前
巷では生意気すぎる少女、いわゆる『メスガキ』なるジャンルがあると聞き、令和ってすげえな…と思いながら、即興で書いてみました。
その日、勇者は魔王との戦いに敗れた。
すべての力を使い果たし、意識を失った彼に、魔王は恐るべき呪いの呪具を用いる。
──『隷属の首輪』。
それを嵌められた者は、意識はあれど、主とされた者からの命令には、絶対に逆らう事ができなくなるという。
人間にとって希望の光が、魔王の奴隷に成り下がった事実に、世界は震撼した。
そして、そんな哀れな勇者に下された、命令とは……。
◆
「……なんで、こうなった」
もう、何度目になるかわからない呟きを、勇者は漏らした。
ただ田舎の青年だった彼が、ある日、天啓を受けた勇者として担ぎ上げられてから、二年間。
正直、戸惑いも恐怖もあった。というか、それしかなかった。
しかし、村から送り出してくれた家族や、苦難を分かち合った仲間達。
そんな皆のために、あらゆる障害を乗り越えて魔王に挑み……そして負けた。
いや……勇者との戦いで、魔王も深い休眠を取らねばならなくなったのだから、ある意味では引き分けと言っていいかもしれない。
(こんな物さえ無ければ……)
首に巻き付けられた、忌々しい呪具を、彼は指でなぞる。
瀕死だった事もあり、対抗すらできなかった勇者は、隷属の呪いに縛られていた。
その事実に、どれだけの人が悲しみ、絶望している事か……。
申し訳ないと、心から思う。
しかし、いずれ必ずこの呪いはブチ壊してやるつもりだし、その際には今度こそ魔王を倒すと、彼は心に誓っていた!
だが、そんな不屈の勇者にとって、何よりも屈辱的なのは、彼の主に設定されている人物にあった。
「ザコ勇者~、クソザコ勇者~?」
主の呼ぶ声が聞こえ、勇者は心底うんざりした表情になる。
一万歩譲って、現状に甘んじるのはいいとしよう。
しかし、アレに従わねばならないというのが、彼にとっては苦痛でしかなかった。
行きたくないと思っていても、体は勝手に主の元へと、馳せ参じるために走り出してしまう。
そうして、「ザコ、ザコ」と彼を罵る声が響いてくる部屋の扉を開けると、室内の主が意地の悪そうな笑みを浮かべて、勇者を迎えた。
「やっときたのね、ザコ勇者♥私が呼んだら、五秒以内に来なさいって言ってあるのに、本当に無能なんだから♥」
ニヤニヤしながら勇者をいびるのは、十歳ほどの美しい少女。
彼女は魔王の一人娘で、名をソルシェという。
勇者との戦いで深手を負った魔王は、自分の代わりに守らせるために、彼を娘の奴隷と設定していたのだ。
一見、おしとやかな風貌の少女ではある。
だが、彼女の顔つきは、その佇まいと真逆の印象を、見る者に与える。
遊び甲斐のあるオモチャを見る猫のような、彼女の瞳に宿るサディスティックな光は、勇者に警戒心を抱かせた。
「……いったい、何の用だ?」
「はぁ~?まずは、何よりも謝罪でしょ。のろまな上に、常識もわきまえないなんて、そんなんだからザコ勇者って言われるのよ♥」
(それを言ってるのは、お前だけだろうがっ!)
仮にも魔王と相討ちになった(と、思っている)自分が、こんな生意気な小娘にザコなどと罵られる謂れはない。
だというのに……。
「ほぉら!ちゃんと謝りなさいよ、ザ・コ・ゆ・う・しゃ♥」
そう命令されれば、彼の意思に反して肉体は土下座するように、深々と頭を下げてしまう。
「キャハハハ♥やっぱり、ザコ勇者じゃない♥」
(くっ……くそったれぇぇ……)
ギリギリと歯軋りしながらも、「いつまでも這いつくばってると、うっとうしいわ」という彼女の言葉で、立ち上がる事を許された。
「それでさ、ザコ勇者……」
「あのなぁ、俺にはちゃんとした名前が……」
「うるさいわね、アンタなんかザコ勇者で十分よ♥」
「ぐっ……」
「仲間に見捨てられて、奴隷に成り下がったんだから、ご主人様である私に従う事だけ考えてればいいの!わかった?」
見捨てられた訳ではない!仲間を退却させるために、彼が殿を務めただけだ!
そんな矜持もあり、上から目線で見下すソルシェに対して、勇者は睨み返すような視線を向けた。
「なに、その目付き。なまいき~」
「生意気なのは、お前だろうが!」
思わず言い返してしまってから、勇者はハッとする。
「ふぅん……そういう事言うんだ~」
「い、いや、今のは……」
「それじゃあ、今日は『クソザコ勇者の裸踊り』の刑に処す~♥」
「なあっ!?」
「城内を一周するまで、がんばってね~♥」
「ち、ちくしょうぅぅ!」
呪具の効果で逆らう事もできず、悔しさに叫び声をあげながら、服を脱ぎ捨てて廊下に向かう勇者。
その後ろ姿を、ソルシェは腹を抱えて笑いながら見送った。
◆
そんな魔王の娘に、振り回される日々が続いていた、とある日の事。
その日も、ソルシェから呼び出されはしたのだが、彼女にしては珍しく、具合悪そうにベッドに横たわっていた。
「お、おい……大丈夫かよ?」
「大……丈夫……よ。たまにある……事……なんだから」
声を出すのも辛そうだし、起き上がる事もできないようだ。
そんな状態にも関わらず、なぜ彼を呼んだのかといえば、奴隷の間抜けな顔を見れば、ちょっとは気が紛れそうという、なんとも彼女らしい理由だった。
「こんな時まで、お前は……それより、薬とかは無いのか?」
普段は生意気で腹立たしい娘だが、こうして弱っている姿を見ては放っておけない。
心配する勇者に対して、ソルシェは薬など無い事を告げると、弱々しくも気丈な笑みを見せた。
「ザ……ザコ勇者に心配される……なんて、私も……まだまだ……だわ」
「こんな時まで、強がってるんじゃねぇよ!」
「う、うるさい……わね……ただ、魔力の……暴走を、抑えてる……だけよ……少し寝てれば……治るわ……」
「魔力の暴走……」
その言葉に、勇者は覚えがあった。
あれは、彼が勇者として旅を始めてから少ししてからの事。
今まで、普通の青年だった彼は、覚醒したばかりの魔力の制御ができず、今のソルシェのように高熱を出して寝込んでしまっていた。
そんな彼だったが、仲間の魔法使いの指導を受けて魔力を安定させる事に成功し、ようやく元気を取り戻したのだ。
それからは、魔力の暴走も無く、平気で過ごしていたのだが……。
「魔族でも、子供の内はそういう事があるのか……」
「?」
独り言を漏らす勇者に、ソルシェは首をかしげた。
「……おい、魔力を安定させる方法があるんだが、試してみるか?」
辛そうな彼女にむかって、勇者はそう提案してみた。
はっきり言って、可愛いげのないクソガキだとは思う。
それでも、子供が目の前で苦しんでいるのを見過ごすなど、彼にはできなかった。
「そんな……方法が、あるの……?」
「ああ。ちゃんと、俺の言うことを聞けるならな」
「……やらしい事とか……しない?」
「お前みたいなガキに、誰が欲情するか!」
ガキと断言されて、少し膨れっ面になるソルシェだったが、やがて覚悟を決めたのか、勇者に向かって小さく頷いた。
「よし。それじゃあ、まず腹を出せ」
「……やっぱり……やらしい事……」
「しないっつーの!魔力の発生源である、『丹田』って場所から抑えなきゃダメなんだ」
一応は納得したのか、ソルシェは渋々とパジャマの上着を捲って、白いお腹を見せる。
「ちょっと触るぞ」
断りを入れてから、勇者は彼女の腹部に指を這わせた。
「ん……ふん、んっ……」
くすぐったいのか、モジモジと身悶えするソルシェを気遣いつつ、勇者は彼女のヘソの下辺りで指を止める。
「……ここだな。よし、今から俺が指を動かすから、それに集中すしろ」
勇者の言葉に、ソルシェが頷くのを確認すると、彼女の『丹田』から撫でるようにして全身へ指を滑らせていく。
「いいか……俺の指の動きに合わせるように、魔力を流すイメージを作るんだ」
「流す……イメージ……」
どこかぼんやりとした感じで、夢見心地に呟くソルシェに、勇者は語りかけながら、ゆっくりと彼女の全身を撫でていった。
(熱い……苦しい……くすぐったい……)
初めの内、ソルシェはそんな事しか感じなかった。
だが、勇者の指の動きに集中していると、塞き止められていた物が流れ出したような気がしてきて、やがて全身が暖かいお湯に浸かっているような、ポカポカとした心地よさに包まれていく。
それに合わせて、彼女の顔つきも穏やかな物になっていった。
(すごい……こんなに気持ちいいの……初めて……)
ポワンと陶酔した表情で、ソルシェは勇者をチラリと覗き見る。
真剣な顔つきで、彼女を助けようとする彼の姿に、なぜか胸がドキドキした。
「ザコ……勇者……」
「ん?」
「おやすみ……」
それだけを告げると、ソルシェは静かな寝息を立て始める。
「ったく、寝る時までザコ呼ばわりかよ」
やれやれと呆れながらも、苦しさからから解放されたソルシェを見つめる、彼の眼差しはどこか優しかった。