希望する職業によっては、資格が必須であるが、多くは遠隔でロボット操作を行う事が可能であるため、実際にその場所に行くことは少ない。
例えば皇室のSPになりたい場合、8段階目の試験合格は必須だし、医師についても8段階目の試験合格が必須になっている。
国会議員も、国会時にはホログラムで参加しており、一般市民と変わらない環境下で生活している。
ただし、どこにいるかは秘匿事項で、一つのカプセルに政治家が集中しないよう、敢えて分散配置されている。
今、危機に瀕しているカプセル28にも政治家が住んでいる可能性はあるが、そう言った事を知らされるのはごく一部の人間のみであり、TWEのメンバーも当然知らない。
彼らはただ目の前のwaste monsterを排除する事しか考えていない。
攻撃による被害が出ないよう、カプセル28底面に、4つのパーツを投げることで50m四方の電磁バリアを形成できるモバイルバリアを展開し、サブリーダーがwaste monsterの正面から兵器を使用。
怯んだところに、すかさず両脇から戦闘員が追撃し、落下予測地点で、もう一人の戦闘員がとどめの攻撃を行った。
waste monsterは、waste routeを伝って逃走し、それをリーダーのドローンが追いかけるが、waste routeは全てのカプセルやドームにつながっているまるで迷路のような場所だ。
あっという間に見失い、リーダーは本部へ報告をいれる。
「本部、こちらTWE28リーダーのKTです。
waste monsterはカプセル28底部付近より逃走。
一定のダメージは与えられたようですが、どこか別のカプセルへの攻撃が予想されます。
今回の兵器にはGPSが内臓されているようなので、もし動きがあれば参考にして下さい。
こちらは撤収します。どうぞ。」
少し間が空き、無線とは違うノイズのないクリアな返答が返ってくる。
「本部了解。
KT、明日までに報告書の提出を頼む。」
Wi-Fiでの音声通信は、国内全土で安定して行えるようになっている。
そうしなければ支障があるからだ。
そして、プライバシーは100余年前よりも重視されている。
その為、警察官や医師すらイニシャル表記となり、仮の名を名乗る事が許されているのだ。
「了解。」
KTは、チームに解散を言い渡すと、ドローンを汚染物処理施設に不時着させ、回線を切った。
他のメンバーも、警備ロボットを汚染物処理施設へと運ぶルートに搬入し、回線を切った。
メンバーの本名、顔、年齢、性別の一切を知らない。
それでも、やるべき事をやればそれでいい。
KTは本部に提出する報告書を書きながら。
「面倒くせ」
と、つぶやいた。