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翡翠の屋敷で変人と  作者: 兎蛍
第一章 女子高生と不老不死と
8/100

第8話 だから彼に同情はしない

最後兄視点入ってます

「夏夜ちゃん、どうしたの?」


 本を見たまま固まってしまった私を雪蛍さんが不思議そうに見つめる。足元には、いつの間にかこたつから出たらしい黒猫が座っていた。


「あ、すいません。それ家にあるんですよね」


「そうなんだ! これ最高だよねー。作者もう死んでるから新作読めないの残念だけどね」


 初めて雪蛍さんに嘘をついた。この小説は今住んでいる兄の家にはない。あるとしたら実家だ。


「その作者、私の母なんです」


 隠す理由もないので打ち明けた。流石に雪蛍さんも苗字が一緒という理由だけで親子とは思っていたわけもなく、少し驚いたように、納得の表情を浮かべた。


「あ、だから小説家になりたいって言ってたんだね」


「そういうことです」


「なんか、ごめんね」


「いえ、その小説を薦めてくれて嬉しかったです。多分……最高傑作だったと思うから」


 真昼のスーサイド。タイトルに反して、誰も死なない小説。デビューから8年で17作の小説を世に出し、18作目を執筆中の締切1週間前に自殺した、あの人の16作目だ。



 実のところ、母親に関する記憶は多くない。いつも小説を書いていただとか、書いた小説を真っ先に私や兄に読ませてくれたとか、あの人の記憶にはいつも小説が付きまとう。後から知った話、母は生前いくつもの文学賞を取って、本を読まない人でもその名前を知っているような小説家だったらしい。

 確かに、昔は母の新作が出る度にテレビで誰かがその事を広めたり、本屋が大々的に急造の看板で宣伝したり、他に読むものがないのかと疑いたくなる程にみんながそれを買っていったり、子供ながらに不思議なことはあった。

 だが17作目は世間からの評価も思わしくなく、スランプに陥ったと噂されていたらしい。

 18作目ではほとんど何も書けなくなり、仕事部屋から出てくるところを見たのは1度か2度くらいだった。


 自殺の理由は明らかだった。


 母親が死んだ次の日から、どこで知ったのかテレビや新聞ではその話題で持ち切りになり、家の前にもカメラとマイクを持った人だかりが出来ていた。


「お兄ちゃん、あの人達、なに?」

 そう言って、小学3年生だった私は当時高校生の兄を困らせたこともあった。テレビには連日、知らない人からの同情の声やお悔やみが流れた。


 数年経って、色んな人の小説を読んで、遅ればせながら母親の世間への影響力も知った私には、将来の夢があった。母と同じ景色を見ることだ。その時からずっと、私は小説家になりたかった。

 このことをすぐ父に言っても、多分反対されるからせめて高校生までとっておこう。そう思った。

 高1の時、初めて父親に話した。兄は既に家を出て探偵として生きていて、2人きりの食卓だった。父親はやっぱり反対してきて、普通の生き方じゃないしそんな才能はない、あったとしても小説家は認めないと厳しく批判した。


 なのでその日の夜中に、1週間前から準備してあった荷物を持って兄の家に転がり込んだ。もちろん父からの番号は着信拒否にして。


 あの日も兄は深夜アニメをリアタイしていたらしい。大して眠くもなさそうに、警戒すらせず午前2時の呼び鈴にドアを開けた。


「お兄ちゃん、私が小説家になるまでここに住まわせて」


「いいけど、家事は分担な」


 それぞれの第一声がこれだった。兄はいつの間にか父親と話をつけてくれたらしく、警察に捜索される羽目にもならず、兄との同居が始まり今に至る……というわけだ。


「えっと、なんで夏夜ちゃんのお父さんはお兄さんの家に住むのを認めたのかな」


 話し終わった私に雪蛍さんから当然の疑問が飛んでくる。


「まぁ、どうでも良くなったか、呆れられたかです。多分」


「……そっか。でも、あの南雲栞さんの娘さんかあ、ならなれるんじゃないかな、すごい小説家」


「だといいんですが」


「実は蛍にも薦めたことあるんだよね、南雲栞さんの小説」


「そうなんですか。どうだった?」


「……嫌いじゃない」


「こんな感じで、絶賛だよ」


 それは絶賛なのか。蛍にとってはそうかもしれない。


「引き止めてしまったね。おすすめの本、別のを考えておくよ」


「ありがとうございます。それじゃ、失礼しますね」


「また来てね〜」


「はい。さようなら、雪蛍さん、蛍」


「……ん」


 そういえば、今日も夜拆さんとかいう人には会えなかった。小説を書くのに役立ちそうだから、医療現場の人に色々聞いてみる機会が欲しかったのだけど。




「養育費なんていいよ。俺が自分の意思で夏夜の面倒見てるわけだし」


 最近新しい友達が出来たらしい妹の帰りが遅いのを、今日はありがたく思いながら、さっさと電話を終わらせてしまおうと畳み掛ける。


「俺は夏夜の夢応援してるから。分かったら、こんなことでもう掛けてくるなよ」


 最後の言葉が少しきつくなってしまっただろうかと、通話終了した時点で気付く。まあいいか。

 放課後遊んでても、もうすぐ夏夜は帰ってくるだろう。今日の夕食は俺が担当だから、急がないと。数ヶ月ぶりの父からの電話に、自室でアニメグッズに隠すようにして本棚に置いてある南雲栞の17冊の本を思い出しかけ、それを振り払うように台所の明かりをつけた。

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