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奴隷勇者のご主人様  作者: 善信
2/2

            ◆


 魔力の流れを作るようになってから、少しばかり勇者とソルシェの関係は変化を見せていた。

 いつものように、呼び出されては理不尽に振り回される事も多々あったが、時々、勇者を側に置いて一緒に食事をするよう命令したり、自分が眠るまで手を握ってなさいなどと、気を許しているような姿を見せる事も多くなっていたのだ。


「奴隷から、ペットに格上げって感じかしら♥」

 などと、相変わらず生意気な事は言うものの、以前のように無茶は言わなくなっていた。

そんな、平和とも思える日常が続いていたのだが……それはある日、突然に起こった。


            ◆


「フフ~、フフン~」

 鼻唄を歌いながら、ソルシェはお気に入りの服を用意して、勇者を呼び出そうとしていた。

 いつもなら、侍女が彼女を着替えさせるだが、今日は彼に手伝わせて着替えようという、ソルシェの悪企みである。


(いつも私を、子供扱いするからな~。この辺で、立派なレディだって事をわからせてあげなきゃね♥)

 慌てふためく勇者の姿を想像すると、自然と笑いが込み上げてきて、ソルシェは口元に手を当てる。

 逆に、レディはそんな事しないという、つっこみが入るかもしれないとは考えもせず、ソルシェが勇者を呼ぼうとした、その時!

 急に開かれた扉から、鎧姿の戦士がひとり、ズカズカと部屋の中に入ってきた。


「な、なによ、アンタは!?」

 無礼な来訪者に、ソルシェは睨みを効かせる!

 男には見覚えがあった。確か、魔王である父の親衛隊に属している一人だったはず。

「私を、誰だと思っているの!さっさと、出ていって!」

「非礼はお詫びしますよ、姫様。そして、非礼ついでに貴女を拘束させてもらいます」

「えっ!?」

 この男は、いったい何を言っているのだろう?

 突然の出来事に、ソルシェの思考はストップしかける。


「貴女の父君、魔王様はいまだに休眠に着いたまま……このままでは、我々にとってよろしくありません!ですから、私の主であるあの御方(・・・・)が、新たなる魔王として君臨する事となったのです」

(あの御方?誰なの、そいつは?)

 男の言葉に浮かんだ疑問が、ソルシェの頭の中を、ぐるぐると回る。


「そ、そんな話は知らないわ!」

「知る必要はありませんし、口出しも必要ありません。ただ、貴女は黙って我々の言うことを聞いてくれれば、それでいいのです」

 冷たい目付きで彼女を見下ろす戦士の姿に、ソルシェ小さく震えた。

 しかし、ここで奴の言う通り、黙っている訳にはいかない!

 ソルシェは魔王の娘として、勇気を振り絞り男を弾劾しようとした!


「ふざけるのも、いい加減にしてよ!私が人を呼べば、アンタなんて……」

 ゴッ!と、突然、鈍い音が響き、ソルシェの言葉は中断される。

 グラリと世界が反転して、彼女は床に倒れこんだ。

「あ……え?」

 腫れた頬の痛みと、口の端から流れる血で、ソルシェは自分が殴られた事を理解する。


「人払いは済ませてありますし、騒いでも無駄です。とはいえ、静かにするつもりが無いなら、力ずくで黙らせても構わないんですよ。もう一発、いきましょうか?」

「ひっ……」

 初めて受けた加減無しの暴力に、痛みと恐怖で全身が震え、ソルシェはまともに立つ事もできなかった。

 そんな彼女の様子を見て、男がチッ!と舌打ちをする。


「手間を取らせるなと、言っているでしょう」

 無理矢理に引き起こそうと、男がソルシェの腕を掴む。

「い、痛い!」

 遠慮のない、力任せの掴み方をされたソルシェは、痛みと恐怖から大粒の涙を溢して、弱々しい抵抗をする。

 だが、そんな僅かな抵抗に苛立ちを募らせた男は、彼女の眼前にヌッと拳を突き出した。


「いい加減にしろよ?また、殴られたいのか?」

「やぁ……いやぁ……」

 歳相応……いや、それより幼い子供のように、ソルシェは泣きながら首を振る。

「だったら、おとなしく……」

 男はまだ何かを言っているが、その言葉は彼女に届いていない。

 どうしようもない恐怖に包まれ、絶望しかけたソルシェが求めたのは……。


「たすけて……ゆうしゃぁ……」


 クシャクシャになった泣き顔で、苦しかった時に救ってくれた青年を呼ぶ。


「はぁ?」

 そんな、少女の助けを求める言葉を聞き、男はキョトンとした顔になった後で、笑いだした。

「くっ……くくく。よりにもよって、あの奴隷勇者に助けを求めるとは……」

「うっ……ぐすっ……」

「貴女が、あいつにしていた仕打ちを忘れたんですか?生意気なクソガキが、痛め付けられてるのを見たら、清々するかもしれ……」

「おい……」

 言葉の途中で呼び掛けられ、男は入り口の方に振り返る。


 そこにいたのは、怒りの形相を浮かべた青年。

 恐怖に震えるソルシェが求めた、奴隷の首輪をつけられた、勇者その人だった!


「ゆう……しゃ……」

 頬を腫らし、涙で汚れたソルシェが、か細い声で彼を呼ぶ。

 その痛々しい姿に、勇者は刺すような視線を男に向けた。


「子供相手に、何してやがる……」

「チッ……貴様もそこで、おとなしくしていろ。我らの目的は、姫様だけだ。お前は、見逃してやっても……」

「黙れ、クソ野郎!」

 部屋の空気をビリビリと震わせて、怒気を孕んだ勇者が吼える!

 わずかに気圧された、男の手から力が抜け、その一瞬の隙をついて、ソルシェは夢中で拘束から抜け出した。


「っ!このガキっ!」

 逃れようとした少女に向かって、男は殴りかかる!

 だが、その拳は素早く間に入った勇者によって、寸前で止められた!

「これ以上、好きにさせねぇよ!」

「……ふん!」

 攻撃を払った勇者から、少しばかり間合いを取ると、落ち着きを取り戻した男が、小バカにしたような笑みを浮かべる。


「イキがった所で、その首輪が有る限り、我らに手出しできんという事は知っているぞ」

「……」

 奴の言う通り、『隷属の首輪』は、(ソルシェ)と同じ魔族全般への攻撃も、禁じる設定にされている。

 いくら奴がソルシェを害するつもりであっても、魔族である以上は、勇者も男を攻撃する事はできなかった。


「それでも、邪魔をするならいいだろう。お前を殺してから姫様を連れていく」

 男はスラリと剣を抜く。

 それを見た、ソルシェが青ざめた顔で、勇者に命令をした。

「だめ……勇者、逃げて……」

 たぶん、自分は拐われても、すぐに殺されたりする事はないだろう。

 しかし、ここで勇者が無理をすれば、彼は確実に殺されてしまう。

 自分が痛いより、苦しい目に合うよりも、なぜかそれ(・・)だけは絶対に嫌だった。


「早く逃げなさい……」

 再度、命令を下す。だが、勇者は動かない。

 逃げろといったのに、その場に仁王立ちになり、ソルシェを守るように立ちはだかっていた。

「なんで……逃げてよ……。なんにもできない、ザコ勇者のくせに……」

「悪いが……その命令は聞けないな……」

 必死で呪具に抗いながら、勇者は苦しげに、だけど笑顔でソルシェに答えた。


「泣いてる子供を見捨てたら、俺はそのザコ勇者以下の、クソ野郎になっちまうじゃないか……。男として……人間として、それだけはできねぇぜ」

「フハハハ!面白い事を言うな!では、どれだけ耐えられるか、試してみよう!」

 そう言うなり、男は剣を納め、代わりに手甲で武装された拳で勇者を殴り付けた!


「ぐっ!」

「ほらほら、これしきで参っていたら、姫様は守れんぞ?」

 挑発しながら、男は呪具に逆らって棒立ちになる勇者を、サンドバッグのように殴っていく!

「がっ!ぐはっ!」

 苦痛の声を漏らし、血を流しながらも、勇者は一歩も引かずに、男の攻撃に耐え続ける。


「あ……ああ……」

 自分が殴られた時よりも胸が痛くて、ソルシェはまた涙を流す。

 それと同時に、何か巨大な力の奔流が体を駆け巡っているような気がして、彼女は溢れだしそうなそれを抑えるために、ギュッと自身を抱き締めた。


「はっ!手を出す事もできずに立ってるだけなら、カカシも同然だな!まさに、ザコ勇者にふさわしいわ!」

 殴りながら勇者を嘲笑う男の言葉に……ソルシェの中で、何かが切れた!


「お前が……お前が私の(・・)勇者を、ザコって言うなあぁぁぁぁっ!!!!」


 怒声と共に、ソルシェから放たれたのは、巨大な魔力の暴風!

 それは荒れ狂う嵐となりながらも、勇者を避けて(・・・・・・)男だけを部屋の角まで吹き飛ばす!


「ぐはっ!」

 壁に叩きつけられて、床に転がる男を尻目に、ソルシェは勇者に駆け寄った。

「勇者!大丈夫!?」

「ああ、たいした事はねぇよ。それより、すごいじゃないか……」

「わかんない……夢中だったから……」

 ただ、怒りに任せただけの一撃だった。

 もう一度やれと言われても、たぶん無理だろう。


「そうか……なら、助かる方法はひとつだな」

「……どうするの?」

「この首輪を解除するんだよ!」

「えっ!?」

 勇者の言葉に、ソルシェが驚きの声をあげる!


「何を驚いてんだ。主に設定にされてるお前なら、これを外せるハズだろ?」

「そ、それは……そうだけど……」

「迷ってる暇はないぞ!このままじゃ、二人とも殺られる!」

「だ、だけどぉ……」

「ソルシェ!」

 なぜか煮え切らない態度を示す、少女の肩を掴んで、勇者はまっすぐに見つめた!


「あう……うう……」

 勇者の真摯な瞳に射抜かれたソルシェは、少しモジモジしていたが、やがて意を決して口を開いた。


「ちゅー……」

「ん?」

 蚊の鳴くようなか細い声に、思わず勇者は聞き返す。

「だ、だから、私にちゅー……するのが、首輪を外す鍵なの……」

「……何、考えてたんだ、お前の親父(魔王)は?」

 予想外の解除方に、勇者も思わず天を仰ぐ。

 しかし、そうしている間にも、魔族の男はゆっくりと起き上がってきていた。

 それを見て、いよいよ勇者も覚悟を決める!


「悪い……事が済んだら、お前の気のすむようにしていいから」

「え?……んむっ!」

 言葉の意味を問い返す前に、勇者の唇がソルシェの唇を塞ぐ。

「ん……あむっ♥」

 重なる唇を通じて、ソルシェの魔力が勇者に流れ込む!

 そして次の瞬間、パキィン!と金属質な音と共に、勇者の首に巻いてあった首輪が、弾け飛んだ!


「く、くそっ……いったい、何が……」

 突然の衝撃に吹き飛ばされ、強かに背中を打った男は、立ち上がると同時に、信じられない物を見た!

 男の視線の先にいた人物、それは呪具たる首輪が外れ、ソルシェを抱きかかえながら、急速に傷を癒す勇者の姿!

 呪具から解放された、その威圧感はすさまじく、男はいつの間にか、自分の剣に手を当てていた。


 そんな男など、眼中に無いといわんばかりに、勇者はクルリと背を向ける。

 そうして、ソルシェの傷も回復させた勇者は、優しく彼女を床に降ろした。


「ちょっと、待ってな」

 ポン!と彼女の頭に手を置いて、笑いかける勇者。

 だが、そんな無防備な背中に、男の抜き放った凶刃が迫る!


「死ねえぇぇ!」

「お前がな」

 突っ込んできた男の刃は、閃光の速度で放たれた、勇者のカウンター受け、粉々に砕け散った!

 さらに、その一撃は男の鎧をも破壊し、壁を突き破って廊下にまで吹っ飛ばす!


「おっと……久々だったから、加減ができなかったか……」

 勇者はパッパッと埃を払い、ソルシェの元に戻ってくる。

 先程までの苦戦が嘘のように、あっさりと決着をつけた勇者の強さに、ソルシェは言葉が出ずにいた。

 しかし、考えてみればそれも当然だろう。彼は、魔王である父と互角に戦った勇者なのだから。


「……悪かったな」

「へ?な、なにが……?」

 突然、謝罪の言葉を口にする勇者に、ソルシェは戸惑いを隠せない。

 そんな彼女に対して、バツが悪そうに勇者は頭を下げる。


「子供のとはいえ……いや、子供だからこそ、あんな形でキ……キスをしちまうなんて、ショックだったろう?」

 先程の、呪具を解除するための一連の行為。

 それについて、勇者が謝罪しているのだと気づいたソルシェは、なんだか急に腹がたってきた!


(なんで、私を子供扱いのままなのよ!このクソバカザコ勇者はっ!)

 無償に怒りが込み上げて、衝動の任せるままに、ソルシェは勇者をポカポカと叩く!


「痛っ、ちょっと待てって!」

「うるさい!ザコ勇者!スケベ勇者!」

「だ、だってあれは仕方なかっただろうが!」

「ちゅーするって言っても、手とか靴とか色々あるでしょ!」

「それでいいなら、そう言えよ!」

「うるさいわね、忘れてたのよっ!」

「お前なぁ!」

 勇者が反論をしようとしたその時、突然「カチャン!」という音が響いて、彼の首に再び『隷属の首輪』が、はめられていた!


「なっ!? なんじゃ、こりゃあ!」

「なんじゃ、こりゃあって……呪いの呪具なんだから、ちゃんとした条件で外さないと、また復活するに決まってるじゃない!そんな事も知らないのかしら、ザコ勇者は♥」

「キ、キスが条件じゃなかったのかよ!?」

「あれは、一時的なものですぅ♥私が、そう簡単に、ザコ勇者を解放するわけないじゃない♥」

「そ、そんな馬鹿な……」

 無理矢理に首輪を外そうとする勇者だったが、やはり呪いは強力で全く壊れる気配はない。


「キャハ♥やっぱり、アンタは私の下僕になるのが、ぴったりみたいね♥」

 先程までのしおらしさはどこに行ったのか、すっかり生意気モードに戻ったソルシェは、からかうように勇者を煽る。


「馬鹿を言ってるんじゃねぇよ!本当に、外す方法はあるんだろ!?」

「そりゃ有るわよ。有るけど……教えな~い♥」

「ふざけんなあぁぁ!」


 何度目かの絶叫をする勇者に背を向けて、ソルシェは愉快そうに笑みを漏らす。

 呪具の呪いを解く、本当の方法……それは、実にシンプルで、単純な事だ。

 つまり、『主となった者が、本心から奴隷を自由にしても良い』と、思う事。

 ただ、それだけの事である。


(でも、逃がしてあげないよ~♥ザコ勇者は、一生私の物だもんね♥)

 悔しさに叫ぶ勇者の背中に狙いを定め、魔王の娘は頬を染めながら抱きついていった。

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