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翡翠の屋敷で変人と  作者: 兎蛍
第一章 女子高生と不老不死と
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第4話 夕空に佇む図書館にて

その日は授業が終わってからすぐ帰るつもりだったが、図書館で借りた返却期限ギリギリの本が鞄の中で眠っているのに気付いた。昼休みも終わりかけの、午後1時過ぎの事だった。

 放課後、家とは真逆の方向に歩を進めていると、白刃君と藤原君が並んで歩いているのに出くわした。藤原君がいち早く私に気付いてにこやかに話しかけてくる。


「あれ、南雲さんって家こっちだったの」


「あ、いや図書館行こうと思って。2人は同じ方向?」


「そうだよ。家は別に近くないけど」


 話しながらも、穏やかな雰囲気の藤原君と全くこちらを見向きもしない白刃君の温度差に意識が行ってしまう。白刃君にはもしかしたら嫌われているのかもしれない。


「2人は、いつも一緒に帰ってるの?」


「そーそー。冬雪、いつもぼーっとしてるから俺がいないとな」


 茶化すような台詞とほぼ被せて目線を誰にも向けずに白刃君が抗議する。


「大丈夫だよ」


「お前の大丈夫は信用出来ないんだよ」


 ほんの一瞬だけ、2人の間に冷たいものが流れた気がした。そこを気にする間もなく、目的の図書館が現れたので2人とは別れる事になる。


「じゃあね、また学校で」


「うん、ばいばーい」


 数年前に建った市立図書館。学校からも近いため、放課後や休日は見知った顔もちらほらとある、大きな図書館だ。入ってすぐのところには自動販売機や休憩所、100円が後で戻ってくるタイプのコインロッカーがある。

 2階には縄文時代や戦国時代の史料が置いてあるらしいが、立ち入ったことはない。


 同じ制服を着た人達がノートや問題集を広げる勉強スペースの近くに受付がある。

 この時私は、受付の人の顔を数秒見て、その正体に気付くや否や図書館であるにも関わらず大声をあげそうになった。


 雪のように白い肌、岩の間を走る清流のように繊細な薄水色の長髪、ただ昨日と違うのは右目が緑色でなく左目とおなじ水色を帯びているところと、着物ではなく普通の洋服を着ているところだけだった。


「……雪蛍さん!?」


 私の声に何人かの学生が振り向く。


「そうだよ〜。あ、一応図書館だから、後で話そう? もうすぐ仕事終わるから」




「ここで働いてたんですか?」


 本は返して、雪蛍さんの仕事が終わるのを待って、ゆっくりと2人で歩き出した。紫とオレンジの混ざった空に、一番星が見えた。


「そうそう、右目だけカラコンつけてるんだけど不自然じゃないよね?」


「あっ多分大丈夫です。ちなみにどうしてこんな所で?」


「好きなんだよね、本。蛍にも色々薦めてるんだけどあんまり興味ないみたいで。あでも最近はちょっと読んでくれるようになったんだよ」


「雪女も本読むんですね」


 すぐに、自分が物凄く失礼な事を言ったような事に気付いたが、雪蛍さんは全く意に介していないようだった。


「そりゃ読むよ。これでもあの図書館にある本の半分は読み終わってるからね」


「凄いですね……! 今度おすすめの本教えて下さい!」


「いいよ〜、夏夜ちゃんも本読むんだね」


「読みますよ。一応、小説家目指してるので」


 言ってから、少し恥ずかしくなった。現実的な目標を立てた方がいいと、雪蛍さんも人間みたいに言うだろうか。だが雪蛍さんは笑顔を少しも崩さず返した。


「そうなんだ、凄いね! 読んでみたいな〜夏夜ちゃんの小説」


「……! はい、是非! 蛍にも読んでもらいたいです……」


「あの子なら読んでくれるよ、多分。人間嫌いだけど、人間の作ったものまで嫌ってるわけじゃないから。それに、夏夜ちゃんなら多分蛍の友達になれるんじゃないかな?」


「なれますかね……。蛍と話した時、すっごく嫌そうな目で見られましたから」


「なれるなれる! 実は蛍、既に仲良い人間2人くらいいるんだよね。本人は否定するだろうけど」


「えっ、そうなんですか」


 生まれてこの方誰とも関わった事のなさそうな蛍に人間の友達がいたというのは、かなり意外だった。暖かな黄緑色の髪とは裏腹に、白刃君にどこか似た冷たい目線を想起する。


「1人は夜拆よひらさんっていう人でね、凄くいい人なんだよ。うちに来てたらいつか会えるかも。あの人もしょっちゅう来てるから。もしかしたら夏夜ちゃんも知ってるかもしれないよ」


 よひら。どういう字を書くのだろう。変わった名前だ。そんな人は知り合いにはいないのだけど。


「いや、知らない人ですね……多分」


 雪蛍さんは大して残念でもなさそうにそう?と肩を竦めた。


「そうだ、夏夜ちゃんスマホは持ってる?なんか、最近の子はみんな持ってるらしいんだけど」


「はい、持ってますよ」


「じゃあ、連絡先交換しない?」


「あ、いいですよ! 逆に雪蛍さんが持ってた事に驚きです」


「そりゃ持ってるよ。現代社会に馴染むために必要だと判断したからね。蛍は持ってないけど、いつか持たせることになると思う」


 ずいぶん俗っぽい妖怪だ。この数時間で、雪蛍さんと物凄く距離が近くなった気がした。連絡先を交換して、私達は妖怪と人間である事も忘れて笑いあった。

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