令嬢は性格譲り
プリエは今九歳という年で、亜人たちと人間と同等の言語レベルで話すことができる。
これは公国といえど、貴族作法の次に学ぶものなので、優先順位的には王族以外は割と身についていない技能である。
寧ろ、他国とのやり取りの方が、協定や外商において貴族の仕事として頻度が高く、既に国内に囲っている形となる亜人たちについては後回しのような状況が続いて、彼らと話すのは王族を除けば、プリエに限られているようだった。
プリエの家族は最初はこれを良しとしなかった。こんなことをしていては、貴族としての振る舞いが身につかないからだ。
習い事で、ピアノやバイオリンを弾いていて、それに才能があった時には喜んだものだが、その楽器を亜人たちの前で嬉々として演奏しているのは、家族以上の特別感があるようで、これまた両親の心を傷つけていた。
プリエの母ミリエは、自分自身が生来自由な振る舞いが好きで、習い事以外ならプリエにやりたいことをやらせたいと思っていたので、亜人たちと話すことについて容認しているようだった。
ただ、やはり、亜人の人たちだけでなく、家族である自分にも少しは目を向けてほしかったようで、演奏の際には少し困ったような顔をしていたようだが。
そして、プリエの父ゴルドンは、侯爵の地位にいながらも、やはりまだ少し高望みしたいというようなそういった人物像に見える。
そして、その思いを反映させるかのように、貴族の嗜みをプリエに教え込もうとする。例えば、いろいろな貴族が集まるパーティーや令嬢だらけのお茶会、、他国への訪問だったりとあらゆるものを進めようとする。
もちろん、これらは貴族の特権みたいなもので、まず亜人がついてくるようなことはない。無論付いていかせない。そういった前例もないし、異端であると馬鹿にされてしまうことだろう。
それは貴族としても、プリエの将来のためにも避けたいゴルドンだったが、亜人がついていけないことを知ると、イヤイヤと首を振り泣き出してくるのだ。
さすがに娘に泣かれる、もしくは娘を泣かしてしまうことはゴルドンとしても苦しいことだ。貴族として大切だということと、プリエの周りからの評価による自分の立ち位置など、マイナス点を考えてしまうのは侯爵という地位を案じるのか、王族にすり寄りたいのか、そのどっちでもあるという風にもとらえられる。
兎に角、今現状プリエに本格的な貴族の立ち回りを教えることができていないのが現状だった。
当の本人は、亜人たちと家族よりも長い時間を過ごしているように触れ合っている。きちんと意思疎通をして、王族ですらたまげるような関係の仲まで築いている。
プリエは実はとにかく考える性格で、今は九歳で、家族から貴族の修道施設に行くことになっているのを何とかして耐え凌ごうとしていた。
どうしても亜人たちと時間を共にしたいというプリエの情熱は、母の自由の観点、父の貴族への熱意に匹敵、あるいは重ねてみることができるようだ。
亜人たちと戯れてキャッキャウフフなプリエだが、今日の彼女の眼には、真剣な鋭意というような何かを物申そうという気持ちでいっぱいであった。
その日は、何かあったのであろうか、プリエにしては午後の日が赤く下がりきる前には屋敷に戻っていたのであった。
家では、使用人が出迎えてくれる。侯爵令嬢ならおかしいことではないが、たまたまそこに自分の母親がいたので、思わず鉢合わせる。
目ざとい母のことであろうから、少し早い時間に帰ってきたことでも聞かれるんじゃないかと頭によぎる。
プリエはそうしてダダ話をする前に、手早く、「お母さま、お父さまはまだいないのですか?」ときいた。
すると、ミリエは、「ええ、まだよ。それより何かあった?早いわね。」と案の定こちらを探りに来た。
プリエは、会話がめんどくさくなると思ったのか、怒ったような顔をすると、「お母さまには関係ありませんわ。」というと、二階の自室に駆け込んでいった。
その途中で既に怒っている様子ではなかったが、作戦は作戦なのでほかの使用人には様子がばれないように自分の部屋にこもることにした。
一方、プリエに出し抜かれたというか、話を強引に遮られたミリエは、プリエとの思わぬ親子会話にあっけにとられている使用人を無視して、プリエの走っていったほうを見る。
どうしても私との間から離れたかったみたい、もしかして、話すのが嫌になっちゃったのかな?と年相応の駄々が発動したと見当違いに面白がるように笑みを浮かべるのであった。
そして、家の近くでベルのような音がする。これはゴルドンの帰ってきたという自前の合図である。
プリエは、ゴルドンが帰ってきたことを察すると、玄関の前に姿を見せる。そこには向かい合うプリエとゴルドン、何か楽しそうなミリエの三者が揃っていた。
プリエは、「お父さま、おかえりなさい。」というと、「少し話があるの。」といって、大きなテーブルのある食堂の間に向かっていく。
玄関前に残されたミリエとゴルドンは、たぶん、あの話だろうなと、寧ろあの話関連以外の話はないと二人は目を合わせると、お互いが合致したように同じ歩幅で食堂に向かうのだった。